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17 重装甲の騎士と白百合の少女

閑話 兼 第2章エピローグ的な話です。

リーリエが眠っていた2日目午前中のエピソードになります。


「ただいまからぁ、第一回・ニサお骨拾いフェスタを開幕いたしまぁす!」


 すぱぱぱん! と小気味の良い花火の音とともに、早朝の街に陽気なアナウンスが響き渡った。


「な、なに今の⁉ ――ぐえっ」


 隣で眠っていた弟のフレイが跳ね起き、はずみでベッドから転げ落ちかける。その首根っこを捕まえ、俺は不可解な単語を反芻する。


「お骨拾いフェスタ……?」


 そういえば官庁に務める兄のシュミッツは、昨晩はついに帰宅できずじまいだった。なるほど、突然の激務により行政の頭が爆発したのだろう、そう思わせるに充分なアナウンスだった。


 弟とともにニサ中央広場へ出向いてみると、まだ午前中にもかかわらず人で賑わっている。

 号外でーす! の掛け声とともに、すれ違う青年に何かを手渡される。まだインクの香り立つゴシップ紙だ。


『死霊都市、ニサ!

 犯人の名前は、カシュパル・マチェイカ。

 コグニト区の公文書館に籍を置く男性。同区の王立博物館で学芸員(アーキビスト)を務めた経歴もあると見られる。

 犯行の動機については、いまだ捜査中。……』



「おっはよ~、アルマジロクンと弟クン!」

「おはようございます。よく眠れましたか?」



 視線を上げると、噴水の前でラパンドールと白百合の少女が手を振っていた。


「おはよう、マリア。リーリエは?」

「リリちゃんはお休み中です。昨日の今日ですから、休ませてあげましょう」

「そうそう、王子が付いててくれるそうですし」

「ん、……そっか」


 残念だったな、弟よ。わずかに気落ちした弟を、俺は微笑ましく見守る。



 それにしても、広場は大賑わいだ。

 昨日の大惨事の影響で休業となった人々も多いのだろう。みな麻袋を抱え、茂みや物陰を探っては骨を拾っている。さらなる収穫を求め、意気揚々と街へ繰り出していく姿も見られる。


「すごい騒ぎだな。たしかに、放送が隣街(うち)まで聞こえたが」


「ええ。ニサ区民でなくとも歓迎なんですよ。とにかく一刻も早く片付けてしまいたいので。……なんと、たくさん拾えば早い者勝ちで金券と引き換えてくれるそうですよ?」


 そう説明し、ラパンドールはニシシと笑う。

 なるほど、それでこの賑わいようなのか。それにしても現金な策だ。こんなことを言い出したのは間違いなくうちの兄だろう。


「でも、マリア……大丈夫? 骨拾い、嫌じゃない?」


 弟が慎重な声音で少女に問いかける。

 少女は昨日と同じように髪に白い花を挿しているが、その髪はずいぶんと短くなってしまった。

 しかし少女は穏やかにほほえみ、「わたしもやりたい」と頷いた。





 お祭り騒ぎの街を散策しつつ、俺たちは骨を拾い始めた。


「……それでさ、まあ昨日は家に帰ったんだけど、アーマイズ兄さんと一緒に寝たもんだから、ものっすごくむさ苦しかったよ」


「えっ、どうして? フレイ君のお部屋があるでしょう?」


「僕の部屋、作業場になってたんだ」


「へ?」


「僕の姉さんがね、今『フレンドリィ』って雑誌で絵物語を連載してるんだけど」


「フレンドリィ⁉ フレンドリィって、あの⁉」

「あ、マリアチャン『腰椎』が落ちましたよ」


「ああ、マリア知ってる? フレンドリィ」


「知ってるもなにも……! 女の子の約100割は読んだことのある雑誌ですよ⁉ お姉さん、大人気作家じゃないですか!」


「千パー超えちゃった。まあいいや、とにかく原稿の締切が近いらしくてね、アシスタントさんが僕の部屋まで侵略してきて作業してんの」


「すごい、アシさんがいるんですね」


「うん。姉さんの元婚約者候補で、現・担当編集兼敏腕アシスタントのルカ氏」

「おおっ、弟クンそれは『膝蓋骨』です!」


「……?」


「ルカ氏。ものすごいイケメン。姉さんの元婚約者候補で、いちばん上の兄さんと仲良しなんだけど、なんか姉さんの作品に惚れ込んだとかで官僚辞めて出版社に転職しちゃった変な人」


