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04 リーリエとフレイのお兄さま



 野百合の谷(リリエンタール)を後にして丸二日。ついに私たちは王都へと至ったわ。

 現在、馬車はニサの大通りをカッポカッポと進行中!


「す、ご――い!」

 窓から身を乗り出すと、危険だとローゼンフェルト卿にたしなめられた。だけどあまりにもドキドキわくわくな景観で、むしろ今すぐ馬車から飛び出さないのを褒めてほしいくらいよ!


(まるで、別世界だわ)


 ああ、野百合の谷ってなんにもない所だったのね……。そんなことは分かってたつもりだけど、こうして王都の様子を目の当たりにするとしみじみ実感するわ。

 馬車の行きかう舗装された大通りだとか、道沿いに立ち並ぶ大きな建物だとか、そもそもこんなにたくさんの人だとか、生まれて初めて見たもの。


「うーむ。もはや近未来ね、これは」

「現代だよリーリエ」


 思わず呟くと、律義にツッコミがある。くそうフレイめ、小癪なやつだ。


「さてリリちゃん、あらためて確認なんだが」

「あ、はい」


 ローゼンフェルト卿に呼びかけられ、私は姿勢をあらためる。


「お兄さんとは、ニサのどこで待ち合わせているのかね」

「へ?」

 私は首を傾げる。

「どこって、ニサです」

「……」


 ローゼンフェルト卿が押し黙る。そこに、様子をうかがうようにフレイが口を挟んでくる。


「……ねえ、まさかとは思うけど、『ニサ』って建物の名前か何かだと思ってない? もしくは君の村みたいな、超こじんまりした集落だとか」

「ええ。ちがうの?」


 一瞬、天井を仰いで、それからフレイは大声でわめいた。


「違うよーーー‼」

「な、なによ! わざわざタメなくたっていいじゃない!」


 だ、だけど困ったわ!

 もしかしてこれはピンチかしら? お兄さまに会えないかもしれないってこと⁉



「――あ‼」

 そこで突然、マリアが声をあげて座席から腰を浮かせた。

 マリアは驚いた様子で客車の窓から顔を出し、勢いよくナナメ前方を指さす。

「あそこに、フレイ君がいますっ!」


「え?」

「ええ?」

 私とフレイも、ひょこひょこと窓から顔を覗かせる。

 いやいや、フレイならここにいるんだけど。そう思った矢先、私はハッと息をのんだ。


(――フラジオレット・ローゼンフェルト!)


 馬車はちょうど大きな広場に差し掛かり、視界がぽっかりと開けている――いや、それはいい。

 マリアが指し示した先には、フレイにそっくりな人物がたたずんでいた。

 もっと正確には「1周目の」フレイによく似た、騎士然とした格好の人物だ。


 ぞわりと背筋に悪寒が走る。おそろしい記憶が蘇りかけたその瞬間、

「兄さん?」

 フレイの、ぽかんとした声が聞こえた。


「ねえ、父さん見てよ! あれアーマイズ兄さんじゃない?」

「ん? ……ああ本当だ。こんな炎天下に、あいつはあんな格好で何を……」


(へ? フレイの……お兄さま?)

