03 リーリエとイカサマと待ちぼうけるお兄さま
「……ここを、こうして、こうです」
「こう?」
「うーんと、もう少しそのカドっこの……ああそこです、そこに気持ちをこめる感じで」
「あーなるほど。こういう感じか」
◇
私たちを乗せた馬車は順調に進行中。今日のお昼には、ついに王都に到着する予定よ!
「くらげ」「ズボン」「気球」
「つめ切り」「くしゃみ」「カゼ、……いや、車輪」
「たのもう、リーリエ!」
唐突にそう言って、フレイはリュックからカードの束を取り出した。見れば、あのナントカデュエルのカードだ。
それは連想ゲームに飽きた私たちが、ついに「連想しないゲーム」という虚無ゲーを始めて2ターンほど続けたあたりのことである。
「ふっふっふ、今回は秘策があるんだよね」
「あら、受けて立とうじゃない!」
かくして、フレイvs私のリベンジマッチが勃発し、ものの数分。
簡潔に述べるならば、それは圧倒的なワンサイドゲームだった。私は何の抵抗もできず、あっさり窮地に追い込まれた。
「……ねえ、フレイ」
「何?」
「あなた、秘策って」
「うん」
「言っていい?」
「いいよ」
「……なんか、ズルしてない?」
「してるね」
「してんじゃないわよ――――‼」
私はカードを思いきり放り投げた。
「ギャー! 僕のアルティメットギャラクティカドラゴンカイザーモドキが‼」
フレイが悲鳴を上げたけど、知ったこっちゃないわ!
あ、見ればマリアまでなぜか爆笑してるっ!
「なによなによ! さてはあなたたちグルね?」
「あはは、しかたありませんね~。フレイ君、タネ明かしをしてください」
「うん。タネってほどでもないけどさ」
フレイはニヤリと笑みを浮かべ、アルティメットなんとかモドキのカードを差し出してみせる。
「君が居眠りしてる間に、マリアに教えてもらったんだよね。象徴紋記述の基礎、『対象物に自分の魔力を付与する』……だっけ?」
「ですね」
マリアがにこやかに相槌を打つ。
「そうやって、自分の引きたいカードに目印を付けてたってわけ。――まあ、リーリエには分かんないかもだけど、ほら」
フレイが手渡してきたカードを、私はしげしげと観察してみる。……が、とくに変わった様子はない。裏返して、表返して、においを嗅いで確かめてみる。
「うーん? ちょっとだけフレイのにおいがする、ような?」
「ひぇっ! 気持ち悪いこと言わないでよ!」
血相を変えて身をすくめるフレイ。女子か。
「うわぁ、もうこれ消そう。すぐに消そう。ねえマリア、この魔力って消せるの?」
「できますよぉ。〈浄化〉っていう象徴紋を上書きします。放っておいても、そのうち自然に消えちゃいますけどね」
私の手からカードを預かり、マリアはそこに指先で〈浄化〉とやらを描いてみせる。ふむふむと頷きながら、フレイが興味深げに覗き込む。
ふーん。なによあなたたち。なによなによ、結構いい感じじゃない。
(まあ、私には縁のない話よね!)
私は背もたれに深く身をあずけた。自分の魔術方面の素養にはてんで期待してないし。もうこのまま寝ちゃおうかしら……。
「……まって! 私にも教えて‼」
いやいや、やっぱり見るだけは見ておく!
今後、フレイのイカサマを見破れるかもしれないしね!
◇
『あつぅい。今日暑くないですか? どうぞ』
「黙れ。どうぞ」
耳元に聞こえる部下の不満を一蹴し、エルクランツもまた陽射しの強さに眉をしかめた。よりによって、今日は一段と天気がいい。
『妹さん、本当に来るんですかぁ? どうぞ』
「黙れ。どうぞ」
『ていうか、日時と場所くらい打ち合わせといてくださいよ! どうぞ』
「それができればこんなことになっとらんわ! どうぞ!」
『ちぇっ、やつあたりですかポンコツ王子』
「聴こえているぞバカリボン……」
そう呻いて、エルクランツはラパンドールとの通話をブツリと切った。
リーリエの兄、エルクランツ=エミール・ノエルは、かれこれ三時間ほどニサ中央広場に立ち尽くしていた。
というのも、昨日受け取った妹からの二通目の手紙が、あまりに唐突なものだったからだ。
『それでは今から王都にうかがいますね!』
と、たった一文だけが、元気いっぱいの走り書きで綴られていた。
――「今から」って、いつだ⁉
驚喜とあせりに動揺しつつも、エルクランツの対応は早かった。
封筒に捺された『速達』の消印と、野百合の谷からの行程とを考え、おそらく到着は明日だろうと予測する。
それと同時に架空の祖母を大往生させ、三日間の忌引休暇を申請した。禁断の一手である。
しかし、それでもなお疑問は残った。妹は、明日の何時に、どこに到着するのか?
そういうわけで、エルクランツはただひたすらに待ち構えていたのであった。
街の内外を結ぶ主要道の交わる「ニサ中央広場」にて、人員二人を伴い、それらしき馬車を見つけるために。
なおそれを提案した際、バカリボンが「バカじゃないですか」という顔をしたが、駄菓子を与えたところあっさり懐柔できた。
それにしても、暑い。
ため息をつき、エルクランツはもう一方の通信機を呼び出す。
「そちらの様子はどうだ、アーマイズ。どうぞ」
『…………』
「おい、アーマイズ」
『……ああ、変化ありません。どうぞ』
「大丈夫か、熱中症か? 水分をとって日陰で休んでいろ! どうぞ‼」
しかし、相手からの応答は無い。
「くっ……だからあれほど、フルプレートでは来るなと言ったのに……!」
エルクランツは悔しげに目を閉じ、そっと通話を切った。
アーマイズ・ローゼンフェルトはきわめて優秀な騎士である。しかし業務の内容を問わず、つねに全身重装甲で登場してしまうのが玉に瑕なのだ。とくに、これからの季節には。
(頼む、一刻も早く来てくれ、リーリエ!)
エルクランツは心の底から願った。
ちなみに、彼もまた妹の顔をよく知らない。
ほぼ全員ぽんこつ回でした