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リーリエと追試【半年後リーリエ】


たくさんのブクマ、評価ありがとうございました!

その後もリーリエたちは元気にやってるよ、という小話です。



「何してんのさ、ねえ」


 冬休みも間近の放課後、学内のカフェテリアに呼び出された僕は、思わずつっこんだ。


「何って、勉強よ!」


 リーリエはさも当然のように答え、マリアがこくこくと頷いて同意する。

 しかしながらテーブルの上に教科書やノートの類は一切なく、かわりに所狭しとばかりに軽食やデザートのお皿が並んでいる。


「いやおやつ食べてるじゃん。もはやパーティーじゃんそれ。僕の聞き間違いかな、『勉強教えて』だとか言ってなかった?」


「言ったわ」


 リーリエはお皿をかき分けて強引にスペースを作ると、カバンから取り出した数学の教科書を広げる。ああもう机にパンくずがちょっと落ちてるのに。テキトーだなあ。


「フレイが来るまで休憩してたのよ。だって、もう解ける所がなくなっちゃったんだもの!」


「堂々と言うことじゃないと思うけど……」


「まあまあ。わたしからも、どうかお願いします」


 僕がため息をつくと、マリアが丁寧に頭を下げる。


「わたしでは全部は教えられなくって。リリちゃんの数学を見てあげてください。――空いたお皿、下げてきますね」


 そう言って、マリアはふわりとした仕草で席を立つ。

 あいかわらず良くできた子だ。本人は気付いていないけれど、学内の一部界隈からは「天使」と称されているのも頷ける。

 うちの兄さんにはもったいないんじゃないか、ってくらいだ。



 さて、リーリエの斜向かいか、それとも隣か。

 どの席に着くべきか一瞬考えて、僕は隣に座った。そのほうが教えやすいし、別におかしくはないよね。

 教科書を広げるリーリエの手元が目に入る。僕たちの距離感がとくに変わったということは無いけど、僕はちゃんと知ってる。リーリエはずっと、指輪を身につけてくれている。


 緊張をさとられないよう、僕はできるだけ何気なく尋ねた。


「じゃあ、何から教えればいいの?」







 リーリエの誕生日から半年と少し――ついでに僕の誕生日から一か月――、僕たちの環境は変わったと言えば変わったし、変わらないと言えば変わらない。


 夏の終わり、九月の編入で、僕たち三人は王都のエスペリオ学園に入学した。


 入学したいと言い出したのはマリアだけれど、僕も、もっとちゃんと魔術を学べる機会があればと思っていた。


 リーリエは実のところ、この話を少しだけ渋った。「一刻も早く最強の領主になりたいのに、遠回りになるんじゃないか」って。

 だけどリーリエはあまりにモノを知らないから――それが良い所でもあるんだけど――、教養は絶対に必要だよと提案すると、翌日にはサッパリした返事があった。


「そうよね、私も気合を入れて勉強するわ。あまりにおバカじゃ、領主は務まらないものね!」



 そうして入学手続きやら郵送での課題提出やらで慌ただしい夏を経て、僕たちは晴れてエスペリオ学園の学生になった。



 いざフタを開けてみると、初めて着る制服にリーリエは大はしゃぎした。

 うん、ワンピースに素足みたいな格好もいいけど、かちっとした格好も新鮮でいいと思う。


 実際、「ものすごく可愛い編入生が二人も来た」と登校初日にはちょっとした注目の的になっていた。

 そうだろう、そうだろう。めちゃくちゃ可愛いだろう。

 でも残念だったね、リーリエは僕のだから。

 ――と、僕は一歩下がってニヤニヤしたのだった。


 いや、僕の話はどうでもいいのだ。


 久々に会うルネとピピも、変わらず元気だった。

 ルネは感動のあまり、一年生の教室に飛び込んでくるや否や、戸口につまづいて転びそうになった。

 あわやチラリ伝説の再来かと思われたが、ピピがすかさず抱きとめて事なきを得た。

 助けてあげたのに、ピピは思いきり叩かれた。

 どこを触ったとか触ってないとかで、……本当にあの人は気の毒だ。



 とにかく、そんなこんなで僕たちは楽しい季節を過ごした。

 クラスメイトも先生たちも個性的だけど大概いいやつで、何の憂いもなく秋は過ぎ、冬が来た。


