プロローグ 相棒の憂鬱と後悔
こんな名言がある。
『誰かの為に生きてこそ。人生には価値がある。』
アインシュタインの名言だ。
貧しい家庭の三人兄弟の末っ子として生まれた俺は、兄弟からのおさがりと残りの残飯と少しの盗みで育っていた。
街に転がっているただの石ころだった。どんなに磨いても光らないただの石ころ。
よくある話だ。
だが他の兄弟と少し違ったのが、少し容姿が良いことと、勉強好きなところ。偉人の名言に喚起されるような性格であったことだ。
だらしない親や、年上だからと力のみひけらかしていた兄達とは違うと、俺は自分以外の他人を蔑んでいた。
『軽蔑されまいと怖れているのは、軽蔑されてしかる輩ばかりである』
とは俺のことか。
実際は、自分を守り主義主張も潜め空っぽな自分が情けなくて自分の中だけで強がっていただけなのかもしれない。
勉強は好きで頭脳明晰なところは履歴書の自己PRにでも載せられるが、俺には力もないし勇気もない。こんな街で容姿を売っても恥辱的な屈辱を受けて終いだ。行き場を求めゴールのない霧の中をやみくもに進むようなもんだ。先は無い。
偉人はすごい。こんなところで育った俺にも届くような名言や格言を世に残している。多くの人の記憶に残り、崇められるような神にでもなる気分なのだろうか。
では何の素質もなく誰のためにも何にも影響を与えることの出来ないような自分の人生には価値は無いのか?
金白の長く伸びた髪をかき分け、空を仰いだ。 ___雨か。
自問自答を繰り返し約10年以上。
ヤーさんやら国から追われた人間、死にぞこないの頭のおかしい輩が住むこんな街に昔から住む自分には、そんなものもう関係の無い話だが。
国道沿いのラブホテルを抜けたシャッター商店街の路地裏、タバコの臭いと空気の湿り気が漂うこの街で、国からの依頼を受ける組織がある。
組織名『MAYDAY』
遭難信号という意味だ。悪徳貴族や国では対処しきれない案件を秘密裏に処理する組織だ。なんてクソださい名前だと出社するたび思うが。
今までの自問自答や思想が少しでも役に立ったとすればこの会社に入社できたことくらいか。人のために戦える。だが国からの依頼と言っても、結局は暗部の依頼のみ。
こんな僻地で国からの依頼なんて不釣り合いとは思ったが納得するものばかりだった。
理想を求め入社してきた他の者は純潔な手で自身の胸を焦がし消えていく。
俺はそんなことはない。
誰もが目を覆いたくなるような残虐な現状を自ら作り上げる感覚と一歩踏み間違えたら二度と這い上がることの出来ない奈落の底に落ちてしまうような感覚は、恐怖ではなく快楽にも似ていた。
むしろ今までの蟠りが消えてくようだった。
あぁ、この環境と仕事に対し俺には素質があったんだ。
俺は自分の人生を懐疑していた。やっと見つけた居場所だ。誰かの為に生きている実感を得た気がした。
と、思っていた
「俺がこんなクソガキと組むんですか!?」
上官が少女の手を引き、絶望的な表情をする俺を嘲笑うかのように見下していた。
「彼女はフィロだ。」
白髪のロンゲを一つに束ね、黄色い瞳に青い口紅をしていた少女だった。異様な容姿をした彼女に一瞬揺らいだ。派手な見た目だが彼女の纏うものは一言で言うと「沈黙」だった。
「彼女の実績はこの組織において聞いたことのない者はいないと思う」
当たり前だろ。この組織では幻の存在と思っていた。
しかし、この9歳の少女が幾多の戦場を潜り抜けてきた屈強な戦士も逃げ出すようなこの仕事で、軍隊程の数の反逆者を独りで壊滅させたとか言う奴なのだろうか?
「一応知ってますが・・・」
「なら話は早い!最近、反政府組織や悪徳貴族のような国に必要のない連中が蔓延っててな。国から公式な排除命令が出た」
ドブネズミでも喰ったような下水溝みたいな臭いのするニヤけた口から、いつもの命令が下った。
「ほれ、挨拶をしなさい。これから相棒になる男だ」
少女は光のない空虚な瞳で人を馬鹿にしたような視線をこちらに向けつぶやいた。
「・・・フィロ。9歳。殺しの神と崇められているらしい。何でも出来る。逆にあなたは何ナノ?」
その目は昔の俺に似ていた。人を馬鹿にしている目だ。
しかし確実に違うものがある。《確実な自信》だ。
だが待て、お前は崇められている?何を言っている。そもそも自分で言うか?