「なんだか、情報量が急に……」


「そのルカ氏がさ、すごい集中状態で背景にベタフラ入れてるわけ、僕の部屋で。もう職人の気迫っていうかアシスタントの鑑っていうか、ちょっと邪魔できそうになくて」


「は、はあ」


「だけど、姉さんがそこにズカズカ乗り込んできて『ギョワー!』って叫ぶわけ。

『ルカ氏ちがう! ベタフラはあっちの背景です! こっちの背景は花キラって言ったじゃないですか‼ だいたいチューするコマでなぜ背景が電撃だと思うんですか⁉』って。

 ――だけどルカ氏はマジメな顔して言うわけ。『私としては電撃もアリだと思いました。ズギュゥウン!って感じかと』って……」


「……まあ、なんだか楽しそうですね」


「でも僕は困るよ。自分の部屋なのに、寝られないから」


「それで、アーマイズさんのお部屋に避難したんですね」


「うん。でもなんか筋トレマットで寝ろって言われて、汗臭そうで嫌だったから無理やりベッドに割りこんで寝た。だからあんまり寝れてない。――ねえ、これ何の話?」


「うふふ、わたしが聞きたいんですけど?」



 ほがらかな笑顔で、白百合の少女はキレのいいツッコミを放った。そして俺も聞きたい。ルカ氏は一体どこへ向かおうとしているのか。人生に迷走してないかルカ氏。



「ああっ! これは『耳小骨』の中でも一番カッコ良さげな『アブミ骨』‼」



 そしてラパンドールが手にしているパンフレットは一体何だ。骨の種類とレアリティが網羅してあるのか? どこで貰ったんだ、俺も欲しかった。







「わたし、行きたいところがあるんです」


 昼食を済ませたあと、少女がぽつりと言った。


「それなら、皆で行きましょうか」

「その、それはあまり……」


 ラパンドールの提案に、なぜか少女は言いよどむ。


「ですが、わたし一人では場所が分からないので、どなたかに教えていただくことになってしまうのですが……」


「じゃあ、兄さんを貸したげるよ」


 フレイがあっさりと提案し、俺の背中を押す。


「僕もそのへんを見て回るからさ、代わりにラパンさんを貸して」


「はいはい、借りられましたよ」


 ラパンドールも二つ返事で了承し、それならということで俺はフレイをラパンドールに預け、少女に同行することにした。



「どこへ行きたいんだ」


 怖がらせないよう、俺は努めて静かな声音で少女に訊ねる。しかし驚かされたのは俺のほうだった。


「地下墓地です。わたしが囚われていた、あの場所へ」



 この少女は、名を何と言ったろうか。やわらかな銀色の髪に挿した白い花がよく似合う。繊細なセレストブルーの瞳は、淡い雲間に覗く春の空のようだ。

 このいかにも儚げな少女は、魔術師に誘拐されたのみならず、惨たらしい地下墓地にとらわれたのだ。大の大人であっても、思い出したくもない出来事であるはずだ。


 しかし少女は、じつに静かな足取りで、地下墓地への暗い道を歩んでいく。

 その態度は「気丈」とは違う。おそらく「健気」とも違う。



「本当に、いいのか?」

「はい」



 岩の扉に手を触れた瞬間こそ面差しに恐怖の色が浮かんだが、少女はそっと一礼を捧げ、その岩室へと足を踏み入れた。



「――戻ってきたよ」



 魔術的に浄化されたとはいえ、地下墓地は目を背けたくなる有り様だ。幾千もの人骨が壁に沿って、個人の区別もなく山積されている。

 そこに、「戻ってきたよ」などと。


(……信じられない)


 少女は岩室の中心へと歩を進めると、そこで膝をつき、細い指を組み合わせた。頭を垂れ、黙して祈りを捧げる。

 その眼前には、崩れた骨の一塊があった。

 人間の形すら成さないその塊にむけて、少女はもう一度語り掛けた。――おやすみなさい、と。



「……誰か、君に縁のある者なのか」

「いいえ」


 少女は慎ましく否定したが、すぐに言葉を補う。


「いえ、ご縁ならばありました。わたしはこの人たちと()()にいて、この人たちのことを知ったのだから」


 やがて、少女は組み合わせた指をほどく。

 立ち上がろうとして、しかし何かをためらった様子のあと、そっと自らの髪に触れる。銀色の髪に挿した、薄闇の中に輝くばかりの白い花。


「神様のご加護がありますよう」


 そう囁いて、少女はそれを地面に捧げた。



 大事なものだったのではないのか? ――しかしそう訊ねるかわりに、あまりに場違いな言葉が口をついてこぼれた。


「――君の名前は、」


「え?」


 目を丸くして少女が振り向く。


「い、いや、すまない。こんな時にこんな場所で。君の名前は何と言ったか。俺は、アーマイズ・ローゼンフェルトと言うが」


「知っていますよ」


 少女は笑った。

 その瞬間に、彼女の纏う不思議な緊張感がはらりとほどけた。飾り気のない、ただの少女の笑顔だった。


「では、覚えてくださいね。マトリカリアと申します。夏白菊(マトリカリア)、ですよ」



 俺は頷き、手をさしのべる。

 マトリカリアはその手を取って、ふわりと立ち上がる。

 再び一礼を捧げ、俺たちは地下墓地を後にした。




・マリアが地下墓地で話しかけたのは、魔術師が戯れに作って踏みつぶした「失敗作」です

・ローゼンフェルト四きょうだいについては、こちらのスピンオフで→ https://ncode.syosetu.com/n0798fy/



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