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03 リーリエと元・闇落ち少年〈1/2〉



 「うむむ……」

 『魔術書』と書かれた本棚を前にして、私はつい唸ってしまった。どれもこれも分厚くて難しそうな本ばかりだわ。


 今日は私、村の図書館に来ているの。

 ふっふっふ、これも戦力増強計画、もとい人生リトライ計画のためよ!

 幸せな人生は強靭な肉体から……というわけで、最近の私、かなり剣の腕前は上がってきたかなって思うのよね!

 ここでさらに魔術までマスターしちゃえば、ナントカに金棒ってやつでしょ。


 そういうわけで、魔術のほうも独学で勉強してみようと思ったの。……なんだけど、どの本もハードルが高そうで困ったわ。


「なにしてんの、リーリエ」


 背表紙とにらめっこをしていると、ふいに声をかけられた。

 振り返ると、黒髪に赤い目をした、見慣れた顔の男の子だ。


「フレイじゃない!」

「しっ、声が大きいよリーリエ。君は知らないだろうけど、図書館ていうのは静かに本を読む所なんだよ」


 フレイはわざとらしく眉をしかめて、「しー」のポーズをしてみせた。

 くっ、腹の立つ喋り方をするヤツめ。……じゃなくて、こんな所で出くわすなんてラッキーだわ。この子、図書館の常連さんなのよね。


「ねえフレイ、私、魔術について勉強したいんだけど、何かオススメの本はないかしら?」

 私は声のボリュームを落として、そのぶんフレイに顔を寄せる。


「わっ!」

「ちょっと、露骨にのけぞらないでよ! 失礼しちゃうわね」

「し、しかたないだろ」


 フレイは一歩後ずさりつつも、不愛想に入り口のほうを指さしてみせる。


「それなら、あっちのほうを探してみたら? あのへんは入門書のコーナーだから、君みたいな子供にも読めるものがあると思うよ」


「さすが!」

 あなたも子供でしょ、というツッコミはさて置き、私は素直に感心する。

「……まあ普通じゃない? こんな小っちゃい図書館だしさ」

 あ、ちょっと照れたわね。しょせんは十四歳の少年、かわいいものだわ。


「せっかくだから、案内してあげるよ。また大騒ぎされたり、何か破壊されても困るしね」


 フレイはそう提案してきた。不愛想をよそおいつつも声には上機嫌がにじんでいるわ。そういう反応には可愛げがあるけど、やっぱり言い方はかわいくないわね。



(……背が伸びたわよね)

 本棚の間を歩いていく背中を追いかけながら、私は初めて気が付いた。

 最初に出会ったときは、フレイは私よりもちっちゃくて細っこい男の子だった。

 その少し癖っ毛の後ろ姿を見つめて、立派になったわねえ、とおばあちゃんみたいな気持ちになってしまう。


 フレイこと、「フラジオレット・ローゼンフェルト」。

 この男の子こそ、幸せ人生リトライ計画の、もうひとつのカギとなる存在なの。

 彼は私とマリアとの出会いから少し遅れて、二年前に王都からこの野百合の谷(リリエンタール)へとやってきた。私たちが、十二歳の秋のことだ。



  ◇



(――ちがう‼)

 その男の子を一目見るなり、十二歳の私は動揺した。


「……フラジオレット・ローゼンフェルト」


 消え入りそうな声でそう名乗った男の子は、ひどく華奢で頼りなげだった。私の知っている1周目の「ヤツ」とは、あまりに印象が違いすぎていた。

 

(私の知ってるフラジオレット・ローゼンフェルトじゃないわ! ヤツはもっとこう……ゴリゴリっとした感じの、しかも「寄らば斬る」みたいな殺気を撒き散らしてる男だったはずよ⁉)


「ねえ、あなたってそんな子だったかしら⁉」


 私は思わず彼に駆け寄り、両手でビタッと頬をはさんで、ぐいっと顔を上げさせた。

 そのとたんに、驚くほど鮮やかな深紅の瞳と目が合った。

 まるで咲き初めたバラのような、みずみずしく鮮烈な赤。そこにはらりと掛かった、夜空みたいな漆黒の髪。――忘れもしない、この魔性チックな色合いは、やはり間違いなく、他でもなく。


