8話 村へ
子供たちは3・4か月という月日が過ぎると見違えるほどに成長する。
お姉さんだったミラとキアはさらにしっかりとしてきているし、病弱だったロッタは森での満たされた食生活のおかげですっかりと健康になっていた。動物性たんぱく質や脂質をしっかりと取って、野菜果物から各種のビタミンやミネラル、そして炭水化物とのバランスの改善、食事は生命の基本である。
単純に味がいいというのも食生活を豊かにする一因でもある。
それはバウル達にも言えた。
「体の動きがよくなったような気がする……」
「肩や腰のきしむ様な痛みがなくなっている……」
「20年は若返った気分じゃ!」
関節痛の改善には食生活の変化だけではなく、ある物の発見が大きかった。
狩りをしていたアルテの発見したものは、熱湯が崖から落ちて溜まっている不思議な場所だった。
天然温泉だ。
ちょうどよく岩の間から流れ落ちる熱湯を出来る限り熱が逃げないように細工した水路を利用して村に引き込み、木枠の中に貯めることに成功したのだ。
はじめは体を洗ったりするのに冷たくないので喜ばれたが、バウルが外国では湯をためて浸かる習慣があることを思い出し、所謂湯舟を作り上げた。
はじめは一人用の湯舟だったが、あまりの快適さにどんどんと大きなものへと改修し、囲いを作り、着替える場所を作りとこだわりぬいた結果、公衆浴場が完成していた。
源泉かけ流しである。
この温泉のおかげで関節痛や神経痛、古傷の回復、日常でできる細かな傷の回復促進、美肌効果に疲労回復、消化管運動の改善に動脈硬化に通風、高血圧なんでもござれのこんちきち。といった具合に健康に寄与している。
そして、当然キースにも大きな変化が表れている。
「帰ったぞー!」
肩に担いでいた丸太を下ろしながらキースが拠点に戻ってきた。
今日はキースが伐採作業、アルテが食糧確保の日だ。
過去には丸一日かけて死ぬ思いをして木を伐っていたキースも、今では一人で軽々と丸太を担げるほどになった。
筋肉達磨に変化したわけではなく、確かに腕や肩回り、全体的に一回りはおおきくはなったが、よく鍛え上げられ引き締まった痩せマッチョぐらいの体系だ。
狩りなどにもアルテとウォルと一緒に参加して、今なら魔獣の一匹ぐらいなら仕留められるだろう。
アルテとキースが交代で森の出口に向かって伐採作業を行っており、確実に外への距離は縮んでいる。
異常な速度の作業だ。
ペコ(♀)も出産を終えて16匹の元気な子供たちがピーピーと母親の乳を求めてくっついて回っており非常に可愛らしい。
プコ(♂)とペコに小屋を作ってあげてほしいと言われ、アルテはどうせ食べられてしまうだろうと思ったが、子供たちの熱意に負けて木製の小屋を作った。なんと子供たちは山漁りと意思疎通を成功させたらしく、可愛らしい木製の小屋をその腹に納めることなく子育てや寝床として小屋をうまく利用して生活をしている。
農場にもいくつかの実りが付き始めている。
果実などはまだまだ時間がかかりそうだが、芋をはじめとする根菜系の野菜はいくつかは食事に登場している。
拠点は、すでに村として立派に機能していた。
いや、自分たちを追放した村とは比較にならないほどの充実した環境を作り上げていた。
夕食後、子供たちがウォルと寝息を立ててから、年長者たちの会議が行われることが通例となっている。
「今の状況なら少しぐらい人が増えても大丈夫じゃな」
「そうはいってもバウル、村は少なく見積もっても50人は下らんぞ……」
「さすがに50人をこの場所に招待してやる義理はねーよ、あいつらに少し援助をする。それで十分だろ」
「森の中は今日のような日の出方でも涼しいもんじゃが、多分外は猛暑と言っていいじゃろうな……」
「大雪から猛暑、春もかなり暑かったからのぉ……作物は……」
「……アルテ、明日ウォルを貸してくれねぇか? ちょっと俺だけでも村の様子を見て来たい」
「それなら一緒に行こう。二人ぐらいならウォルの背に乗れば村までもすぐだ。
万が一魔物と戦闘になったとき、二人いたほうがいい」
「すまねぇアルテ……」
「そうじゃな、まずは村の様子を把握せねばな」
「じーさんたち、保存のきく食糧余裕があれば少し融通してくれねぇか?
どっちにしろ余裕は無いだろうし、それくらいは置いてきてぇ」
「ああ、わかっとるよキース朝までに用意しておく。
子供たちも含めて、アルテ殿やキースのおかげで食糧の保管もかなり作れている。
感謝しかないわい」
「みんなが僕たちがとってきたものを加工してくれているから、お互い様だよ」
「ありがたい……」
自分たちを捨てた村のことを、自分たちのことのように心配する皆にアルテは嬉しく思った。
こうして、翌日の予定は決まった。
夜が明け、まだ日も上がって間もない早朝ではあるものの、昨日までの快晴が雲によって覆われており、村までの距離を移動するのに厳しい日差しに突き刺されながらでないことをアルテとキースは喜んだ。
「もう腕とか皮がむけて痒くてしょうがないからな」
「この間上を脱いで魚を獲ってたから背中もひどいもんだよ……」
「ほれ、キース。これを持っていくといい」
袋に詰められた保存食の数々。とても村全体を潤す物ではないが、なかなか村では手に入らない物を中心にそして保存がきくものが選ばれている。
「すまん」
「お主が謝ることじゃない」
「さぁ、子供たちが目覚める前に行ってこい」
「うん、皆留守を頼んだよ」
「任せておけ」
村自体もしっかりとした木の柵で囲んであり、ドクダメによって魔物除け、動物除けもされている。
さらには村の周囲には銀狼の証が刻まれているために危険は少ない。
それでもいざという時のために武器も準備はしてある。
「いってきまーす」
二人はウォルにまたがり森の中を駆け出す。
ウォルは風のように走る。すでに伐採はかなりの距離が終わっており、しばらくは走りやすい道を行く。あっという間に森の浅い部分、魔物などがうろつく危険エリアまでたどり着くが、ウォルは速度を落とすことなく木々の間をすり抜けていく。
キースは始めこそこの速度に慌てふためいていたが、今ではすっかり慣れたもので周囲の様子をうかがっている。
「魔物の気配はなさそうだな!!」
「そうだね!! ウォルの気配を感じたらみんな逃げ出すよ! 威圧しながら走ってくれているからね!」
「そうなのか、わからなかった!」
「背負われているからね、何なら今のウォルの前に立ってみる? きっとおしっこくらいは漏らすよ!!」
「や、やらねーよ!!」
その言葉はきっと嘘でも冗談でもないことをキースは知っている。
初めて一緒に狩りをしたとき、かなり離れた距離だったのにウォルの威圧の遠吠えで、少しだけ漏らしたことがあるからだ。もちろん秘密だ。匂いでばれていたが……
本人はすぐに川に足を滑らせたことにしてごまかせたと思っている。知らぬが仏。
「さて、出るよ!」
「ああ!!」
とうとう森の出口に差し掛かる。
アルテが森に落とされて、初めての森からの脱出。
とても大きな出来事だが、アルテ自身はキースと共に村を見に行くという目的のほうが大きくて、気にも留めていなかった。
彼の母が彼の存命を祈って森に全てを任せた日から8年。
この日はアルテ自身も忘れていたが、20歳の誕生日だった。