 この思わぬ遭遇によって、私たちの馬車は「ニサ中央広場」にて歩みを止めた。



  ◇



「お待ちしておりました、リーリエ・リリエンタール嬢」


 アーマイズ・ローゼンフェルトと名乗ったその人は、重そうな鎧をガシャガシャ鳴らして一礼した。

「貴女の兄上、エルクランツ=エミール・ノエル卿の依頼で、ここで待機しておりました」

 ものすごくきまじめそうで、余計な愛想など一切ナシって感じの人だ。なんとなく、よく訓練された軍用犬みたいだわ。


「リーリエに頭なんか下げなくていいよ、兄さん」

 フレイのコメントはともかく、私はひそかに胸をなでおろした。

 なるほど、兄弟ならば雰囲気も似ているわよね。もっとも、間近に見れば背格好も目の色も、フレイとはぜんぜん違うけれど。


「野百合の谷からの客人とは聞いていたが、まさかお前まで付いてくるとは」

「うん。僕のおかげで、リーリエが見つかって良かったでしょ?」


 アーマイズさんは返事のかわりに、フレイの頭を無表情でわしわしと撫でる。それから独り言のように、見えない誰かに向って話しかける。


「こちら警護担当。客人と合流しました。ご足労願います。……どうぞ」


「あ、通信機(ソノラ)だ。見せて」

 乱れた髪を整えつつ、フレイがスッと手を伸ばす。やはりアーマイズさんは無表情で、しかし耳元から取り外した小さなものをフレイに手渡す。


「わー、初めて見た。いいなあソノラ」

 フレイが目を輝かせる。この子、ここに来て弟力の発揮がすごいわ。おそるべし。



(とにかく、これでお兄さまと会えそうね!)

 アーマイズさんがお兄さまを呼んでくれたから、まもなくお兄さまと合流できるだろう。

 一時はどうなることかと思ったけれど、やっぱり私ってツイてるわ。……とはいえ、これはマリアのお手柄だから、感謝しないとね。


「あ、あわわわわ!」


 しかし、そのマリアだけれど。

 どうしたのかしら、突然私の背中に貼りついてきたかと思えば、目を点にしてぷるぷると震えている。

 ――ああ、アーマイズさんが怖いのかしら?


 見れば、アーマイズさんが妙にまじまじとマリアを見つめている。

「大丈夫よ、マリア」

「リ、リリちゃんんん……」

 たしかに、アーマイズさんは威圧感のある人だ。背も高いし、ものものしい全身甲冑のせいもあってマリアが怖がるのも無理はない。

 そのアーマイズさんが、無言でマリアの頭へと片手を伸ばしす。


「きゃあ! ごめんなさい、ごめんなさいぃ」

「失礼、花が」


 へ? とマリアが気の抜けた声をもらす。


「あ、本当だわ! マリア、お花が枯れちゃってる!」


 私もようやく気が付いた。マリアの髪に挿された白いユリの花が、グッタリとしおれてしまっていた。


「そんな……」

 マリアは両手に乗せた花を見つめ、肩を落とす。


「残念ね。だけどしょうがないわよ。むしろよく持ったほうじゃない?」


「そんな、枯れちゃうはずがないのに……。せっかくリリちゃんにもらったお花ですもの、〈固定〉の象徴紋(スクリフト)の二重掛けで、ガチガチのガッチガチに固めてたんですよ……。実際、たき火にくべてもレンガで殴ってもビクともしなかったのに」


「何さらっと物騒なこと言ってるのよ⁉」


 お花をレンガで全力で殴るマリアの図、想像したくないわ!



「なるほど」

 アーマイズさんは相槌を打ち、マリアの掌の、しおれた花に手を添える。

 そしてフッと短く息をはく。

 そのとたん、花がふわりと光をまとい、フレッシュなハリとうるおいを取り戻す。


「はわわ!」

「単純に活力を()ぎ込んだだけですが、数日ならば充分に持つかと」


 淡々と告げるアーマイズさんに、マリアは目を輝かせて感謝を述べる。

「あ……ありがとうございます!」

 ふふ、ついさっきまで震えていたのに、まるで無邪気な子犬みたいだわ。その銀色の髪に、私はよみがえった花をあらためて挿す。


「礼には及びません」

 アーマイズさんは一礼すると、あらためてマリアを見つめる。

「貴女こそ見事なものです。その年でスクリフトを使いこなすとは、さすがはリリエンタールの姫君と言うべきか」



 ――ん? んん?



(ち、ちがうわよ! リーリエは私のほうよ!)


 ……と心の中で叫んだものの、実際に大声で言うのも気恥ずかしくて、私は口をパクパクさせてしまった。

 その会話をどこから聞いていたのかしら、フレイが全力で笑いをこらえている。後で覚えてなさいよ……!


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