03 お兄さまと重装甲の騎士と難しい相談
庁舎内の守衛室で、エルクランツはアーマイズと向き合っていた。
「それで、なんだ相談というのは」
エルクランツは嘆息まじりに相手を促す。こちらを終業後に呼びつけておきながら、アーマイズはなかなか本題を切り出そうとしなかった。
しかしながら、この青年騎士から声が掛かるということ自体が珍しい。場所が飲食店のたぐいでないというのも好感が持てる。
まあ気長に待ってやるかという思いで、エルクランツはコーヒーに口をつける。
「女性には、何を贈れば良いものでしょうか」
「!」
エルクランツは思わずむせた。
「大丈夫ですか」
「……大丈夫だ」
あまりにも予想外の相談に、いくらかコーヒーを噴いてしまった。とんでもない失態である。
アーマイズは極めて淡々とした調子でハンカチを差し出してきた。――いやこれ布巾だ。テーブルを拭けということか?
「すまない、私の、聞き間違いではないな?」
「ないと思います」
「そうか」
自らのハンカチで口元をぬぐい、エルクランツはあらためてアーマイズに向き直る。
「難しい相談だな。そもそも、なぜ私に相談しようと思った」
「めちゃくちゃもてそうな顔してるからです」
「い、嫌な言い方をするなあ」
「しかし、実際ラパンドールと交際されているでしょう」
アーマイズはさも当然のように告げ、エルクランツはまたしても咳きこんだ。コーヒーの難易度が高すぎる。
「違う! あれとは断じて、そういった関係ではない!」
「え?」
アーマイズはかすかに当惑したのち、不穏な気配を身に纏わせる。
「それではなおさら問題です。公私混同だけならまだしも、交際もしていない相手に手を出すなど……見損ないました」
「出しとらんわ! 何をどう誤解しているか知らんが剣を抜くな! 誓ってそのようなことは無くてだな、いや殺気、殺気が怖い」
「…………」
釈然としない面持ちながら、アーマイズは剣を収める。うっかり粛清されてはかなわないので、エルクランツは手早く本題へと軌道修正をはかる。
「……贈り物と言ったか。ならば靴や洋服はやめておけ。まず相手の好みに合わないと思った方がいい。初手からあまりに高価な物も避けたほうがいい。引かれる」
「具体的ですね」
「やかましいわ」
アーマイズは顎に手を添え、いかにも生真面目に考え込む仕草をした。
「難しいですね。となると、もう動物の剥製くらいしか思いつかないな……」
「アーマイズ、その手はどうした」
『なぜそれを思いついてしまうのだ』というツッコミよりも先に、エルクランツは青年騎士の右手の異常を指摘した。
今まで気付かなかったが、アーマイズの右掌に包帯が巻かれている。
「ああ、たいしたことはありません」
アーマイズはさりげなく右手を机下に隠した。しかし、エルクランツは奇妙な引っかかりを覚える。
この男は優れた騎士であると同時に、治癒の魔術を心得ているはずだ。それも一度は瀕死のエルクランツを完璧に癒してみせたほど、練度の高い術を。
「治せないような怪我なら、専門医に診てもらったほうがいいぞ。なにか毒でも受けていたら面倒だ」
「いえ、本当に些細な傷なのですが……」
渋々と言うふうに、アーマイズは口を割る。
「土器でやりました」
「はあ? 土器って、……何か陶芸でも?」
「いえ、不甲斐ない話ですが」
アーマイズの話は奇妙なものだった。
彼は十人ほどの新入り警備員を束ねているのだが、先日、そのうちの一人が無断欠勤をした。
もともとのんびりしたやつではあったが、丸一日たっても連絡のひとつも寄こさない。これはおかしいということで、アーマイズは新入りの一人を伴い無断欠勤の自室を訪ねた。
するとどうであろう。当の本人は、ベッドでぐうすか眠っていたのである。
「おいトミー! 起きろ!」
新入りが乱暴に揺さぶっても、無断欠勤は一向に起きる気配がない。
「むにゃ……。サボテンはやめて……サボテンは無理……」
「ふざけんなお前、隊長が来てんだぞ! 本気で両目両耳両鼻の穴にサボテン突っこんだろーか!」
それはそうと、部屋はひどく空気が悪かった。アーマイズは窓を開けようとし、ふと卓上に奇妙なモノを見つける。
赤い土の、素焼きの土器だ。
それはあまりに不自然だった。食器でもなければ飾り物でもない、ただのガラクタに思われた。
(なぜ、こんなものが)
アーマイズは何気なく手を伸ばし、土の器に触れる。
その瞬間、掌に焼け付くような痛みが走った。
「――な、」
アーマイズが腕を引くと同時に、ガシャンと重い音を立てて器が崩れた。
原型を留めないほどのかけらへと、一瞬にして自壊してしまったとしか言いようがなかった。
「わあっ!」
やや遅れて、無断欠勤がベッドから跳ね起きる。
「……⁉ 今、何時っすか……?」
「トミー! お前、バカヤロー!」
丸一日以上も爆睡していたことを除いては、無断欠勤に身体的な異常はなかった。彼はいたってピンピンしており、謝罪もそこそこに空腹を訴えた。
「それが数日前のことです。その後も本人には、何ら異常ありません。しかしながら俺の手には、火傷のような跡が残りました。――痛むわけではありませんが、どうにも消えません」
そう話をしめくくり、アーマイズは掌を開いたり閉じたりしてみせた。
「奇妙な話だな。とにかく、次の休日にでも病院へ行け。診てもらったほうがいいぞ」
エルクランツはそう念を押した。
彼の脳裏には、ある物騒な単語が浮かんでいた。――王立図書館で小間使いの少女が語った、『呪い』という言葉だ。しかしあまりに突拍子もないそれを、彼はあえて意識の外へと押しやった。
「それはそうと贈り物の件ですが、どうでしょうか、猛獣の剥製は」
「いや誰が喜ぶんだよ!」
剥製が本気だったことに動揺しつつも、エルクランツは今度こそつっこんだ。
「相手がどこの誰だか知らんが、それで喜ぶ若い娘はかなり特殊だぞ! 万一うまく行ったとして、それはそれで不安になるだろうが!」
「では猛獣を弱々しげに模した布製の玩具などは」
「猛獣から離れるんだ。……いや」
そこまで言いかけて、エルクランツは言葉の意味を脳内で反芻する。
猛獣を模した布製の玩具?
「……ぬいぐるみと言え。そうだ、そういうのでいいんだよ」
「ならば解決しました。すぐに調達に向かいます」
アーマイズは頷くと、手短に礼を述べてあっさり席を立った。
「ああ、健闘を祈る」
エルクランツも相槌を打ち、話を締めくくった。――はたしてこの男に適切な品を選べるのだろうかという不安を感じないでもなかったが、買い物まで付き合ってやる義理もなかった。
大の男が二人でぬいぐるみを選んでいるなど、絵面が悲しすぎる。
そんなことを思っていると、ふとアーマイズが振り返り、思い出したかのように告げる。
「ご実家の住所を教えてください」
「ん?」
「野百合の谷のほうのご住所です。そこが送り先になるので」
「――はあ⁉」
エルクランツは思わず声をあげた。
「ちょっと待て。お前、一体誰に贈るつもりなんだ!」




