03 リーリエと御一行でサバンナツアー
「ブキョオォォオオオォオ‼」
首から上はニワトリで、身体は巨大な牡牛――「コカタウロス」の怒声が、サバンナの乾いた大地に響き渡る。
「掛かった! ――リーリエ!」
「まかせて‼」
フレイの声に答えて、私は力の限りに跳躍する。
「食らいなさい!『リーリエ・黒毛ワギュー・三枚おろし』‼」
断末魔よりもまだ疾く、私はコカタウロスに向けて剣を大きく三度振り抜いた。私が着地すると同時に、太刀筋に沿って相手の身体がミシリとズレる。
次の瞬間、コカタウロスは白い燐光を飛び散らせ、三つの巨大な肉塊へと変わった。
「マリア!」
「準備おっけーです! ――収納っ!」
カバンの口を開けて構えたマリアが叫ぶと、肉塊が体積を無視してゴロンゴロンとカバンに吸い込まれていく。
吸い込まれる瞬間に、マリアは恐るべき早業で〈固定〉のスクリフトを付与していく。――これで多少時間がたっても、お肉が新鮮なまま保管できるはずだわ。
「二頭目ゲット~!」
私たちは駆け寄って、すかさず三人でハイタッチ。
フレイが魔術で罠を仕掛け、かかった相手を私が仕留め、マリアが保存処理をほどこしてすみやかに収納!
さすが私たち、息ぴったりの連係プレーよね!
さかのぼること、およそニ十分前。
「珍獣を狩りに行く……⁉」
予想の斜め上を行く提案に、さすがの私も背後を振り返ってしまった。フレイとマリアが必死の形相で首を横に振っている。そりゃあそうよね。
「ルネ、いい加減にしろよ」
「きゃっ」
私が返事をするよりも速く、背後からピピに肩を引かれ、ルネが後ずさる。
「他人を巻き込むな。ましてコイツらは部外者だぞ。怪我でもさせたらどうするつもりだ」
「でも……」
「でもじゃない。諦めろ。だいたい食材が届かないのは、あんたのせいじゃないんだ」
「…………」
あ、ルネの目がウルウルしてきた。泣いちゃいそうだわ。
私は言葉を選びながら、慎重に返事をする。
「えっと、とっても楽しそうなお誘いをありがとう。時間があれば、是非ともご一緒したいのだけど、あいにく私たち、あまり時間がなくて」
「……どれくらいのお時間ならば、頂けまして?」
目をしぱしぱさせつつも、なおも食い下がるルネ。うーん、問題は時間だけじゃなさそうだけど……。
「せいぜい、一時間ってところかしら」
私も背後の二人をうかがいつつ、ちょっと控えめに申告しておく。
しかし意外にも、ルネはぱっと顔を輝かせた。
「充分ですわよ、それだけあれば!」
――へ?
彼女の背後に視線を移すと、ピピと目が合った。彼は「もう知らねえ」と言わんばかりの顔で、肩をすくめた。
「こちらは『ビオトープ』。世界各地の環境を体感できる、最先端の学習施設ですわ」
ルネに案内されてやって来たのは、グラウンドの片隅にある空き地の前だ。
「ここで珍獣を狩りますわ!」
「何言ってんの⁉」
おお、秒でフレイがツッコんだわ。
「ウソでしょ⁉ ただの雑草畑だし、しかも狭いし!」
たしかに。いちおうは錠前つきの柵門で囲われているものの、その空き地には本当に何もないのだ。むろん、施設があるようにも見えない。
「そう思われますでしょう?」
ルネは意味深に微笑むと、門に取り付けられた錠前に触れる。手元を覗き込むと、なにやら数字のついたダイヤルをカチャカチャとひねっている。
「座標ポイント、385042の577204……ですわ!」
カチリと最後のダイヤルがハマった瞬間、柵内の地面がまばゆく発光した。
「⁉」
思わず目を覆うと、ふいに乾いた風が私の額に吹きつけた。砂ぼこりの匂いのする、熱く乾いた風だ。
「さあ、参りましょう。広大なサバンナへ!」
かくして、そこに足を踏み入れた私たちが見たものは、――とにかく日差しが強くて、まばらに草の生えた大地が地平線まで延々と広がる、別世界の景色だった。
「なに⁉ なにこれ、どういうこと⁉」
「ここは、どこなのでしょう? ……学園の中でしょうか、それとも」
私よりはいくらか冷静に、さぐるように尋ねたマリアに、ルネは迷うことなく答える。
「中ですわ。ビオトープの内部に、対応地図上の【385042-577204】の空間を呼び出しているのです」
「別の場所をムリヤリ持ってきた、ってことだ」
ついでに、ピピが説明を補足する。
「……じゃあ、『サバンナが来た』ってこと? 『僕たちが行った』わけじゃなくて」
「そういうことですわ」
ははあ、なるほどね。
……って、仕組みはサッパリ分からないけど、ルネの意図なら私にも分ったわ!
