15 リーリエと表と裏
マリアは目を細めた。
天井から一条の光が射した。この打ち棄てられた暗闇に、突如として一条の光が射しこんだのだ。
「……!」
顔を上げてその源を探すと、すっと風が通った。ふいに呼吸が楽になり、身体が浮き上がるような感覚がある。
たちまちのうちに、光は部屋全体を満たした。
天井が抜けたのかしら、そう錯覚するほどに。
光は降りそそぐ。永劫とも思われる時間、それを待ち望んだ死者たちへと。
◇ ◇ ◇
「なんだと……⁉」
素材ならば地下にいくらでもある。――そう言い切った魔術師は、あきらかに狼狽した。
私は呟いて、ゆっくりと立ち上がる。
「ナンだとかカンだとか知らないけど」
「ま、待て」
「待つわけないでしょ!」
私は一喝し、拳を握りしめる。
「お前、刺されたはずでは……」
「は⁉ あのナイフなら刺さってないわよ! ビックリしたし痛かったけど、――って」
いけない、これは時間稼ぎだ。
魔術を使うヤツと無駄話なんかしちゃダメだって、フレイを見てれば散々分かるわ!
「いい加減に、観念なさい‼」
私は重心を落とすと、大きく正面へと踏み込み、相手のド真ん中目がけて拳を叩きこんだ。
――入った。
胸のすくような、パーフェクトな手ごたえ。
「がっ……!」
短い声を上げ、白い燐光を身にまとわりつかせ、魔術師はドサリと地面に沈んだ。
「犯人確保でーす!」
見計らったかのように、ラパンさんが風のごとき速さで駆けつけてくる。魔術師はぐるぐる巻きに拘束され、文字通りお縄となった。
「――マリア!」
「リリちゃん!」
私はマリアに駆け寄り、その身体を拘束するロープを力任せに引きちぎる。
「ああ、マリア……! 遅くなってごめんなさい! 無事でよかったわ、……だけど」
マリアの柔らかな銀色の髪が、無残にも片側だけが、首のあたりでバサリと切り落とされていた。
何でもないとばかりに、マリアは首を振る。
「迷惑をかけてごめんなさい。リリちゃん、助けてくれて本当にありがとう。フレイ君も、それにラパンさんやお兄さんや、アーマイズさんも、みんな本当にありがとう」
切られた髪と拘束によるアザの他には、マリアに怪我はなかった。
私たちは心から胸をなでおろした。
じつは彼女を見つけるまでには、もう少しだけ紆余曲折があった。
魔術師を確保したのち、その拠点が地下にあると知った公安の人たちは、すみやかに地下墓地の探索にかかった。
そこで明らかになったのは、想定外の事実だった。
ニサの地下には、街の公式文書に記載のない墓穴がいくつも存在していたのだ。そればかりか、それらを繋ぐ人為的な通路までもが造られていた。――街の下は、さながら地下ダンジョンの様相を呈していたのだ。
そして、街の下にそのようなものがあったことを、みな知らなかったのだ。
お兄さまとラパンさんの後について、私とフレイも地下墓地へと続く階段を降りていく。
「ねえお兄さま、マリアのことも探知機で探せないの?」
「そうしたいところだが、彼女自身の魔力サンプルが無いことには……」
「髪の毛なんかじゃダメかしら? 乗ってきた馬車をよく探せば、一本くらい見つかるような気がするけれど……」
お兄さまは言いづらそうに声を落とし、期待はできないな、と短く答えた。
「あ!」
そのとき、ふいにフレイが叫んだ。
「アーマイズ兄さんだよ! 兄さんが、あの花に魔力を入れたよね? 馬車を降りてすぐ、花が枯れちゃった時に!」
――それだわ‼
こうして、またしてもアーマイズさんが呼びつけられ、少しだけ血液を採取された。これが魔力のサンプルになるのだという。
アーマイズさんの魔力を探知機にかけ、その反応を追うことで、私たちはマリアの居場所を突き止めたというわけだ。
◇ ◇ ◇
「まったく、初日から大変な目に遭ったよね」
内務省庁舎の小奇麗なロビーで、私とフレイはお茶をいただいていた。
アフタヌーンティーにしては遅いけれど、話を聴かせてほしいとのことで、連れていかれたマリアを待っているのだ。
「そうね。夕ごはんは何が食べたい?」
「えっ、ちょっとお気楽すぎない?」
「だって、ちゃんと解決したじゃない!」
私はティーカップに口をつける。
あら、予想したよりずっと甘いわ。
「……これ、ココアなんだけど」
「うん。ココア飲むと生きてるーって感じがするでしょ」
フレイの理屈はよく分からないけれど、ありがたく頂いておく。――なぜかガラにもなく「僕が取ってくるよ」だとか言って、注いできてくれたものだから。
まあ、ロビーには何やら近未来的な機械があって、好きな飲み物を選んでレバーを引くと、液体がビョーっと出てくるだけだったんだけどね。
「あのね、フレイ。カードのことなんだけど」
ココアの甘さ――もしくは生きてる感にうながされ、私は気がかりだったことを切り出した。
「カード?」
「あのナントカデュエルのカードよ。最初に十枚持たせてくれたでしょ? 私ね、八枚しか使ってないと思ったんだけど、気づいたら全部なくなってたの……。大事なカードだったのよね、ごめんなさい」
「ああ、そんなことか」
フレイは穏やかに応え、私の目をまっすぐに見つめて言った。
「どうだっていいよ。それなら二枚は護符にでもなったんだろうし、別に全部なくしたって構いやしない。君にケガがなくて良かった」
「そ、そう?」
私は口ごもってしまう。お小言のひとつもあるかと思ったのに、なんだか調子が狂ってしまうわ。
「――ま、まあね! あんなヤツ、私にかかれば楽勝よ! それに私たち、二度もガイコツを撃退したのよ! もう業者になれるわ。ガイコツ駆除本舗創業で将来安泰ね!」
私はそう茶化して、気恥ずかしさを吹き飛ばす。
「ニッチだね。儲からないよ」
淡々と応えて、フレイもまたホットココアを口にした。
「そうだ、――最後にひとつだけ、気になることがあるんだ。君が意識していたらでいいんだけど」
「な、なあに?」
「デュエルのカード、どっち向きに置いた?」
――なんなのよ、思わせぶりな聞きかたするから、ちょっとドキッとしたじゃない!
