07 リーリエとガイコツリターン
「野百合の谷からの魔術師ってアイツよね? 私が力いっぱい殴った……」
私たちは頷き合う。
「そういえば、王都に送られてるんですよね。あの、ガイコツをいっぱい連れてきた人」
「うん、死霊術師だね。よりによって絶対逃がしちゃダメなヤツじゃん」
あの悪夢の夜の光景が脳裏をよぎる。
闇に紛れて村を襲った、黒い甲冑を纏った骸骨の騎士たち。
……私が甘かったわ。やっぱりあのとき、アイツの首と胴とを泣き別れにしておくべきだった。
「決めたわ。私、ひとっ走り行ってもう一発殴ってくるわ!」
「待ちなよ! なにそのゴリラ的発想⁉」
私の袖を、フレイがすかさず引き留める。そのまま念を押すような口調で、フレイは私たち二人に言い含める。
「いい? 慌てずにこのまま待とう。――ここは王都だ、それなりの犯罪対策くらいしてあるだろうし、騎士団がすぐに捕まえてくれるはずだよ。僕らは何も聞かなかった、いいね?」
「あ、あのぉ……」
そこで、マリアが控えめに挙手する。
「わたし、こんなときに何ですが、ちょっとお花を摘みに行きたいような……」
「――へ?」
急に気が抜けて、私は首を傾げる。マリアったら、突然なにを言い出すのかしら。
「あー、たしか一番下の階にあったよ。階段の昇り口のところ」
「そうですか! ……すぐにもどります!」
フレイがやや曖昧な調子で答えると、マリアはくるりと踵を返し、螺旋階段を駆け下りていってしまった。ちょっとちょっと、フレイも何言ってるのよ!
「ちょ、ちょっとマリア⁉」
「いや、大丈夫だから」
「なにがよ⁉ ていうか花なんて咲いてなかったじゃない! 何考えてんの、こんな非常時に……あっ」
そこまでまくしたてて、私は唐突に理解した。
ああ、その、「お花を摘みに」ってそういうことね。
「……」
「いや黙らないでよ、僕が気まずいだろ!」
「……うーん、これはちょっと、表現と行為とが離れすぎてるわよ。もっと関連度の高い表現を考案すべきだわ。『虹を架けに行く』とか」
「汚っ、最低じゃん!」
フレイが容赦ないツッコミをぶつけてくる。
「うわあ、もう純粋な気持ちで虹を見れない。どうしてくれんの?」
「ううう、うるさいわね! じゃあ早く忘れなさいよ‼」
しまったわ。ウカツな発言で墓穴を掘ってしまった。
そもそも私たち、何の話をしていたのだっけ? そう首をひねったとき、ふいに周囲に重々しい轟音が鳴り響いた。
「――なに⁉」
私たちは頭上を見上げる。
鐘だ。巨大な鐘が、ごぉんごぉんと間延びした轟音を立てて、ひとりでに揺れ動いている。
(時報だわ、ラパンさんの言ってた……)
あまりの音量に耳をふさぐが、骨身が痺れるような振動がある。なにかひどく不快な音だ。
「くっ……」
思わず足元がふらつき、展望台の手すりにしがみつく。もっともこんな所から転落すれば、一環の終わりだけれど――
(――?)
私は地上に目を凝らした。
道を行く人は小さな点々にしか見えないけれど、それでもおかしな気配は充分に察せられた。――悲鳴を上げながら、逃げまどっている!
そう気付くやいなや、私は踵を返し、全速力で螺旋階段を駆け降りる。
「ちょっと、リーリエ⁉」
駆け降りている場合じゃないわ!
螺旋の下段を見定めて、一息に飛び降りていく。
だって、だって――マリアが、いちばん下の階にいるのよ!
「マリア! どこにいるの⁉」
斜塔の一階に降り立ち、私は大声で呼びかける。
「マリア、聴こえたら返事をして!」
けれど返事はない。
鼓動が早鐘を打つ。マリアの姿が見当たらない。もちろんトイレも確認したのち、私はやむを得ず斜塔の外へと歩み出る。
強い日差しが降りそそぎ、一瞬、目がくらむ。
視界に飛び込んできたのは、奇妙なモノだった。
褐色にくすんだ、奇妙にスカスカした人型のモノたち。
ただいま掘りたてです、と言わんばかりに泥をかぶった、一応は人間の形を成した骨格だけのヒトたち。
(――ガイコツじゃない‼)
なんと、泥つきガイコツたちが、真昼の往来を闊歩しているじゃない!
(死霊術師が脱走したのよね……⁉ 最悪の事態が起きちゃってるじゃない! どうすんのよ、これ⁉)
「リーリエ!」
背後から強く肩を引かれる。
お兄さまだ。そのまま私は斜塔の入り口に引きずり戻される。
「簡易結界、展開します!」
ラパンさんが叫ぶと同時に、勢いよく空気の噴き出す音がして、入り口を半透明の被膜がピタリと覆う。
「まって、マリアがいないのよ! 探しにいかなきゃ‼」
「落ちつけ、リーリエ」
「放して、放してってば‼」
私は必死に身をよじる。
どうしよう、マリアが外に行ってしまったかもしれないのに!
「ラパンドール!」
「いえっさ!」
ガシッと右脚に衝撃があり、ぐらりと身体が傾く。
私は上半身をお兄さまに、右足をラパンさんに、ついでに左足をフレイに拘束されて、三人がかりで担ぎ上げられてしまった。
「ちょ、ちょっと! 降ろしてよ‼」
「リリチャン落ち着いて! 暴れると見えちゃいますよ、何がとは言いませんが!」
「うっ……!」
その指摘に、思わず身体が硬直する。
「今だ!」
その隙をついて、私はおみこしのようにエッサエッサと最上階まで担ぎ上げられてしまった。




