13 少年とお兄さまと防犯システム問答
「――よっしゃあ!」
おっと、はしたない声を上げてしまったわ!
けれど、これで残りのカード設置ポイントはあと一か所、ニサ中央広場だけよ!
街頭はあいかわらずガイコツたちで賑わっているけれど、公安関係とおぼしき人の姿も目立ってきた。
騎士さんも制服さんも、私を見つけるなり、保護しようとダッシュで駆け寄ってくる。とても厄介だわ、きっとお兄さまからの伝達なのだろうけれど。
(迅速に中央広場に向かうわ! ――それでチェックメイトよ!)
私は懐のカードを確認し、最後のポイントへと向かった。
◇ ◇ ◇
「魔術を妨害するだって?」
しまった、そんなバカな話があるかという懐疑が、つい声音に出てしまった。
お兄さんは僕をジロリと睨んだが、しかし意外にも、僕の拘束を無造作に解きはじめる。
「魔術の心得はあるのだろう? ためしに、今ここで何か放ってみろ」
僕は耳を疑う。
「なんで? 死にたいの?」
「いや私に向けるな。というか殺そうとするな。そこそこの加減に決まっているだろうが!」
なんだ、残念だな。
……とは言わずに、僕は痺れた両手を充分にグーパーしてから、斜め下方へと伸ばす。
言われたからには、やってやる。
意識を掌に集中し、石の床を狙って告げる。
「〈砕けろ!〉」
もっとも、威力は最低限に絞る。本当に破壊したら大変だから――
――スン。
「へ?」
僕は目を疑う。
発せられたのは、ロウソクを吹き消した後の煙みたいな、なんとも切ない気配だけ……うわ⁉
お兄さんがとつぜん僕の右腕をグッとつかみ、早口に同じ令唱を模す。
「〈砕けろ〉」
瞬間的にイヤな負荷がかかり、腕がミシリと悲鳴を上げる。
「――――いっ、たぁぁあ……‼」
僕は悶絶した。
くっそ、急に何てことしてくれるんだ!
ていうか誰だよ、ヒトに魔術向けるなって言ったヤツ⁉
「大袈裟だな」
「ふざけんな! なにブチ込んでくれんだよ‼」
「『何』ではない、『なぜ』だと思う?」
――は? なんだよ、それ。
僕を試そうって言うのか?
涼しい顔で見下ろしてくるお兄さんを、僕はキッと睨み上げる。
「なぜって、……そうだな。たぶんだけど、――〈焼かれろ!〉」
僕は不意打ちで叫ぶと、同時にお兄さんに向かってタックル!
「貴様……!」
(よし燃えた!)
僕の接触した箇所から、魔術の炎が着火する。
――が、一瞬のうちにあえなく鎮火。そこはさすがに公安の端くれ、簡単には出し抜けないか!
だけど僕は見切っていた。魔術が妨害される場合と、そうでない場合の条件を。
「『隙間』でしょ?」
魔術を掛けるヒトと掛けられる対象との間に、ちょっとでも空間的な隔たり――つまり『隙間』があると、おそらくその魔術は不発になっちゃうんだ。
「お兄さんの魔術が通ったのは、僕の腕に接触してたからだ。対象に接触していれば妨害の影響を受けない。どうだ⁉」
焦げたネクタイを払いつつ、お兄さんが頷く。
「ギリギリ及第点だ」
僕らは展望スペースに並び、あらためて街を眺める。
「この仕掛けは防犯対策の一環だ。実際にはもっと細かな条件付けが成されているが、おおむね君の解釈で差し支えない。『距離があると、魔術は無効』だ」
「ふうん……」
まあ、初見殺しとしては有用な仕組みだろう。だけど、ちょっと詰めが甘いんじゃないか? 結局「接触」で破られてしまうなら……。
――って、あれ?