まあそれはおいといて。奇妙なことを訊ねたフレイに、私は迷いなく答える。
「表向きよ。絵の面を上にして置いたわ」
「そっか。――僕はね、裏面に魔力を付けたんだ」
「ふうん、そうなの?」
「うん。絵柄にベッタリ魔力を付けるのは、なんか嫌だなって思ったんだ。汚ないっていうか。……いや、それはどうでもいいんだけど」
「なんでちょっと照れるのよ」
「いや忘れて。とにかく、僕は裏面に魔力を付けた。そして、なんとなく思い込んでいたんだ。『リーリエも裏向きにカードを置くだろう』って。――どんなゲームでも、手札は普通伏せて置くものだ」
「えええ⁉」
私は今更ながら慌てた。つい立ち上がったものだから、ティーカップが机ごと揺れる。
「向きに正解があるなら先に言ってよ! 私はカードゲームなんてやらないし、魔力だって見えないから、まんまと逆に置いちゃったじゃない! だって大事なカードなのに、絵柄に泥がついたら申し訳ないって思って……」
「ふふふ」
なぜか、フレイはくすくすと笑い出した。
なによ、なんで笑うのよ?
「いや、ごめんごめん。凄いよリーリエ」
「へ?」
「君が正解だったんだ。〈浄化〉を仕掛けなきゃいけなかったのは、地上じゃなくて地下だったんだから。はからずも君は、象徴紋を裏向きに発動させたんだよ」
「うん? ま……まあ、そうよね! 私はいろいろ『持ってる』子だもの! まかせてよ!」
理屈はあんまり分からなかったけれど、褒められたということは理解できたので、とりあえず私は得意げにしておいた。
「おまたせしました!」
ほどなくして、明るい声を上げてマリアが戻ってきた。
ただ、その銀色の髪は、襟足でばっさりと切り整えられていた。
「ひょえええ、マリア……!」
「うふふ、スッキリしましたよ! あのままじゃ変でしたし、ラパンさんにやってもらったんです。似合いますか?」
も、もったいない気がするわ……。まあ、マリアが納得しているのなら、私が言うべきことは何もないけれど。
「リーリエ、待たせたな。すまない、こんな所に一人にして」
「いや、僕を豪快に無視するのやめてくれる?」
あら、いつの間にかお兄さまとフレイもなんだか打ち解けた様子ね。私が走り回ってる間に、ほのぼのと世間話でもしてたのかしら?
「……ていうかお兄さん、それ、ツッコミ待ちなの?」
「何がだ」
「何がじゃないよ、なんで巨大なウサギをだっこしてるの?」
お兄さまの胸元には、――というか胸元には収まらないサイズで、巨大なウサギがだっこされていた。
あまりにシュールな絵ヅラだから見間違いかと思ってスルーしてたんだけど、錯覚にしてもおかしいわよね!
「スン……」
ウサギは短く鼻を鳴らした。チェスナットの毛並みに、椎の実のような目をした愛くるしいウサギだ。小鹿ほどのサイズ感であることを除けば。
お兄さまは何食わぬ顔で答える。
「ラパンドールだが」
庁舎のロビーに、私とフレイの叫び声がこだましたことは言うまでもない。
「護符にでもなった2枚」ですが
・前話でラパンが爆発卵を投げた際に1枚
・にせマリアがナイフで刺そうとした際に1枚
リーリエの致命傷を防いで消費しました。
リーリエの身体に接触していた(懐にしまわれていた)ために有効でした。
って、ここで補足してしまってすみません。




