6話 アルテの片鱗
ウォルとアルテは日の出とともにすぐに行動を開始する。
二人の仕事はとにかく、食糧の確保だ。
人が増えて、育ち盛りの子供もいる。自分がシルメアにしてもらったように彼らに生き方を教えたい。
アルテ自身は気が付いていなかったが、彼の行動原理の一つにその思いがあった。
拠点に残されたキースは気合いを入れていた。
自分に課された仕事は、明らかにオーバーワークだが、無駄なものなど一つもない。
必要だから自分に任されたのだ。
原始的だが、この森の中だけで必要なものを作り上げたアルテに尊敬をしながら、まずは周囲の木々の伐採から始めていく。
老人たちは簡単な作業を子供と共に行う。
木々の葉を編んで籠を作ったり、それらを組み合わせて敷物を作ったり、生活に必要な道具をくみ上げていく。
「くっそ! 全然倒れねぇ!」
斧というよりはつるはしのような物で木の根元を削って大木を切る作業は困難を極めた。
たった一本倒すだけで半日以上経過している。
ようやく気の足元を大きく削ることが出来て5度目の体当たりで木は自重によってメシメシと音を立てながら倒れていった。
「……次は、はーはー、枝葉の処理か……」
まだまだ続く膨大な工程に、キースはめまいがする思いだった。
一度拠点に昼の食料を置いてすぐに再び食糧確保に動くウォルとアルテは少し驚いていた。
「あの大雪の後だっていうのに、この辺りは食糧が豊富だね。森の奥より多いくらいだ……」
「ウォン!」
「おっ、また獲物だね……」
ウォルが示す先にはフゴフゴと地面を漁っている山漁りと呼ばれる雑食の動物。
山に住んでいる動物とは思えないほど厚い脂肪を持つ動物で、非常に有益な動物だ。
豚に似た外観をしている。
「ウォル……あいつらを止められる?」
「ウォン!」
当たり前だと言わんばかりに胸をそらし、すぐに山漁りの前に躍り出る。
【GYAOOOOO!!】
銀狼の威圧を込めた咆哮、突然現れ、至近からその咆哮を浴びせられた山漁りは失神してしまう。
「さすがウォル!」
アルテはすぐさま山漁りのそばに駆け寄り、一頭をウォルの背に括り付け、もう一頭を担ぎ上げる。
「よしよし、やっぱりつがいだな。一回帰ろう! こいつらを家畜にしよう」
大きな収穫だ。
山漁りは木の皮や場合によっては土などを含めて、毒のある物だろうが何でも食べて栄養にする強靭な消化能力と解毒能力、その体表の毛を刈って絞るようにすると油が滲みだす。この油は灯の燃料にも料理の油にも様々なことに利用できる。
さらに雌の乳は栄養抜群だ。オスの角は定期的に抜けるのだが、非常に硬く加工すればよい道具となる。糞でさえ腸内で発酵を受けておりそのまま土壌の改良に使える、理由としては糞を再び食糧とすることもできるからという一匹で何役も有益な動物だ。そして、肉もうまい。
森の奥ではなかなか見かけることが無いが、魔獣や魔物の少ない浅い部分では自活しているようだ。
「と、いうわけで。この二匹は大事に育ててこの村を支えてもらう。基本的には温厚だけど、乱暴にすると襲われて食べられるから皆可愛がるように」
「はーい!」
子供たちもアルスの言うことは素直に聞く。
美味しいごはんを持ってきてくれるお兄さんという位置づけだ。
山漁りはその食性状家畜にするのが難しいとされている。
檻だろうが何だろうが、全て食べてしまうからだ。
たとえ鉄製の柵であってもその下の地面をもりもりと掘って食べて脱出してしまう。
「そんな山漁りでも苦手なものがあるんだ。それがこの植物、ドクダメ」
ドクダメの葉をすりつぶした汁を塗った周囲には山漁りは近づかない、これを利用して香りによる檻を作ればいい。これはシルメアの知恵だ。
この方法さえ知っていれば山漁りは素晴らしい恵みをもたらしてくれる家畜と変わる。
蔦を編んだロープにドクダメの葉を括りつけて木々を利用して適当に囲っておくだけで牧場の完成だ。
このドクダメは死の森の中であればどこにでも生えている雑草に近い植物だが、その香りを嫌う動物が多く、拠点全体を囲うように同じ要領で囲っておくと簡単な動物、魔獣、魔物除けにもなる。
煮だした汁は虫よけや植物の病気治療にも利用が出来る。
さらには人の怪我の化膿を防止してくれたり、石とドクダメの葉を交互に重ねた筒状の植物の幹を利用して浄水器にもなるという素晴らしい植物だ。煮沸できない状況で水を利用するのには欠かせない。
