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05 乱戦


「くそザコ陰キャ不登校野郎がまた顔を出したと思ったら、一体どういうおつもりですのぉ?」

「いや、こっちのセリフなんだけど」


 僕はあきれた。人をこんな所に拉致してきたかと思えば、どうにも口が悪すぎる。親が議員だか何だか知らないけど、あきらかにご家庭の躾が悪いだろ。罵倒も安直きわまりないから、頭も悪いんだろうけどさ。


「おまえが目障りだって言ってんだよ!」

「余計なマネしやがって、ヒーロー気取りかよ!」


 グリ&グラが早口に解説してくれる。

 おかげで拉致の理由は理解した。僕がメイベルの肩を持つのが、気に入らないってことか。

 だけど、問うべきことは他にもある。


「そっちこそどういうつもりだ? メイベル・クロシェに嫌がらせをするのは」


「ムカつくからに決まってるでしょうが!」


 アデリーヌは突然声を荒げた。こわっ、いくらなんでももうちょっと猫被り続けろよ。――そう思うやいなや、僕は地面に倒れた。

 殴られた。

 ――うそだろ、グリだかグラだか知らないけど。


「嫌いなんですのよ! あの貧乏ったらしいカタツムリみたいな女も、アンタのこともね! その小憎らしいツラを見ないで済んで、せいせいしていましたのに」


 アデリーヌが、僕の頭をつま先で小突く。

 さすがに意味が分からない。僕はありったけの敵意をこめて彼女を睨み上げる。


「……あら、イイ顔ですわね。あのカタツムリなんかやめて、わたくしの下僕に志願しませんこと? 上手におねだりできたら、考えてあげてもよろしくってよぉ?」


 いや正気か。そこはグリ&グラも「えっ」て顔するだろうが。

 僕は立ち上がって泥を払うと、最高の笑顔を添えてアデリーヌに返答する。


「ふざけんな」


「やれ」

 アデリーヌが片手をピッと上げ、即座にグリ&グラが飛び掛かってくる。

 やばい。――いや、


(しょぼい!)


 僕は瞬間的に悟った。

 どうやら野生の令嬢との生活は無為ではなかった。ふいうちでなければ、そこらの子供の攻撃などリーリエのツッコミにさえ及ばない!


 僕は身をかがめてグリの拳を避け、そのまま彼の足元に体当たりを食らわせる。グリはバランスを崩し、ワンテンポ遅れて到達したグラを巻き込んで地面にひっくり返った。


「え、――は?」

 アデリーヌの、ポカンとした顔といったらなかった。





 チャイムが鳴った。

 あれは朝礼のチャイムか、それとも一時間目の始業だろうか。


「て、手こずらせやがって……!」


 二対一の乱戦になってしばし後、結局、僕は地面に倒れ伏していた。

 じつにバカみたいな手でやられた。――アデリーヌが迫真の演技で空を指差して「あっ」と叫び、気を取られた隙にグリが僕を押さえこみ、グラが巨体……もとい重量を活かしたフライングボディアタックをかました。

 そういうわけで、僕は地面に沈んだのだった。

 ついでにグリも巻き添えで。


「さて、コイツどうするよ、アデリン」

「そうねぇ、まだ手ぬるいですわ。二度と舐めたマネのできないよう、……どうしましょうか」

「とりあえず脱がすか?」

「ばっ……! お下品ね、だからアンタは駄目なのよ!」


 なんの茶番だよ。こっちは全身まんべんなく痛いし、そのうえ寒い。ふざけるな真冬だぞ。こんなところで倒れていては確実に風邪を引いてしまう。


「フ、フレイ君……?」


 ふいに、おずおずとした声に名前を呼ばれる。


 顔を上げて、僕は目を疑った。

 体育館の影から、メイベルがこちらを覗いている。

 どうしてここに? いやそれよりも――来ちゃダメだ!


「あらぁ、奇遇ですことね!」


 アデリーヌにしても、メイベルの登場は予想外だったらしい。アデリーヌは高慢な笑みを浮かべ、僕に駆け寄ったメイベルをねちっこくなじる。


「メイベルさぁん、彼、可哀想でしょう? 気の毒だと思いませんこと? これもみんな、あなたのせいですのよぉ?」


「わ、私の……」


 騙されるな、殴ったのはコイツらなんだ!

