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01 事件の終わりと魔術師の足跡


「もういやだよぉ~。帰らせてくれ~!」

「何言ってんだよトミー! まだ入ったばっかだろうが!」


 革の鎧を身に付けた青年がふたり、魔術の照明を手に地下通路を進んでいく。ひとりは意気揚々とした足取りで、もうひとりはへっぴり腰で情けない悲鳴を上げながら。


「俺、暗いところ本当にダメなんだよぉ」


「我慢しろよ! いいかお前、ここでお宝でも見つけてみろ。一獲千金、人生大逆転のワンチャンあっぞ!」


「いらねぇよそんなの~。俺はずっと門番Aでいいんだよぉ~!」



 一昨日のガイコツ騒動がきっかけとなり、ニサの街の地下にダンジョンが発見された。――とはいえ、もともとは未整備の地下墓地である。その不気味さゆえ、あえて探索しようという物好きはいなかった。この無鉄砲な青年たちをのぞいては。


「もう嫌だ! おまえだけでやってくれ、俺は帰る!」


 ついにそう断言し、へっぴり腰の青年は踵を返し駆け出した。呼びとめる声が聞こえたが知るもんか。俺は逃げ足ならば誰よりも速いんだ――。


 ――ゴッ。


「いてぇ!」

 青年は悲鳴を上げた。つま先が何か硬いモノにぶつかったのだ。


「……なんだよ!」


 足元を照らしてみると、それは一見、奇妙な石のように思われた。しかしまじまじと眺めてみれば、大きく欠けた土器のようである。もともとはトロフィーのような形をした、大ぶりの高坏だったのだろう。

 こんなもの、来た時には落ちていたか?

 男は何の気なしに、その器を拾いあげた。


「バッカお前、明かりを持っていくなよ! ……って、なんだそれ」


 ほどなくして、仲間の男が駆けつけてきた。彼は相方の手元に割れた土器を見つけ、さもつまらなそうに鼻で笑う。


「それ、見つけたのか? 捨てとけよ。売れそうにもねーわ」


「いや、……いいんだ」


 坏を手にした男は低く答えた。欠けた土の杯を、何かに取りつかれたかのように見つめたまま。

 



◇ ◇ ◇




 ニサ中央広場にて、エルクランツはリーリエたちを見送った。


「お兄さま、またねー!」


 リーリエは馬車の窓から身を乗り出し、姿が見えなくなるまでずっと手を振り続けてくれた。

 エルクランツも小さく手を振り続けた。なんというか、万感きわまる思いであった。


「しんみりしちゃいました? 王子」


 からかうような口調で問いかけたラパンドールの片耳を――片方のリボンを、エルクランツはちょっと引っ張る。


「……そんなことはない」


 たしかに一抹の寂しさはあったが、それ以上に彼の胸には不思議な充足感があった。長い間おきざりになっていた忘れ物を、ようやく手にできたような充足感だ。

 かつて少年のエルクランツは、あのように馬車で故郷を後にしたのだった。誰に見送られることも、誰に手を振ることもなく。


「ま、良かったです。王子が元気になったのなら」


 リボンを整えつつ、ラパンドールは独り言のようにつぶやいた。





 別件ではあるが、リーリエたちが学園見学に出向いている間に、エルクランツを大きく気落ちさせる出来事が起こっていた。

 例の魔術師、カシュパル・マチェイカが自死したのだ。

 野百合の谷(リリエンタール)を襲撃したかどで捕らえられ、さらには拘置所から脱走し、ニサの街にアンデッドを大発生させたあの男である。



 エルクランツが着いたときには、拘置所はすでに異様な空気に包まれていた。

 すかさずアーマイズが彼を見つけ、事情を簡潔に説明した。――魔術師は夜のうちに着衣を利用して首をくくった。魔術を制限された独房の中で、よくもまあと思うほど器用な有り様だったという。


「……なんということだ」


 魔術師が王都に護送されてから今日まで、わずか一週間の出来後であった。





 リーリエたちを見送ったのち、エルクランツは犯罪記録管理室へと戻った。


(カシュパル・マチェイカ。コグニトの王立博物館で学芸員(アーキビスト)を務めた男……)


 魔術師のプロファイルは空欄だらけである。一連の犯行動機についての取り調べは、なんら進んでいなかった。

 カシュパルへの尋問は今日から再会される予定であり、それを担当する予定だったのがエルクランツなのだ。


 書類を眺めていると、傍らにコトリとティーカップが置かれる。


「今回の件は、ラパンドールの頑張りが足りなかったかもしれません」


 視線を上げると、茶器を手にしたラパンドールは、がらにもなく神妙な面持ちである。


「どういう意味だ」


「その、ラパンドールには、あの魔術師の気持ちを暴くチャンスがありました。……ニサ中央広場で取っつかまえたときに、アイツの動機を暴いておけば――」


 エルクランツは、不愛想にラパンドールの声をさえぎる。

「なんだ、つまらないことは考えるな。()()()()()はしなくていいし、むしろするべきではない」


 エルクランツとしては、ラパンドールの発言は感心ではなく心外である。

 彼としては、ラパンドールの『奥の手』を仕事に使わせるつもりはないのだ。奥の手は奥の手のまま、他人には隠しておくべきだと考えている。――それはひとえに、この能天気なウサギ娘が、何かの道具として利用されるようなことがあっては困るからだ。