はい! と声をあげて、私は大きく挙手をする。
「どうぞ、リーリエさん」
「ここで狩りをするってことね! 珍獣バーベキューの食材を、私たちで調達するために!」
「ええ、ハナマルですわ!」
こうして、サバンナを探索すること約ニ十分。
私たちはたった今、最高の連携プレーで二頭目のコカタウロスをゲットしたところよ!
一頭目の時は初めてでグダグダになっちゃって、結果的に二百個くらいの肉塊になっちゃったけど、今回は収納まで完璧な流れだったわ!
「ねえ、学園の備品ってすごいのね! この剣、ぜんぜん斬れ味が落ちないわ!」
急いで駆け戻ると、ピピが明らかに後ずさった。
「いや、何なんだあんたら……」
「すごいですわ、すばらしいですわっ‼ あなたたち、ぜひ今日付けで入学願書をお書きになって! 授業料全額免除しちゃいますわよっ⁉」
かたやルネは手放しの大絶賛。そのまま両手を上げてハイタッチ。
やや遅れて、マリアとフレイも駆け寄ってくる。
「この『指定スクールバッグ』も感動的ですっ! 何でもラクラク入っちゃうんですね!」
「ええ。大量収納でか~るがる、機能性バツグンのカバンですわ!」
「まあ、生肉をじかに入れる用途ではないけどな……オレのカバン……」
ピピはそこそこ凹んでいる。どうやらルネが提供した収納バッグは、ピピの通学カバンだったらしい。
「……まあいいさ……今年で卒業だし……」
なんていうか……この人、だいぶ苦労人よね。
「だけどさ、ピピのおかげだよ! 僕たちだけじゃ珍獣なんか見つかりっこないもん」
フレイがすかさず的確なフォローを入れる。
そうなのよね。とにかく無駄に広いサバンナで、私たちがお手頃な珍獣とエンカウントできるのは、ピピの指示のおかげだった。
どういう魔術かは分からないけど、珍獣のいる方角、距離、正体までもが、彼には手に取るように分かるらしい。――ちなみに距離に関しては、たとえどれだけ対象と離れていようとも「ビオトープ内の縮尺を変更」とかで問題なかったわ。
「まあ、たいしたことはできねーけど、索敵くらいならな」
「そうですわ! この子の特技は索敵くらいですから、使い倒していきましょう!」
「何もしてないあんたに言われたくない……」
もっともな指摘を受け、ルネがぐっと言葉に詰まる。言われてみれば、彼女、なにもしてないわよね。私たちと出会わなかったら、一体どうするつもりだったのかしら?
「わ、わたくしは一撃必殺タイプなので……」
ピピに、というよりはむしろ私たち三人に向って、ルネはゴニョゴニョと弁解を始める。
「わたくしの得意分野は弓なのですわ。ですから遠距離スナイプが持ち味であって、接近戦でズバーンというのは……」
「5本に1本当たればいいところだけどな」
「ピピは黙ってて‼ ――とにかく、けしてポンコツってワケではありませんのよ⁉ ちょっと必殺技の発動条件がキビしいというか、時間限定といいますか~……」
「わかったわ」
ルネの目が完全に泳いでるし、この話はここまでにしましょう。フレイなんか残念な子を見る目でルネを眺めてるし。
「じゃあ、もしもの時は頼んだわよ、ルネ」
「お任せあれ!」
思いのほか威勢のいい返事がきたわ。
◇コカタウロス
身体は食肉で出来ていた。頭はチキンで、体はビーフ。
「鶏肉も牛肉もいっぱい食べたい」という人間の欲望から生み出された禁断のキメラ。気性の荒さから現在では飼育されないが、野生化した一部が生態系を壊す外来種となっている。かなしい。でもおいしい。
……という解説を入れる場所がなくなりました