まるで俺の約10年を嘲笑うかのような発言だ。10歳にも満たないガキが何を自覚して発言してやがるこのクソガキ。
ただの僻みだと自負していた。しかし俺は皮肉をめいっぱい込めて
「俺は・・・ソフィ。単純に言うと、たった今お前を嫌いになった男だ。よろしくな。ただのクソガキ」
「よろしくな。ただのクソ男」
意外と喋る口の悪い彼女に拍子抜けした。
「ははは!お前らいいコンビになりそうだな!」
それからというもの二人の活躍は群を抜いて成果を上げていった。
決して仲の良いコンビとは言い難いが、頭脳派の俺と超暴力的なフィロ。最高のコンビだった。
たくさんの仕事をこなしていく中で一つ分かったことは、彼女は「頭が弱い子」だ。
初めて話したときはただ俺の話し方を真似しただけだ。呑み込みが早いと言ったら褒め言葉になるが・・・しかしフィロの殺しの才能は崇められるのに値する力だった。
少女には不釣り合いな力だ。
天性の素質とはこのことなのか。俺の子供の頃に考えていた偉人とはこんな奴をいうのか・・・?
最初の任務はフィロの実力を疑っていたわけでは無いが、試として《逆》美人局作戦を実行してみた。俺は迫力こそ無いが顔は良かった。標的の女を引っ掛けフィロが突進するという作戦。標的が女である以上、仮にフィロが負けた時に助けられる100%の作戦だった。
作戦はものの数秒で完了。
半裸で呆気にとられ返り血を浴びベッドに胡坐をかいている俺がただただ滑稽だった。
徐々に難易度を上げて標的を潰していく中で、貧民街の子供を拉致し猟の的にしているという悪徳貴族の排除命令が下った。
・・・実はフィロのために毎回簡単そうな案件をもらうようにしていたのは秘密だ。
貴族の馬鹿どもが猟に使っていた狩場で俺らは難なく子供たちを救出。
雑魚どもは簡単に片づけたが、フィロがボス戦の最中、俺が中ボス的な大男に半殺しにされる事態が発生した。
(あぁ、次殴られたら意識飛んでエンドロールが流れるんだ。エンディングテーマはなににしよう)
と考えた瞬間に女の子のパンツが見えた。
パンツ!?その喜びで目が覚めたが問題はそこじゃない。
フィロが男の顔面に一蹴りいれたのだ。その瞬間男は10メートル程吹っ飛び、辺りを見回すと敵さんは全滅していた。
その瞬間、俺はなぜフィロが崇められているのかを認めたくはないが、少し悟った。
フィロは馬鹿にしたような、蔑んだような目で俺を見て一言放った
「よわい・・・こんな簡単な案件で足手まといにならないで」
「クソアマァ・・・・!」
この瞬間俺は何か吹っ切れた。
よし、強いのはわかった。俺はお前のために良い案件のみ引っ張ってきた。お前が強くて俺が弱くて足手まといなのもわかったよ。
だが正直むかつく。
どちらかが死んでもいい毎回失敗するような作戦を練って神と崇めらたフィロに敗北と俺に対する懺悔の心を____
数日後に、考えに考えぬいた文書を見せつけ「簡単・・・」とだけ言い残し返り血を浴びて帰還する少女に初めは畏怖したが・・・。
毎度毎度、《失敗しろ》と祈願しお百度参りもした成功率00.1%の作戦も、子供が適当にお絵かきをするように遊び感覚で難なくこなすフィロに、認めたくはなかったがいつのまにか俺は敬意を払うようになっていった。
その時のフィロの無愛想ぶりと人を馬鹿にしたような顔は相変わらずだったが。
「どうだフィロ!この作戦!お前には不可能だ!」
「ソフィ考え甘すぎ。それじゃあさすがの私でも付いてけない。」
あぁ!!こいつの以上の作戦を考え付いた俺を称えたい!これ以上の名誉は無い!!
