大きな弱虫
昔々、いやほんの少し昔の話。あるところに逆さ虹の森という動物たちが楽しく暮らす森がありました。そんな森の片すみで動物の子どもたちが、楽しくおしゃべりをしていました。
「ねぇねぇ、みんな!なんでここが逆さ虹の森って呼ばれているか知っているかい?」
リスが言いました。
「昔ここに逆さ向きの虹が出たからでしょう?そんなの逆さ虹の森の動物なら誰でも知っているわ。」
コマドリが得意そうに答えました。
「でもなんでそんな話をしたんだ?」
アライグマが不思議そうに聞くと、
「いやぁ、そんな昔話があっても誰も逆さ向きの虹なんて見たことないから本当なのかなと思ったんだ。」
リスが答えました。すると
「ぼくのおじいちゃんが昔小さいときに見たことがあるって言っていたよ。」
リスに比べてとてもとても小さな声で答えたのはクマでした。それを聞いたコマドリは目を輝かせました。
「そんなの?すごいわ。すてき!」
「そんなの嘘に決まっているだろ。ずっと昔に逆さ向きの虹がでたんだ。クマのじいさんの子どものときよりもずっと昔に!」
アライグマがクマをにらみながら言いました。それに続いてリスも
「そうだそうだ!クマのうそつきだ!」
「ち、違うよ。本当に見たって言っていたんだよ。ぼくはうそつきじゃないよ...」
クマは弱々しく言いました。
「それなら、今から根っこ広場に言って『ぼくのおじいちゃんは逆さ虹を見ました』って言ってみろよ!」
アライグマが強く言いました。根っこ広場は嘘をついた動物は根っこに捕まってしまうという恐ろしい広場です。
「そ、それは怖くてできないよ...」
クマが答えました。クマの声は掠れて目には軽く涙が浮かんでいました。
「なんだ。結局クマのうそつきなんだ!」
リスが笑いました。
「そ、そうじゃないんだ。ぼ、ぼくはただ怖いだけで...」
クマの言葉を遮るようにアライグマが言いました。
「クマの弱虫!お前のお父さんはあんなに大きくて、強くて、勇敢なのに!」
「そんなことを言っては可哀想だわ」
コマドリはくすくすと笑いながらそう言いました。
クマは思いました。
(ぼくのおじいちゃんは本当に逆さの虹をみたのに。ぼくのせいでうそになっちゃった。どうしてぼくの父さんはあんなにも勇敢なのにぼくは弱虫なんだろう。ぼくが父さんと同じなのはこの大きな体だけだ。)
一人しょぼんとしているクマを置いて、リスが言いました。
「でも、逆さ虹見てみたいなぁ!」
「えぇ、私も見てみたいわ!そうだわ、みんなでドングリ池に行ってお願いしてみましょうよ!」
コマドリ言うと、
「おぉ!じゃあ、明日みんなでドングリ池に行こうぜ!クマも行くか?ってドングリ池までにはオンボロ橋があるから弱虫なクマは来れないな!」
アライグマはそう言うと、クマを笑いました。オンボロ橋は森の大きな川にかかるとてもボロボロで今にも壊れそうな木の橋なのです。クマはその橋が怖くて渡れません。
「うん...。」
クマは俯いてしまいました。
「じゃあまた明日な!」
アライグマがそう言うと三人ともそれぞれの家に帰って行きました。しかし、クマはそこで俯いたままでした。
(なんでぼくはこんなにも臆病なんだろう。ぼくはこんな弱虫なぼくが大嫌いだ。)
「そんなにしょぼんとしてどうしたの?」
優しい口調でそうクマに話しかけてきたのはお姉さんでした。お姉さんはクマの住む洞穴の近くに住んでいるキツネです。お姉さんはキレイでいつも優しくクマに接してくれるので、クマはお姉さんが大好きです。クマはお姉さんになら自分の気持ちをしっかりと話すことができます。
「あぁ、お姉さんこんにちは。実は...」
クマはさっきまでのアライグマたちとのやり取りを話しました。
「...だったんだ。ぼくはこんな臆病なぼくが大嫌いなんだ。どうすればいいだろう?どうすれば父さんのようになれるんだろう?」
キツネのお姉さんはクマの話を、相槌を打ちながら聞き、少し考えてからクマにこう言いました。
「私はクマくんが臆病でもいいと思うわ。クマくんはたしかにアライグマくんたちよりは怖がりなのかもしれない。でも私はクマくんのいい所を知ってるわ。クマくんは誰よりも優しいと思うの。昨日だって重たい荷物を運んでいるウサギのお婆さんの荷物を運んでいるのをみたわ?私は優しさも一つの強さだと思うわ。だからクマくんは弱虫なんかじゃないのよ。」
「ありがとう...。」
クマさんの心にはまださっきのしょんぼりした気持ちが残っていたけれど、キツネのお姉さんの言葉がクマさんの心の中をポっと少しだけ暖かくしてくれたようでした。
その日の夜、クマは葉っぱの布団に入りながらキツネのお姉さんの話をもう一度思い出していました。(「優しい」か...。ぼくにも良さがあるんだ。...でもだからといって臆病でないわけじゃない。お姉さんが言っていた「優しさも強さの一つ」ってどういうことなのだろう。)結局、クマはその意味はわからずにだんだんとまぶたが重くなり寝ました。
次の日の朝、クマは友達のヘビの木の実拾いをしていました。
「ねぇねぇクマ!この木の実美味しそう!」
「本当だ美味しそうだね」
「ねぇねぇこっちも美味しそう!」
「本当だ」
「ねぇねぇこれ、すっごく美味しそうだよ」...