「王立博物館に行く」



 紅茶を一息に飲みほし、エルクランツは席を立つ。


「へ? 博物館?」

「ついてくるなら、すぐに片付けろ」

「それはもちろん。……ですが、どうして急に」


 目を丸くするラパンドールに、エルクランツは淡々と告げる。


「カシュパル・マチェイカは、学芸員(アーキビスト)としてそこに籍を置いていたそうだ。それに、いくつか調べたいことがある。――『聖女』、それから『白百合の乙女』」



 もはや魔術師本人から聞き出すことはできないが、幸いにして、誘拐された少女・マリアからの聴き取りは一昨日の時点で済んでいた。

 彼女は聡明だった。恐怖のもとにありながらも、犯人の発言を事細かに覚えていたのだ。


 とりわけ着目すべき証言は、カシュパルが彼女を『白百合の乙女』あるいは『聖女』と呼び、何らかの『素材』であると告げたことだろう。


「やったぁ、遠足だ遠足だ!」

「遠足ではない」

「じゃあデートですね!」

「黙れ」


 かくして、エルクランツとラパンドールは王立博物館へと向かった。コロッと上機嫌になったラパンドールが乗合馬車の中でややはしゃいだせいで、他人の目が気まずかった。それはともかく。



 コグニト区にある王立博物館は、隣接する王立図書館と併せて国内最大の資料館である。

 古今の公式文書から民間伝承まで、あるいは石器から殺戮兵器まで。この二館には、国史のすべてが保管されていると言っても過言ではない。


(ここで学芸員を務めたというなら、さぞかし優秀な学者だろう。一体なぜ道を踏み外したものか)


 小躍りするラパンドールを雑に引きずり、エルクランツは王立博物館の荘厳な正門をくぐった。





◇ ◇ ◇




 ――ああ、これは夢だな。


 彼はそう理解した。自分はいま夢を見ているのだと、はっきりと自覚した。

 なぜなら、彼は彼ではない別人を演じている。

 彼は見知らぬ場所で見知らぬ男と向かい合い、身に覚えのない名前で呼ばれている。――にもかかわらず、まるで役に飲まれた役者のように、言うべきセリフは次々と口からこぼれ落ちる。



「やめましょう、こんなことは許されません」



 彼は言った。しかし彼に向けられたものは、師の冷たいまなざしだった。


「今さら何を言うかね、カシュパル。君だってもう共謀者なのだよ」


「しかし先生、あなたのしようとしていることは、捏造です」


 彼は震える拳を握りしめた。彼はまだ駆け出しの考古学者に過ぎなかったが、学問にたずさわる者として最低限の分別くらいは持ち合わせている。


 薄暗い保管庫の奥で、彼らは対峙していた。

 師は両手に、それぞれ高坏を手にしている。

 ひとつは、ありふれた素焼きの土の坏。もう一方は、大部分を錆に覆われながらも、その下に鋭い輝きを宿した金属の坏。

 この二つの杯を、取り換えようというのである。


 彼は苦々しい思いで師を見据えた。今回の遺跡調査で見つかった出土品は前者である。後者はフェイクなのだ。


「なにも私は、歴史を改竄しようと言うわけではない。先史時代において、すでにオリハルコンの精製技術はあった。現に、関連地域では出土品だってあるのだからね。いわば我々は、『まだ見つからないが存在するはずのもの』を補おうと言うだけだよ」


「詭弁です」


 彼は即座に言い切る。


「たかが人間ひとりが、功名心に駈られて歴史を偽るなど、そんな傲慢なことがあってはなりません……!」


 彼は師に詰め寄ると、手元から土の杯を強引に奪い取った。間髪入れずにフェイクも奪おうとするが、頭に鈍い衝撃が走り、あえなく床に崩れ落ちた。

 まさか正気か? 考古学者が出土品で殴るなど――。


「カシュパル、君は非常に優秀な、前途有望な若者だ。ここで将来を絶たれては君だって悔しかろう? ……君の輝かしい活躍を期待しているよ。まだ誰も見ぬ真理へと至る研究を、期待している」


 師は歪んだ笑みを残し、彼を薄闇の中に置き去りにした。




「……こんにゃろ~!」



 叫ぶと同時に跳ね起きて、――夢から覚めたのだ、と彼はワンテンポ遅れて認識した。

 握りしめた拳は汗ばみ、心臓の鼓動は速い。

 しばし呆然として、呼吸が整うのを待つ。


 部屋はすでに真昼の明るさだった。たしか昨夜は地下ダンジョンの探索に連れ回されたあげく、ひどく疲れて帰宅するなり爆睡してしまったのだ。


「今日は夜勤、……だよな~!」


 卓上のカレンダーを確認し、彼は安堵のため息をつく。


「よかった、日勤だったら死んでたわ……」


 彼は、もう一度眠ることにした。何やら不気味な夢を見たせいで、ろくに寝た気もしなかった。――そうだ。奇妙な夢を見ていたはずだが、不思議ともう内容が思い出せない。


 カレンダーの隣には、欠けた土の杯が無造作に置かれている。

 それは昨夜、彼が妙に気に入って、地下から持ち帰ったものだった。しかし特に気に留めることもなく、彼は再び眠りに落ちた。



ラパンドールの「奥の手」は2.5章のやつ(キスで相手の記憶を読み取る)です。

あの話も改稿入れたいなと思ってます。年末年始のお休みには…!

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