これも、人は知らない知識だ。シルメアから教わった死の森で生きていく知恵となっている。
「なんということじゃ、死の森どころか様々な宝が転がっているようなもんじゃな」
アルテの話を興味深く聞いていたバウルが感嘆の声を上げる。
長く生きて来て全く知ることのなかったこのような有益な話、いままで死の森と呼び忌避していた場所にこんなお宝がゴロゴロしていることは衝撃だったようだ。
「まぁ、死の森で一番の問題は、森に入ってすぐの魔獣のエリアだから……
皆が無事にここら辺まで来れたことが奇跡に近いんだよね本当は……」
死の森を死の森と言わしめている理由は、森に入ってしばらく続く魔獣のエリアのせいだ。
死の森の周囲を含め、その浅い層は、そこまで強力ではないとはいえ、小型魔獣が群れを成して生活しており、人間がそこに立ち入り発見されれば瞬く間に群れに飲み込まれて死ぬことになる。
しばらく奥へと進むと魔獣たちはぐっと減る。
その代わりこのあたりに住む魔獣は個体個体が非常に強い。
さらに奥へと向かうとその傾向は強くなる。
魔獣と出会う確率は減るが、出会ってしまうと非常に強力な魔獣の相手をする必要がある。
アルテが暮らしていたあたりも人里に出れば村や町を壊滅させるような魔獣がうろつくエリアだが、銀狼であるウォルがその匂いと銀狼の印と呼ばれるサインを見れば並大抵の魔獣はその近くには決して近づかない。
もちろんこの拠点の周囲にもウォルがそのサインを置いておいてくれている。
「いやーやっぱりナイフは凄いなーこんなに簡単に木が切れるよ」
アルテはキースが苦労して、それこそ死ぬ思いをして引きずってきた丸太を、ウォルがひょいっと持ち上げて、ナイフで簡単に木材へと加工していく。
キースも老人集も口を閉めるのも忘れてその異様な光景を眺めていることしかできなかった。
もうちょいほしいな、と言ってキースと同じ斧もどきを担いで、一時間ほどで木を担いで帰って来た時、キースはアルテに反抗することをやめることを決意した。
「松明にドクダメの葉を混ぜておくと虫も寄ってこないので便利ですよ」
「本当にアルテ君はいろんなことを知っておるな……それに、あの力……やはり死の森を生き抜いたものじゃからかのぉ……」
その日、アルテは一日でこの村の住人が一週間は満腹で暮らしていけるほどの食料をかき集めた。
一部は加工して日持ちを良くしたり、そういったことは子供と一緒にバウルたちがしてくれる。
皆でみんなが生きていくために手伝っていく。
ここに社会が出来上がっていた。
「……村にいた時より……満たされておるな……」
ラクサのつぶやきに大人たちが皆うなづく、子供たちはすでに満腹でウォルと一緒に夢の中だ。
キースも食後倒れるように眠りについている。
「この辺りは凄く豊かで助かります。まだまだ目をつけたところがあるから食糧問題はしばらくは大丈夫だと思うんですが、それも限界はあるので自分たちでも賄うようにしないといけません」
「最初から畜産ではなかなか難しいからのぉ、やはり農地を作らねば……」
「ええ、なので明日は僕も伐採作業して農地を作ります。
いやーナイフがあればきっと捗るぞぉ~」
いや、ナイフで木は普通は切れません。みんながそう思ったが口には出さない。
ナイフと言っても刃渡りも長く、小刀に近いからだ、きっとそうだと納得させる。
「鉈も磨いたらこんなに立派になったし、大変だったんですよね今まで木を加工するの……
黒曜石で削るしかなかったし……」
「キースが音をあげるほどじゃからな、あいつは馬鹿じゃがまっすぐだしそれなりの剣士じゃったから体力には自信があったんだろうけどな……」
「人が居るといろんなことを同時進行できて助かります。
なんで口減らしなんてするんでしょうね? 皆さんの協力ですごく助かりました」
「……大雪のせいで保存していた食糧がダメになってしまってな……村を納める貴族の勢は頭数で変わる……ああするしかなかったんじゃ……」
所謂人頭税というやつだ。人の数に比例して税が決まるので、単純に人を減らせば税が減る。
「わしら年寄りは仕方ないが、あんな幼子まで……」
寂しそうな目を細めながら子供たちをリサナが見つめる。
彼女の眼にはぼやけてはいるが幸せそうな子供たちの寝顔が見えるような気がした。
「しかし、ここにいたほうが村にいるよりも遥かに満たされておる!
