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02 リーリエと珍獣ハントのお誘い


「話が、ちっが――う!」


 私たちを乗せたスクール馬車が、エスペリオ学園の正門前に到着してから、きっかり一時間後。

 私は再び正門前で、地団駄を踏みしめていた。


「仕方ないですよリリちゃん、今日は土曜日ですし……」

「授業がないから、生徒がいなくてもしょうがないよ」


 マリアとフレイがフォローを入れてくる。けれどその口調にも、「正直ガッカリした」という本音が透けて見えている。


(うぬぬ、こんなはずでは……)


 私は唸った。学園見学にやって来て、生徒の誰にも会えずに帰るなんて、ほんと残念すぎるわよ。残念の極みだわ!



 さかのぼること一時間前。



「ようこそ、エスペリオ学園へ!」


 スクール馬車から降りた私たちを出迎えてくれたのは、おまんじゅうみたいに丸っこくて優しそうなおじさんだ。

 この人がエスペリオ氏。マリアが助けた女の子のお祖父ちゃんであり、この学園の理事長先生なのだという。


「あいにく今日は土曜ですが、平日はずいぶん賑やかになりますよ」


 理事長先生に案内され、私たちはしばし人気(ひとけ)のない校内を見学して回った。


「へぇえ……」


 つい、感心のため息がもれてしまう。

 王都にやって来て、お兄さまに付いて入った「庁舎」もずいぶん大きな建物だったけれど、学校っていうのもすごく広いのねえ。


(この建物が、同じ年頃の子供たちで満ちあふれるのね。同じ制服を着て、同じ部屋にぎゅっと集まって、同じことをするのね。……不思議だわ)


「リーリエ、ふらふらしないの」


 教室を覗こうとすると、フレイにお小言を言われてしまった。


「ねえ、フレイは学校に通ったことある?」

「ん、あるよ。だけど辞めた」


 なにげなく聞いてみると、思いがけない返事がきた。


「……そうなの?」

野百合の谷(リリエンタール)に来るときに辞めたよ。でも、それで良かったと思う。嫌なことのほうが多かったし」


「フ、フレイ君……!」

 マリアがあわてて声を上げる。

「ごめんなさい、わたし、そうとは知らず……」


「あ、ううん。気にしないで」


 フレイは何かを考えるような顔のあと、言葉を選びながら続けた。


「今日はさ、来たいと思ったんだ。嘘じゃないよ。――たしかに前の学校にいい思い出はないけど、学校にもいろいろあるだろうしさ、来てる生徒だって違う。だから、見てみなきゃ分からないかなって」


 ふうん、立派なこと言うじゃない。


「あなたもまた、昔のあなたじゃない。……ってところね?」


 私がニヤリと笑うと、フレイはぷいっとそっぽを向いた。


「君みたいなのと毎日一緒にいれば、大抵のことはどーでもよくなるんだよ」




 こうして校内見学はつつがなく終了し、私たちは最後に理事長室でお茶をいただいた。


「わが校は、のびのびとした校風を大切にしています。王都の内外からたくさんの生徒が集まっておりますから、さまざまな人に触れ、大らかな人間に育ってほしいと願っています。学生寮も備えておりますから、ぜひ考えてみてください」


 おまんじゅうみたいな顔をほころばせて、理事長先生はお話をしめくくった。




 そういうわけで、あっさり学園見学が終わっちゃった!


「リーリエ、帰りも馬車出してくれるって」

「嫌よ! 私はまだ帰らないわ!」

「ですが、入校証も返しちゃいましたし……」


「むむむ……!」

 私は唸る。せめてお兄さまへのお土産話か、お土産にできるモノでも無いと――


「こうなったら、ちょっと綺麗な石を拾って持ち帰るわよ!」

「やめてよ! 五歳児みたいなことしないでよ!」


 ちょうどその時だ。私たちの耳に、どこからともなく叫び声が聞こえてきたのは。



「イヤよ! 止めないで! わたくしは何としてでも行かねばなりませんのよ!」



「ナイスタイミーング!」

 私は叫んで、声の方へと駆け出した。これは絶対、おもしろそうな予感がするわ!