 そうして冬休み前の期末テストを終え、リーリエは爆死した。

 赤点を取ったのだ。

 当たり前のようにしれっと赤点を取って、追試を受けることになったというのだ。

 ――こうして、話はカフェテリアに戻る。





「それで、追試はいつなの?」

「明日よ」

「え? ごめん、聞こえなかった」

「……明日よ! あ・し・た!」


 僕は天井を仰いだ。


「――なんで⁉ なんで今日になって言うの⁉ テストが返されてから一週間はあったよね⁉ しかもなんで、この期に及んでおやつパーティーしてられるの⁉」


「し、し、しかたがないじゃない! 頭使うとお腹が減るんだから‼」


 リーリエはテーブルを叩いて訴えたものの、急にスンと表情を失い、あたかも祈るように指を組んで語り始める。


「ああ、どうして点Pは動いてしまうの? どうして兄と妹は同時に家を出ないの? どうして3個ずつ配ると2個あまり・4個ずつ配るには8個足りないような計画性のない買い物をするの?

 そもそも意味が分からないのよ……。もはや哲学だわ」


「計画性がないのは君だよ」


「うぐうぅ……!」


 リーリエは変な声をあげて机につっぷした。ダメだこりゃ。

 だけど、これはこれで新鮮かもしれない。リーリエが弱りきっていて、僕のほうが圧倒的優位に立つことなんて今まで無かったから。


「ねえ、それが人にモノを教わる態度?」

「うぐっ! お、お願いします……」


 おっと。つい楽しくてちっちゃい意地悪を言いそうになるけど、一刻も早く教え始めなくては。

 追試に合格できなければ、リーリエの楽しい冬休みが地獄のエンドレス補習に変わってしまうそうなので。



 クリスマスには、ルネたちから生徒会のクリスマス会に誘われている。すでに生徒会室にはでっかいツリーが飾ってあるし、ケーキだって注文してある。


 年末には、また馬車でのんびり二日を掛けて、野百合の谷(リリエンタール)に戻る予定だ。

 しかも今回はどういう心境の変化か、リーリエのお兄さんも帰郷するらしい。

 そうなるとラパンさんも付いてくるだろうだし、うちの父さんの代わりに、アーマイズ兄さんが僕の保護者として付いてくるような気もする。


 ずいぶんと騒々しい年末年始になるだろう。

 まず帰郷するまでに、クタクタになっちゃうかもね。



 ――うん、やっぱり本気で教えるしかない。

 リーリエの、もとい、みんなの楽しい冬休み計画のために!



「じゃあ厳しくいくよ……今日は帰さないから」

「ふえええん! あとで覚えてなさいよ‼」

「いえまあ、寮の門限までには帰してほしいんですけどね……」




 そんなこんなで学生寮の門限ギリギリまで、僕たちは点を動かしたり兄妹で無為な追いかけっこをしたり個数不明瞭のキャンディを無計画に購入したりした。




 そして翌日の放課後。

 およそ一時間の追試のすえ、リーリエは肩を落とし、すっかり燃え尽きた様子で教室から出てきた。


「リ、リーリエ……」

「リリちゃん……!」

「…………」


 駆け寄ってみるが、ウンともスンとも言わない。

 これはダメだったか……。そう思った瞬間、リーリエは溜め息のような声で応えた。


「……ぜんぶ、で・き・ま・し・た――‼」


 溜め息は語尾にかけて歓声に変わった。マリアもまた歓声を上げ、すぐさまリーリエに抱きついた。


 僕も安堵で、どっと力が抜けた。なんだよ紛らわしい言いかたしやがって、と思わないでもなかったけれど、満面の笑顔に免じて全部オッケーということにしよう。


「マリア、フレイ、本当にありがとう。これで心置きなく冬休みを迎えられそうだわ! ――さあ、さっそくクリスマス会のプレゼントを買いに行きましょう!」


 言うが早いか、リーリエは廊下をぱたぱたと駆け出していく。その背中が、なびいた毛先が、キラキラしている。

 キラキラモードになっちゃってるよ。よほど嬉しいんだろうなあ。


 僕とマリアは顔を見合わせて苦笑すると、リーリエのあとを追いかけた。




皆様も、よい年末年始をお過ごしください!



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