(私を刺した、フラジオレットだわ……)


 呼吸も忘れて、私はしばし少年の顔を凝視した。

 数秒たって、相手がぷるぷると震えていることに気がついた。


「……せ、せっかく綺麗な顔してるのに、しょぼくれてちゃもったいないわ! もっとシャキっとしなさいよ!」


 私はそうごまかして、いたいけな少年を解放した。やってしまった、怯えさせてしまったわ。相手はまだ、ただの子供だっていうのに。


(そう、この子は無害な子なのよ。私がトチ狂ったことをしない限りは)


 私は自室に戻り、1周目の記憶をノートに書き出してみることにした。


・1周目の私、アホみたいにマリアをいじめる!

・フラジオレット、マリアと出会う!

・二人はひかれあう!

・フラジオレット、騎士になることをこころざす! リーリエの魔の手から、マリアを救い出すために。


 な、なるほど。そりゃ私の知ってるフラジオレットは、いつも殺気ふりまいてたワケだわ。書き出してみると合点がいった。だけど――

『・だけど、マリアを救えなかった』と私はペンを走らせる。


 1周目のマリアは、リーリエの虐めに耐えかねて、自ら命を絶ってしまったのだ。そうして、フラジオレット・ローゼンフェルトという少年もまた、絶望に飲まれてしまった。

 そして自暴自棄になった彼が取った行動は、復讐という名の私刑だった。

 彼は極悪令嬢リーリエを誅殺し、勢いあまって村にも火を放ったというわけ。いやはや完全なる闇堕ちってやつだわ。初恋こじらせボーイ、怖すぎる。


(……まあ、元はといえば、私がマリアをいじめたから悪いのよね。私がマリアと仲良しならば何も問題は起こらないし、フラジオレットもおかしくならない。村も燃えない。カンペキだわ)


 私は勢いよくペンを放り投げ、ぐっと両手の拳をにぎりしめた。


「ならば、マリアとフラジオレットをくっつけるけいかーく! 私がその架け橋になっちゃいましょう!」


 だって、二人はお互いに惹かれ合っていたのだから!

 今世こそ結ばれることができれば、あの子たちの幸福度は爆上がりよ。二人は幸せ、村は燃えない、んで私も幸せ! みんな得しかしないでしょ!

 ――そう気付いた私は、さっそく家を飛び出した。


「フーレーイー! 一緒に遊びにましょーーー‼」


 まずはお友達からよ!

 私はフラジオレットことフレイを、マリアと二人がかりで懐柔することにした。

 彼は王都育ちの貴族のお坊ちゃん。ハイ来た、この野百合の谷(リリエンタール)にはございます! 王都にはない大自然が‼


 そんなわけで、ハーブを摘んだりピクニックに行ったり渓流で遊んだりと、私とマリアは毎日のようにフレイを誘って、野山に遊びに出かけたわ。

 それが良かったのか、秋が終わる頃には、フレイはすっごく元気な子になったわ。

 繊細そうな印象も吹き飛んだし、なんでも遠慮なく言ってくれる子になった。私たちは着実に仲を深めていったというわけ。




  ◇




「――うん。この本なら、君みたいな脳味噌の残念な子にも分かると思うよ」

「それはどうも……」


 いやはや、それがもう今では身長もかわいくないし、憎まれ口ばかり叩く子に育っちゃったというわけですよ。


 とにかく、私はフレイが選んでくれた魔術の入門書を借りて帰ることにした。これで今日の目的は果たせたわ。図書館まで来て無駄足はイヤだものね。

 

「ありがとう、フレイ。じゃあ私は帰るわね……」

「あ、待って」

 背を向けかけたところで、ちょい、と袖を引っぱられた。


「なによ?」

「えっと、まあせっかくだからさ、いい所に案内してあげようかなーって」


 フレイの目に、何かイタズラを企むような笑みが浮かんでいる。なんだかロクな予感がしないわね?


「いい所って、図書館の中に? ……ちょっとちょっと!」


 詳細をたずねる間もなく、袖口がぐいぐいと引っ張られていく。私はフレイに連れられるまま、図書館の奥へと向かった。


なお「ハーブを摘んだりピクニックに行ったり渓流で遊んだり」の実態は、1.5章の1話目と対応しています(フレイ視点)

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