 そう訴えようとして、僕は痛みに悶絶した。くそっ、痛みで呼吸も上手くできない。



「……ですけど、メイベルさん。本当はあなただって、いい迷惑じゃないかしら?」


 ふいに毒気が抜けるように、アデリーヌの声色が変わる。

 何かが来る。不穏な空気に背筋がぞわりとする。


「わたくしは、ただ貴女ともっと親しくなりたかっただけなのです。……今まで、何か気に障ることがあったならごめんなさいね。わたくしたち、お友達ですわよね?」


「え……?」


 困惑するメイベルを、アデリーヌは媚びるように見つめる。顔面に白々しい微笑みを貼り付け、ペテン師のごとく畳みかける。


「それなのに、この勘違いヤローが空気も読まずにしゃしゃり出て、わたくし困っちゃってましたの。メイベルさんだって鬱陶しかったわよね? 付きまとわれて良い迷惑だったでしょう? ……だから、言ってあげなさいよ。『お前なんか消えろ。二度とそのツラ見せんな』って」


(何を言ってる? ――こいつ、何を言ってるんだ?)


 あまりにも滑らかに、とんでもない詭弁が放たれていく。アデリーヌはメイベルを穏やかに恫喝している。


「上手に言えたら、貴女をわたくしの『お気に入り』にしてさしあげますわよ?」



「――っ」

 胸につかえた言葉を一気に吐き出すように、メイベルは叫んだ。


「最っ低よ‼」


 梢から小鳥がいっせいに飛び立った。

 僕は硬直した。いや、皆が硬直した。

 メイベルだけが大きく息を吸い、ゆらりと立ち上がってアデリーヌを見すえる。


 メイベルは怒っていた。瞳の奥にはっきりとした意思を燃やして、拳を握りしめて激怒していた。


「アデリーヌさん、あなた最低よ。私が気に入らないなら、私を狙えばいいじゃない。フレイ君をこんな目に遭わせるなんて、人間として、終わってる」


 一語一句を決然と叩きつけ、メイベルはアデリーヌへと詰め寄っていく。


「な、なによ! なんですのよ……!」

 思わず後ずさるアデリーヌをグラがかばう。その下僕的献身はさすがだ。しかしメイベルがグラの腕に触れたとたん、バチッと音を立てて火花が散った。――え? 火花?


「ぐはぁーーー!」

 腕を抱え、グラは地面に転がった。それを確認する間もなく、脱兎のごとくアデリーヌは駆け出した。しかしメイベルの追従はやまない。


「逃がさないわ」


 そう言い切ると同時に、閃光が空を切り裂く。

 刹那、すさまじい轟音を伴って、アデリーヌの眼前すれすれに雷が落ちる。


「あ、あわわわわ……」

 へたりこむアデリーヌの周囲に、立て続けに落雷が炸裂する。

 二発、三発、四発と、天変地異のように校庭に落雷が降りそそぐ。


(これ、メイベルがやってるの……?)

 こんな魔術は学校では絶対に習わないし、教わったところで易々(やすやす)と扱えるようなものではないだろう。

 メイベルは両腕をアデリーヌのほうへ突き出し、しっかりと立っていた。


 騒ぎは校内にも聞こえたらしく、まもなく教師たちが駆けつけてきた。


「た、助けてくださぁい! この人たちが、わたくしを物陰に連れ込んで手荒なことを……」


 アデリーヌが媚びた悲鳴をあげる。

「違っ……!」

 くそっ、やっぱり痛みのせいで声が出せない!

 これまでなのか? せっかくアデリーヌに一矢報いたと思ったのに、結局僕らが悪者にされて終わりなのか?


 しかし、思いがけず鋭い声が飛んできた。


「違うぞ! アデリーヌが悪いんだ!」


 教師たちの後ろに、意を決した表情のカルロの姿があった。


 僕は目を見張った。カルロだけではなく、わらわらと生徒たちが押し寄せてくる。

 どの顔にも見覚えがあると思えば、同じクラスの生徒たちだ。


「アデリーヌが、ずっとメイベルに嫌がらせをしていたんだ。俺は見てたぞ!」

「……そうだ、俺も見た!」

「私も!」


 カルロの告発が発端となり、彼らは次々と叫び始めた。こうなると集団の勢いは収まらない。


「あ……あなたたち、何をおっしゃってますの⁉ お黙りなさい、おだまりなさ……黙れってんでしょ‼」

「アデリーヌ君、とにかく話を聴かせてもらおうか」

「……っ!」


 アデリーヌは激高したが、完全なる形勢逆転だった。

 彼女は真っ赤な顔で職員室へと連れて行かれ、僕とメイベルの周りにはクラスメイトの面々が集まってきた。


「メイベル、凄いじゃないか!」

「あんな魔術、見たことないや!」

「メイベルさん、今までごめんなさい。私たち何も言えなくて……」


 彼らの立ち居振る舞いについては、僕からのコメントは控えたい。

 けれど、まずはとにかく保健室に運んでほしいという願いはあった。


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