01 リリエンタールの3人
「せいやぁあ‼」
農作業用のクワを大きく振りかぶり、私は渾身のフルスイングを首なし騎士へとお見舞いする。
瞬間、プレートメイルがゴシャリとひしゃげる手ごたえがあり、首なし騎士は背後の仲間をまきこみ吹き飛んだ。
「かかってきなさい! みんなまとめて、地獄に送り返してあげるわ‼」
相手が怪物だろうがアンデッドだろうが何よ、この野百合の谷をおびやかすヤツは、このリーリエ・リリエンタールが許さないんだから!
……とはいえ、一体どうしてこんな連中が村に攻めてきたわけ⁉
なにか私、間違っちゃったのかしら?
こうこうと輝く満月の下、クワを全力で振りまわしつつ、私はすばやく記憶を巡らせる。
◇
王都から遠く離れた山間に、私の暮らす村はある。
いにしえからの秘術を守る、「野百合の谷」という小さな村だ。
ちょうど五月は、私のいちばん好きな季節。
空は高く澄みわたり、切り立つ峰は新緑をまとい、爽やかな風が翡翠色の渓流を吹き抜けていく。
「うん! 今日も絶好の素振り日和よね‼」
私はリーリエ。この野百合の谷を治める領主の、一人娘。
日課兼趣味は、もっぱら身体を鍛えること!
今日はお天気が良いから、剣もさえっさえに冴えまくりよ!
「せいっ! せいっ! せいやー!」
「リリちゃん、ファイトですっ!」
「ねえリーリエ、帰ろうよ」
「せいや! せいや! はいやー‼」
「リリちゃん、かっこいいですーっ‼」
「ねえリーリエ。もう帰ろう……って、ぜんぜん聞いてないや」
なんだかいろんな声が聞こえるけれど、あいにく今イイところなの。もうちょっとで、あともうちょっとで必殺技が完成しそうな手ごたえが――
「ねえ、帰ろうってばリーリエ!」
「あわっ、あぶなーーーい‼」
パァアアン‼
私の手元をすっぽ抜けた模擬刀が、前方の岩場に当たって木っ端微塵に砕け散った。うっわあイイ音した。ていうか模擬刀こわれちゃった! あれが最後の一本だったのに!
ぴょろろろろ、と楽しげな声を上げて、鳥が上空を旋回していく。
私たちは、さくさくと草を踏み分けて丘を下っていく。
「もう、どうしてリーリエはそんななの?」
私の隣で、黒髪の男の子がため息をつく。
「ていうか僕あやうく死ぬところだったよね? なんで帰宅を促しただけで死ななきゃなんないの? 死があまりに身近すぎない?」
「リリちゃんは悪くないですよっ!」
私の反対隣から可憐な声が上がる。ふんわりぽややんとした美少女が、こぶしを握りしめて迫力のない熱弁をする。
「リリちゃんは、そのままでいいんです! とってもカッコいいんですっ! うっかり死んだら、そこはフレイくんの自己責任なんですから!」
「ええ、それはちょっと理不尽だよ、マリア……」
私と、フレイと、マリア。
いつも一緒の三人で、ぎゃあぎゃあ言いながら若草の丘を歩いていく。五月の真昼、ふと見上げた空はどこまでも高い。
(ああ、かんっぺきに平和だわ……。模擬刀はなくなっちゃったけど)
私は心ひそかに思う。この幸せで退屈な日々が、ずっとずっと続けばいいわ。私たちがおばあちゃんとおじいちゃんになって、ポックリ気楽に死ぬまでずっと。
それは1周目の私が、めちゃくちゃに壊してしまった未来だもの。
(よし。お昼ごはんを食べたら、また剣のお稽古をしましょう!)
私、「今回は」幸せになるって決めてるの。そのためにはとにかく誰よりも強くなって、この二人の笑顔を守れる人になるんだ! って。
せっかく私、人生2周目を生きてるんだから。
誰も知らない私の秘密。それは、私が「人生2周目」だということ。
私はもうすぐ、誕生日を迎えて十五歳になる。
だから実質、三十年くらい生きてることになるのだけど……えっ、2周あわせて三十年にしかならないのかって?
自分で言うのも何だけど、1周目の私の人生を聞いたらドン引きするわよ。
意地悪だとかワガママだとかの次元を超えた、悪鬼のごとき令嬢、リーリエ・リリエンタール。
彼女はまわりの人たち――おもにマリアとフレイ――を不幸のドン底に突き落としたあげく、自業自得で命を落としたわ。
あと、ついでに何やかんやでこの野百合の谷も燃えたし。引くほど燃えた。
それは、彼女が十五歳になる前日の夜のことだったの。
リーリエ・リリエンタールの人生はそれでおしまい。
そういうこと。
――という記憶を、私が得たのは十歳の頃だったわ。
その時はあまりのショックで声が枯れるまで泣いたけど、声も涙も枯れてしまえば、するべきことは明らかだったわ。
「……今度こそ、幸せに生きてやる‼」
十歳の私は決意したの。2周目の私は、――いや私たちは、幸せに生きなきゃいけないんだって。
それで、そのためにはどうすべきかって考えて、思い至ったの。
「世の中、最後にモノを言うのは力……力こそ全てよ!」
うん、とにかく強くなってみようって!