(僕の作戦、やっぱり普通に成功するじゃないか)
僕はニサの街を指さし、お兄さんに食ってかかる。
「ねえ、ガイコツはみんな地面の上に立ってるよ! 空飛んでるわけじゃないんだからさ、〈浄化〉の象徴紋が描きあがれば自動的に接触することになるよ。だから撃破できるんじゃない? ――あっ」
そこまで口にして、奇妙な見落としに気づく。
いや、むしろ、なぜ今まで思い至らなかったのか。
「――そんな防犯システムがあるなら、そもそも、なんで悪い魔術師が大活躍しちゃってんのさ⁉」
「君は小型犬か」
露骨にうるさそうな顔をして、お兄さんは声のトーンを落とす。
「まあ、問題はそこなのだ。……非常に言いづらいことではあるが、我々は犯人にしてやられたのだ。
犯人はこのシステムの盲点を突いて、こうして空気伝播魔術を大規模に展開させている」
「盲点を……」
僕はげんなりと反芻する。
ニサの街、しょぼ!
「じゃあ、結局お兄さんが言いたかった事って」
僕は慎重に言葉を選びながら、確認を取っていく。
「『ニサには魔術妨害の仕掛けがあるよ』ってことよりも、むしろ『犯人は謎の奥の手を使ってるから、象徴紋が描きあがっても効果があるとは言い切れないよ』ってこと?」
無言で頷くお兄さん。
なんだよ、それなら思わせぶりな言いかたしないでよ! ていうか僕の腕は殴られ損では⁉
(――やってみなきゃ、分からないだろ)
僕は街をじっと見下ろす。
目視こそできないが、今この瞬間だってリーリエが奔走してくれているはずなのだ。この街の上に、巨大な〈浄化〉の象徴紋を描きあげるために。
(僕の作戦にミスはない。リーリエに渡したカードにも、ありったけの魔力を込めた。……万が一の時には、あれ自体が護身になるくらいには)
僕は拳を握りしめる。
――わかってる。本当は、そんなの言った奴がやるべきなんだって。
託したカードなんかじゃなくて、僕自身が、彼女の背中くらい守れるようになるべきなんだって。
強くならなきゃいけないのは、僕だ。
◇ ◇ ◇
「〈浄化〉か。考えたな、ひどく大きな陣だ」
そう独りで頷くと、魔術師は目深にフードを被り、ゆっくりと立ち上がる。
(浄化? ――フレイ君だ)
希望と焦りが綯い交ぜになり、心臓が跳ねる。
直観的に理解する。リリちゃんとフレイ君が、わたしを探している。
けれど、来てはいけない。
「少し地上の様子を見てくる」
「――ま、まちなさいよ!」
「なんだね、独りで待つのは恐ろしいか?」
魔術師は無造作に壁を蹴る。
乾いた音を立て、遺骨がいくらか崩れ落ちる。それを足で掻き集め、魔術師は低く何事かを呟く。
たちまちのうちに、ヒトの形を成さない、めちゃくちゃなモノが組みあがる。
その場で激しく痙攣するように、カタカタと音を立てて、それは虚しく小刻みにもがいた。
「――ひっ!」
「失礼、失敗だったな」
魔術師は嗤い、それをグシャリと踏み潰した。
「……あなたは、許されないわ」
震える唇から、わたしはかろうじて言葉を絞り出す。
「許されないわ。どこへ逃げようたって、絶対にそんなこと出来っこない。あなたに弄ばれた人たちが、許さないから」
「そう息巻くな」
わたしの言葉に、魔術師は嘆息をもらす。笑ったのかもしれない。
「聖女には似つかわしくない言葉だな、白百合の乙女よ」
「わたしは人間だもの」
「些末なものだよ、人間などというものは」
魔術師はそこで口をつぐむと、再びわたしの前に片膝をつく。
黒衣の懐をさぐり、何か小さなものを取り出だす。
「けれどお前の存在には、余すところなく価値がある」
その身がきらりと光り、わたしはそれがナイフだと悟る。
「もう一つ教えてやろう。浄化の陣を敷いている者があるが、――全く無駄なことだ」
「え?」
「発動させたとて、あくまで地上にある手駒が停止するだけだ。しかし私の駒は、この街の地下に無尽蔵に存在する。――この街の人間もみな愚かなものだ、土の上にしか網を張らぬのだからな」
魔術師が私の前髪を掴み上げる。
ナイフが首筋に触れ、その冷たさに身体が凍り付く。
「しかし、せっかくだ。少しだけ遊んでやろう」
書き手自身がハピエン派なので、安心しつつ(?)ハラハラ見守っていただければ幸いです。
ひとまず第2章の完了を優先しますが、後日大きく改稿するかもしれません。
あらすじに影響はありませんので、ご容赦ください。