「なに?じゃあこれ以外に名案があったっての!?」
超絶ドヤ顔で作戦書を張り付けるようにソフィの顔にお押し当てる俺に対し
少しムっとした顔でフィロが反論した。
「一人殺していくのでもこの量は要領オーバーだ。バカ野郎・・・と思ったり」
珍しく洒落っぽく発言したフィロに向けて俺は柄にもなく笑った。
その日の任務は、反政府組織が国家機密情報を家族ぐるみで入手しているため、処罰するという任務だった。つまり一家惨殺だ。
上官曰く
「この任務を失敗したらまずいことになる。お前らのペアも解消だ。その位責任のある仕事だ」とのことだ。
フィロとのペア解消は・・・正直嫌だった。
刺身に醤油が無い位に。
正直フィロは俺にとって醤油程度でしかなかったが、あまり気が乗らなかった。
「フィロ。お前はこの任務どう思う」
フィロの一瞬口元が動いた気がした。
「支障ない」
あぁ、いつものフィロだ。
案の定任務は一瞬で完了。子供の泣き叫ぶ声と母親の助けを懇願する声が嫌に耳に残った。
結局機密情報は見つからず後味の悪い結果となってしまった。
このボロアパートで国家機密を扱うような設備も環境も整うはずがない。この任務の内容には嫌悪感しか残らなかった。
今回、俺は誰かの為に行動することが出来たのだろうか?人生に価値を見いだせたのだろうか?
自身への疑念からか、いつもなら慣れている惨状からこだまする悲鳴と怒りの念が体中に絡み付いて離れない。
体が重い。こんな所にいたら自分の自信が無くなりそうだ。
長く伸びた前髪をかき分け、空を仰ぐように一瞬息を止め、叫んだ。
「フィロ、もう行くぞ!」
「・・・」
返事が無い。まさか敵が潜んでいたのか!?
向こうで物音がした。
物音のするほうへ駆け込むと、フィロが現場となった子供部屋を更に破壊しながら何かを探していた。
血に染まった部屋と、先程まで生きていた転がるモノには目もくれず、家族の思い出の詰まった部屋を破壊する、血で赤髪になった彼女はまるで心のない化け物が『幸せ』を喰っているようだった。
家族写真のような物を踏みつけてこちらに向かってくる彼女に一瞬怯んだ。
「・・・そこにはもう何も無い。俺が調べつくした。帰るぞ」
「これ・・・」
おもむろにフィロは俺に何かを差し出してきた。
しかしこんな惨状でよく無表情でいられるな。しかも思い出の品までぐちゃぐちゃにして・・・
俺は、家族は大して大切ではなかったが幸せだったこの家族の思い出まで粉々にしてしまうほど惨忍な行為はしない。
俺は久々にフィロの感情のない瞳に嫌悪した。
「機密文書に関わるものかもしれない」
フィロが持っていたのは、殺した子供の持っていた、何度も読み返した跡がある、街でよく見る少女マンガだった。
「・・・そんなものが関係あるわけないだろ。帰るぞ」
「持って帰る!」
写真を踏みつけながらではあるが、珍しく感情を出したフィロに驚いた。
「は!?お前何言って・・・」
しかしフィロの無慈悲さには呆れてものが言えなかった。
子供部屋とは言っても、金が無かったんだろう。その漫画は勉強道具も玩具もないベッドしかないこの部屋で唯一の子供の物だ。それを意味もなく持って帰るだと?
「いい加減に・・・!」
俺は言いかけた言葉を止めた。これを持ち帰ったところで悲しむも者も咎める者もいない。むしろこの惨状を作り上げたのは俺らだ。残念ながら俺は任務中に少し快感を覚えていた。
今更フィロを咎める資格も何も無い。
でも、もしこれを持ち帰ったらフィロは足元に転がっている子供だったモノの気持ちが少しでも理解することがあるのだろうか。
そんなことはどうでもいいが。
こんな仕事をしていて私情を挟む俺が悪いことは自負していたが、俺は皮肉をめいっぱい込めて
「いや、本当は機密文書かもな。壊すことしか出来ない馬鹿なお前にはわからないだろうがな。むしろ読めるのか?帰って解読でもしてみたらどうだバカ」
なんて言ったことを後悔することに気付くのはそう遅くは無かった。