ヘビは食いしん坊でよくお母さんが作った木の実のお菓子を食べています。そしてヘビはいつもそのお菓子をクマにおすそ分けしてくれるので、クマはよくヘビの木の実拾いを手伝っています。
「ねぇねぇ、クマくんいつもありがとう」
「うん、美味しそうだねぇ、え?」
「いつもぼくの木の実拾いを手伝ってくれるでしょ?しかも、ぼくよりもたっくさん!」
「ヘビくんだっていつもお菓子をくれるじゃないか」
クマがそう答えるとヘビは笑顔で明るい声で言いました。
「ぼくはクマくん以外の友達にもお菓子をあげるときがあるけれど、ほとんどの子は貰ってありがとうって言うくらいだよ。クマくんみたいにここまで丁寧にお礼をしてくれる友達はいないよ。君は誰よりも優しいんだ!」
「うん。ありがとう...」
クマがそう言いかけたときでした。
ポツン
クマの鼻に何か冷たいものがあたりました。雨です。
ポツン。
ポツン、ポツン。
ポツ、ポツ、ポツ。
ポツ、ポツ、ポツ、ポツ、ポツ...
雨はどんどん降ってきて、土砂降りになってきました。
「早く帰ろう!」
クマとヘビは大急ぎで自分の家へ走りました。すると前から何かがすごい速さで飛んできました。コマドリです。コマドリが大慌てでこちらに飛んできたのです。
「聞いて聞いて!大変なの!ドングリ池の帰り道に雨が降って急いで帰ろうとしていたら、アライグマが橋から落ちてしまったの!助けたいんだけど、リスと私はアライグマより小さくて助けることができないの!クマ、助けてくれないかしら?昨日のことはしっかり謝るから、お願い!」
コマドリが昨日のことを謝りながらそう言うと
「それは、大変だ!!今すぐ助けに行かなくちゃ。」
クマは昨日のことなんて考えず、無我夢中で走りました。
オンボロ橋に着くと、大きな川の真ん中にある岩に流されないように必死につかまっているアライグマの姿がありました。クマは雨のせいで流れがいつもより速い川に飛び込みました。川の流れが速く泳ぎが得意な方であるクマでもなかなか思うように進みませんでしたがアライグマへ向かって一生懸命泳ぎました。
「た、助けて~」
アライグマは泣きながら言いました。
(早く、助けなきゃ!)
その姿を見てクマはよりいっそう頑張って泳ぎました。そしてアライグマのところまでたどり着くとアライグマの、首元をを口で軽く加えもう一度陸を目掛けて一生懸命泳ぎました。そして何とか陸にたどり着きました。アライグマは泣きながらクマに抱きつき
「本当にありがとう!昨日はあんなことを行ってごめん!」
「ううん、そんなことはいいんだ。助かって良かった!」
クマはにっこりと微笑みました。周りにいた友達からも賞賛されました。そして雨はみるみるうちに止み、空は綺麗な青色。すると虹が出てきました。
川には逆さ向きの虹が映っていてまるでクマの勇気を称えているようでした。
次の日から、クマはいつも通り臆病でしたがもう誰もクマを馬鹿にしたりしません。みんな、クマが誰よりも優しく、本当は勇敢であることを知っているからです。
逆さ虹は水面にゆらりと揺れていました。