06 リーリエとデバフ系お兄さま〈2/2〉
「ちょ、ちょっと! やめてよフレイ」
漠然と不穏な空気を感じて、私はあわてて制止する。
なんでこの子、見えかけの地雷をあえて踏もうとするのよ!
「……そうだな。そうならないよう善処はするが」
「ええ。この人、いちおう抑制装置は身に付けてるんですよ、タイピンなんですけどね、まあ今日は妹さんに会った感動が大きすぎて、どっかに吹き飛んでったみたいですけど……むぐぐ」
私はひとまず胸をなでおろす。さすがは大人、お兄さまの返事は冷静だった。ラパンさんがフライドポテトの束で口を塞がれちゃったけど。
「いや、ごめんなさい。変なことを言って」
さいわい、フレイもあっさり引き下がることにしたらしい。声のトーンを上げ、いかにも「子供のタワゴトです」という調子で続ける。
「えっと、ちょうどそういうカードが欲しいなーって思ってたんです。……ゲームの話です。状態異常をガンガン付与していくみたいな、そういう戦術も楽しそうだなって」
「ゲームか」
お兄さまはため息をつき、淡々と告げる。
「人を値踏みするのは感心しないな、ローゼンフェルトの弟君。――まして私は君の手札ではないし、それに『お兄さん』でもない」
なんとなく、フレイとお兄さまとの間にバチッと電撃が走ったような気がした。
やめてよー、しょっぱなから険悪にならないでよ!
そもそも二人とも地顔が悪役寄りなんだから、できるだけ口角上げていきましょうよ。まあ私が言うのもなんだけど!
(――あっ、そうだわ‼)
閃いた! 私はスプーンを思いっきりクリームソーダにつっこむと、下からごそっとアイスクリームをすくい上げる。
「お兄さま!」
そしてそれを、勢いよくお兄さまの口へとシュート!
「ぶっは‼」
ラパンさんがポテトを噴き出す。
「これ、すっごくおいしいから! ぜひお兄さまにも食べていただきたいなって……‼」
私が力説するも、お兄さまは顔を背け、口を押さえて小刻みに震え出してしまった。
しまった、ちょっと一口が大きすぎたわよね!
けれど、たちまちカフェテーブルの周りに、ぽわぽわぽわっとお花が浮かび蝶々が舞い始める。
(――よし、作戦成功!)
私は胸中でガッツポーズを決めた。
お兄さまの感情が洩れて、それが周りに伝染してしまうというのなら。
それって、「お兄さまをめちゃくちゃハッピーな気持ちにすれば、みんなもハッピーになる」ってことよね‼
「あっネコ! ネコ神様が毛づくろいしてる! かわいい!」
「ひゃあ、パンケーキで戦車が作れますぅ!」
フレイとマリアも支離滅裂なことを言いだしたわ。どうやらウッキウキ白昼夢シアターが始まったみたいね。険悪な空気になるくらいなら、2、3分ハッピーな幻覚を見てたほうがいいわよ!
「いやぁあ! そんなの脱法に決まってるじゃないですか! みなさん正気に戻ってくださいよ、ちょっと~!」
あら、ラパンさんには効かないみたい。
まあこの人は人畜無害そうだから、べつに問題ないけれど。
◇
さて幻覚もさめたことだし、――もとい、お腹もいっぱいになったことだし、社会見学スタートよ!
そういうわけで、ニサ中央広場から徒歩でしばらく。私たちは、街を一望できる塔の上に来ていた。
この建物は、通称「ニサの斜塔」。
街のランドマークなのだけれど、経年によって日に日に傾きつつあるのだとか。
「どうして直さないの?」
「とんでもない、傾いているからいいんです! 直してしまえば価値がなくなります」
ラパンさんに尋ねてみると、なんだか哲学みたいな答えが返ってきた。よく分からないけれど、とにかく展望台からの眺めはいいし、風も気持ちいい。
「もぉお、速いよリーリエ」
ぶつくさ言いながら、フレイが螺旋階段を駆けのぼってくる。
「僕とマリアはともかくさ、お兄さん死んじゃうじゃん!」
「殺すな。そしてお兄さんではない」
「でも、リリちゃんのお兄様はみんなのお兄様ですよ~?」
フレイとマリアもきゃあきゃあ言いつつ私に並び、三人で展望台から街を見下ろす。
「ぐるーっと、カベがあります!」
「そうだね。ニサはかつて異民族の都だったんだって。あの城壁はその頃に造られたものなんだけど、今もそのまま街の境界として利用してるんだ。……って、受け売りだけどね」
「そうなの……」
フレイの解説に、私はちょっと眉をしかめる。「異民族」とは言うけど、つまりは先に住んでた人達ってことよね。その都を落として、あえて同じ場所にこの官庁街を置いたのね……。
輝かしい大都会も、なかなか血なまぐさい歴史の上に成り立っているのね。
「それにしても、不思議な形の街です。クモの巣みたいですね」
マリアがそう感想を述べる。
たしかに、展望台から見下ろしたニサの街はクモの巣みたいな形をしている。ニサ中央広場を中心に、放射状に大通りが伸び、その主要道どうしを繋ぐように等間隔の横道が走っている。
「おーいキッズたち、そろそろ移動しましょう」
ラパンさんが声をかける。
「もうすぐお昼の鐘が鳴るんです。この斜塔のてっぺんについてる、大きな大きな鐘です。こんなに間近で聴いたら耳が潰れちゃいますから。――って、おっと?」
ラパンさんの胸ポケットで、何かがピピッと音を発した。
「ちょっと失礼」
ラパンさんは私たちに会釈をして、胸ポケットから通信機を取り出す。
「――えっ、そんなあ、困りますよ。王子だって今日は非番ですし。――とにかく代われって? はあ」
私たちキッズは顔を見合わせる。何か、トラブルでもあったのかしら?
「はぁあ、仕方がないな。王子!」
大きなため息をついてから、ラパンさんはお兄さまに呼びかける。
「留置所からの連絡です。例の野百合の谷からの魔術師が、脱走しちゃったそうです。で、どうしましょ? 通信切っちゃいます?」
「……は⁉」
お兄さまが血相を変える。
返事よりも早く、お兄さまはラパンさんから通信機をひったくり、そのまま深刻な声音で通信を引き継ぐ。
私たちキッズは、再び顔を見合わせる。
「野百合の谷からの魔術師、ですって……?」
「しかも、脱走だとか言ってなかった?」
「い、言ってました!」
「すまない、私は少し席を外す。君たちは、しばらくそこで待っていてくれ」
お兄さまは早口に告げると、ラパンさんを引きずって螺旋階段を降りていく。
「……これ、やばくないかしら?」
「やばいよね」
「やばいです」
しばしの沈黙ののち、私たちは三たび顔を見合わせて頷きあった。