◇ ◇ ◇




「放しなさい! 放しなさいよ、このぉ!」

「ああもう、落ち着けルネ」

「だって、このままでは嘘吐きになってしまいますわ! 珍獣バーベキューをするという公約で、わたくしは生徒会長になったのに‼」



「――話は聞かせてもらったわ!」



 私は高らかに叫び、茂みから飛び出した。

 ビクリと肩を震わせて振り向いたのは、黒髪ロングの女の子と、ツンツン灰色髪の男の子だ。


「ど……どちら様でしょう……?」

「私はリーリエ。この学園に見学に来たの!」


 私が名乗ると、背後の茂みからフレイとマリアが顔を出す。


「ごめんなさい、怪しい者じゃないんです」

「はわわ……! そうですそうです、わたしたちは見学に来たんです……!」


「見学? あなたたち、入学希望者なのですか?」


 女の子の顔がパッと輝く。彼女は胸に手を当て、うって変わって高らかに告げる。


「わたくしはルネ・バークレイ。この学園の生徒会長を務めておりますわ!」


「げぇっ、バークレイ?」

 フレイが一瞬のけぞったけど、何なのかしら?

 それはともかく、ルネと名乗った女の子は歓迎のまなざしで私たちを見つめた。紺碧の瞳に紫がかった黒髪ロングの、理知的な印象の美人さんだ。


「あ、そしてこちらは、書記のピピ」


 ルネが男の子の背中を押す。ツンツンした灰色の髪に金色の瞳の、ワイルドな雰囲気の男の子だ。制服をきっちり着こなしたルネに対して、こちらの着方は対照的だ。


「……『ピピ』?」

「なんだよ、文句あるかよ」


 私は首を振る。――たしかに「ピピ」という顔でも「書記」っていうガラでもないけど、それは余計なお世話ってものよね。


 

「それで、ルネさんたちは何をモメてたんですか?」



 ちゃっかりフレイが口を挟んでくる。私の背後に隠れたマリアも、興味深げに頷いている。


「あら、お恥ずかしいわ。お騒がせしてしまいましたわね」


 そう前置きして、ルネは語り始めた。


「来週、わが校では生徒会主催のイベントがあるのです。そこで『珍獣バーベキュー大会』を催す予定なのですけれど、業者に発注した食材が届きそうにないとの連絡を受け、困っているのです」


「珍獣バーベキュー?」


「そうです、絶対に実行したいのです! わたくしは、これを選挙公約に掲げて生徒会長に当選したのですから!」


 両手のこぶしをにぎりしめ、力説するルネ。


「いや、あんたが当選したのは、壇上ですっ転んでパンチラしたから……痛っ」


 ピピが何か言いかけたものの、すかさずルネの裏拳が入ったわ。聞かなかったことにしましょう。


「なるほどね。だけど、どうして届かなくなっちゃったの?」


 私がたずねると、ルネはやや首を傾げる。


「詳しい事情は分かりませんが、運送業者のトラブルだと聞いていますわ。……なんでも、街中にガイコツがあふれてしまって、パニックで荷馬車が河に落ちたのだとか。ですが、そんなことがあるものでしょうか?」


「ああ……」


 私とフレイとマリアとで、思わず顔を見合わせてため息をついてしまう。

 あったんですよ、そんなことが。


「ええと、何か私たちに協力できることがあれば、お手伝いしたいわ」


 私はそう申し出た。ガイコツ騒動が原因ならば、私たちも半分くらいは当事者だしね。幸い、フレイとマリアも頷いてくれている。


「いや、手伝いってもなあ……」

「是非とも! お願いしたいですわ!」


 否定しかけたピピを押しやり、ルネは私に抱きつかんばかりに詰め寄ってきた。


「――唐突に不躾な質問をいたしますが、貴女、腕っぷしに自信はあって?」

「へ?」


 思わずびっくりしたけれど、私はためらいなく頷く。


「あるわ。たぶんだけど、私、あなたが引くほど強いわよ」

「素晴らしい……!」


 ルネは独り言のように呟いた。その後ろで、ピピがげんなりした顔をする。えっ、何か私まずい返事をしちゃったかしら?

 次の瞬間、ルネは声を弾ませて、とんでもないことを言いだした。



「それでは、今からわたくしと一緒に、珍獣を狩りに参りましょう!」




ルカ氏ことルーカス・バークレイの身内です。

ルカ氏については、BLネタも平気であればこちらのスピンオフに↓

「どきどきお腐れガール!」https://ncode.syosetu.com/n0798fy/

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