木の皮を重ねた寝床は温かく柔らかい、食事は色鮮やかで温かくうまい!
獣の皮で作った上等な着物……皮肉なもんじゃ……」
「そんなに村の生活は厳しいのですか?」
「……帝国は……たぶんもう終わりじゃ……」
「ガンター……」
「毎年毎年税は多くなっていく、天候は荒れ、農地もうまく行かず痩せていく。
それなのに貴族どもは贅沢三昧、村々の不満はもう限界に達しておる。
そこに、今回の大雪、きっと農地も全滅、家畜もほとんど残っておらん……
ワシらの村だけじゃない、どこの村も同じだろう。
それでも皇帝は何も民にはしてくれんじゃろ、噂によればいくつかの有力貴族が他の国と強い結びつきを作っていると聞く、一介の商人がそんな情報を知っている状態じゃ、話はかなり進んでおるじゃろ」
「やはり、あんな皇帝を認めた時点で、帝国の命数は尽きておったんじゃ……」
深いため息とともに放ったバウルのつぶやきに一同が大きくうなずく。
「ライトディア帝国皇帝、ヴァジル・ライトディア、実の父親だけでなく他の皇位継承者の血族全てをその手にかけて皇位を手に入れた外道……」
「次男のマルス様はお優しい方だったのに……」
「長女のファビオ様もそれは美しくお優しい方だったのに……」
「しかもヴァジルはあのローゼン皇女の子ではなくあの強欲貴族ヴァルトジークの娘、しかも噂によると薬を用いて先代皇帝をたぶらかしたらしい!」
皆の話には怒気がこもっている。
先代皇帝であるベムストル・ライトディアは最高の名君ではなかったが、良き統治者であった。
しかし、皇位継承をたくらむヴァジルによって暗殺され、他の皇位継承者もすでにこの世になく、仕方がなくヴァジルが皇位についた。
それからの帝国は、暗黒期を迎える。
強欲だが強大な力を持つバルトジークは帝国を私物化、私欲を肥やしていく。
それに乗っかるように私欲にまみれた貴族が台頭する。
良識派の貴族は次々とその力をそがれてしまい、帝国はまさに独裁国家となり果ててしまっていた。
「皇位継承者が一人でもご存命なら異議もたてられるものを……」
「今なら従うものも多かろう……それほど今の皇帝は酷い……」
「そういえば、僕の名前はアルテ・ライトディアで父は先代皇帝らしいですよ」
「そうなのか、アルテは只者じゃないとは思っておったが、皇帝の息子じゃったか……」
「……い、今、なんと申した……?」
「いや、僕の父は先代皇帝らしいですよって」
「ま、まさか……しょ、証拠は!?」
「うーん、これかなぁ?」
アルテは懐から母から預けられた首飾りを取り出す。
あの一件で失われた輝きは時間が立つと再び回復していた。
「こ、これは……アルトディア帝国の紋章……しかもこの石は……」
首飾りにつけられた宝石は赤い淡い光を内部に携えている。
そっとバウルが触れると青色に変わる。
「あ、青色になった! かーさんが持っていた時は青かったからどうしたんだろうと思っていたんですよ」
青く変わった首飾りに母の面影を見出し、アルテは目を細めた。
再びアルテが触れると宝石は赤く変わってしまう。
「あれ? また赤くなった……バウルさんこれはどうして……って皆さん?」
アルテがバウルたちに視線を戻すと、全員が地に伏してアルテに最大限の礼を尽くしていた。
「知らぬこととは言え、皇子様に数々のご無礼……どうかご容赦ください……」
「え? え?」
「その石は初代皇帝が銀狼様よりもらった『契りの石』。皇位継承者がもった時のみ赤く輝く神秘の石。
その石が赤く輝くのが何よりの証拠、アルテ様は正当な皇位継承者でございます」
「数々のご無礼、なにとぞ、なにとぞ! この老骨らはどうなっても構いません、キースや子供たちだけにはどうか寛大なるご処置を!」
地面に額をこすりつけてバウルは頭を下げ続ける。
「待ってください、皆普通にしてください。ここでは皇位継承者とかそんなことは関係ないですし、僕にそんな権限はないですよ……」
突然のことにアルテも訳が分からなくなる。
この夜、この日一番の爆弾が彼らの拠点に落とされることになった。