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3話 捨てられた者たち

「……これは……」


 久しぶりの満腹と熟睡を体感した二人を待っていたのは、嘘のように晴れ渡った光景だった。

 太陽の光が木々の隙間から雪を照らしてそこらじゅうが輝いている。

 むしろまぶしすぎて困るほどだ。


「ウォル! 行くしかないぞ!」


「ウォン!!」


 アルテとウォルは急いで準備をする。

 ウォルは回復した体力で雪をガンガンかき分けてアルテが進む道を作っていく。

 アルテは慎重にその道を進んでいく、太陽が高く上るころには川まで見事な一本道が完成していた。


「やった! 凍ってるけど下には魚がたくさんいる!」


 誘い込み型の人工的に作られた池部分に魚が入り込んでいた。

 表面の分厚い氷を石で砕くと、その衝撃で魚も気絶してくれて一石二鳥でたくさんの魚を手に入れることが出来た。

 ウォルはその間に雪ウサギなどをとらえており、この一回のかけでかなりの食材を確保できた。

 

「一部は燻製にするけど、今日は丸ごと焼くぞ!」


「アオーーーン!!」


 二人の喜びは計り知れない。

 天候に恵まれているうちに出来る限りの食材採取を行う。

 クタクタだったが、とりあえず手に入った魚とウサギが『目の前の人参効果』を引き出して二人を突き動かした。

 日が暮れる前には何とかいくばくかの薪も手に入った。

 残された薪で一生懸命乾燥させて手に入れた食材を調理する。

 魚の丸焼きと最後のスープ。久々のごちそうだ。

 二人は貪るように食事を平らげる。

 空腹は最高のスパイス。昨日のスープもそうだったが、ただの魚の丸焼きがこれほど美味しいと思うことはないだろう。


 そして、この日を境に天候が急変していく。

 暖かな日差しが降り注ぎ、雪が急速に溶けていく。

 地吹雪の日々から突然初夏でも訪れたかのようだった。


「……急すぎるだろ……」


 森の中は大量に積もった雪が一斉に解け始め、足場はべちゃべちゃで酷い状態に変わる。

 川も増水が激しく、せっかく作っていた罠池も全て破壊され流されてしまった。

 

「これ、春の収穫にも影響が出そうだなぁ……」


 あまりにも厳しい冬のせいで、その後も苦しめられることになりそうだとアルテは予想を立てる。


「しっかりと準備をしておかないと……」


 その影響はすぐに表れた。住まい奥の洞窟が緩んだ地盤のせいで崩落の危険性が出てきた。


「だめだ、諦めよう。お世話になったけど、住まいを移そう」


 中の荷物を外に出してまとめてみると、年数に合わせてかなりの量になっていた。


「必要な物だけにしないとなぁ……」


 それからボロボロになった物などを断捨離して最低限の道具にまとめていく。

 この時使わなくなった皮や木材を利用してこれらの荷物を運ぶそりを作る。


「なんとか移動の間持ってくれればいいんだけど……」


「ウォンウォン!!」


「ウォルが引いてくれるの? ありがとう!」


 ウォルは引き綱を嬉しそうに加えてアルテの背後をついてくる。

 まず初めに小川に向かう。そこから小川を下るように移動していく。

 こうすることで自分がどの方向に移動しているのかわかりやすい。それに移動中の水の確保も容易だ。

 

「川の水が濁っているし量も多いね……これだと魚も手に入れにくそうだなぁ……」


「ウモフッ!」


「ああ、しゃべりにくいのかごめんごめん」


 川を下っていくと木々の種類や間隔が広がっていく、降り注ぐ光が多くなり、森の中が明るい。

 アルテたちが過ごしていた死の森の中でもかなり深い場所は木々が鬱蒼と生えて森の中はひんやりとしており薄暗く、このあたりとは随分と雰囲気が異なる。


「このあたりなら魔物はいないのかな?」


「ウーォフ」


「そういうことではないんだ……アンデッド化しちゃえば太陽も平気になるのー?」


「オン!」


「何かいる?」


 引いていたソリから口を話しウォルが周囲を警戒し始める。

 アルテもソリの影に身を隠し周囲をうかがう。

 

「……声……?」


 ウォルよりも先にアルテがその気配に気が付いた。声だ。

 人の声がする。

 

「オン……」


「複数いるね、子供と老人っぽいな……」


 その時アルテは気が付かなかったが、森を歩いている人間がどんな年恰好なのかを把握できることは明らかに異常なことだ。狼であるウォルと同じ距離でそれを把握しているアルテの聴覚は明らかに人のそれとは異なっている。


「少し近づいて様子を見よう」


 ウォルは静かにうなづく。


 気配を抑えて静かに声のする方に近づいていく、すると、子供数名と老人4名が兵士風の男に守られ? いや、監視されながら森の中を歩いている。

 皆アルテが言えた事ではないが、粗末な服装に小さな手荷物のみ、その格好で死の森に入るのは無謀でしかない。

 さらにはその集団を森の奥へと進めている皮鎧と槍を持った男を見てアルテは驚いた。


「あれは……奴隷紋……」


「グルルルル……」


 ウォルは嫌悪感を露わにしている。奴隷紋、呪い、呪術の一種であの紋を刻まれたものは主人の言うことを守らないと紋が全身に広がって死に至る。

 泣きながら身を寄せている集団を、森の奥へと追いやっているその兵士自身も苦虫をかみつぶしたような表情で歩いている。


「口減らしか……」


 これから訪れることは間違いない飢饉に先立って、仕事ができない幼児や老人を死の森に追いやって村としての食糧などの消費を抑える方法、人を人とも思わない最低の手段だ。


「よっぽど冬がきつかったんだな……」


 普通ならやっと超えた冬の後に頭数を使って急いで動かないといけない。

 その段階で早々に口減らしを行うということは、すでに限界を超えているということなんだろう。

 アルテが状況を分析していると、兵士が口を開く。


「ここでいいだろう。……みんなわかっているだろうが、ここが俺たちの生活場所だ」


 その声に子供たちは泣き始め、老人が子供たちを抱きしめる。


「他に方法はなかったのかのぉ?」


「それは皆わかってるだろ? もう、一切の食料も村には残っていない。

 村を守っていた傭兵である俺も処分するほどに限界なんだよ……くそっ……」


「キースにーちゃん……」


「なにもキースまで……村長もえげつない……」


「……村長が悪いんじゃねーよ、貴族どもが無茶な要求をしたから……口減らしの案内役なんて……ほかのやつらにやらせるわけにいかねーだろ!

 それになんだよおめーら! まだ死ぬってわけじゃない! 森なんだから食えるもんだってなんだってあるじゃねーか! 諦めてるんじゃねーよ!」


「……そうは言うがなキース……子供とわしら老人、さらにここは死の森だ……

 今まで多くの人間がここを利用しようとして、ただの一人も帰ってこなかった。

 こんなところで生きていくなんて無理じゃ……」


「ママー……」


「チッ……なら、諦めるのかよ!? 俺は、俺は諦めねーぞ!!」


「いいね。手伝おうか?」


「だ、誰だ!?」


 アルテは気が付けば声をかけていた。

 キースと呼ばれた男が、奴隷の紋が付いているとは思えないいい奴に見えて、興味を持った。

 理由としてはただそれだけだった。


 

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