23話 経験と可能性
ドラグガフト、アイスバーグ両家は慎重に、現皇帝派に気がつかれないように用意周到に私兵をピースメイカーへと送ってくれた。
もちろん黒い羽根の協力も大きい。
無事に森の通路へと近くに作られた一時休憩所、いずれは前線基地となる予定、の場所へと集合する。
森の奥へとつながる通路にも驚きを隠せない兵士たちは休憩所にも驚いてしまう。
ログハウス調の木製の建物、中に入ると驚くほど豪華な作りになっている。
町人達の木工技術は進化しており、最近では良質の木材を利用したピースメーカー産の木工製品は帝国の上流階級の中でもひそかなブームになっている。街の名前は伏せてはいるが……
一個中隊が駐屯しても何の問題もない規模の建築物に生活用品、ベッドなどの革製品などは一般の市民が扱ったことがないような高級品。
一番彼らを驚かせたのは魔石などを利用しない魔道具の存在だ。
日中の太陽の光を貯めて夜間を照らす照明器具、同じく熱に変換して湯を沸かしたりできる道具、温かい湯の出るシャワー、どれも彼らの生活の中で触れることがなかったような便利なものだった。
「死の森の魔女の仕業ではないのか?」「我々は生贄にされたのでは?」
そんなうわさ話さえ出てしまうほどだった。
兵士が全員そろい、町に入るとそんな噂は消し飛んでしまう。
多くの町人が彼ら兵士を歓迎し、巨大な街が森の中に存在し、そこで多くの人間が生活をしている姿を目の当たりにしたからだ。
「勇敢な兵士の皆さん、僕がアルテ、この町の代表者をしています」
先だって届けられた二大貴族からの手紙には彼ら兵士にはアルテの生い立ちを教えていないことが記されてあった。
つまり、ここにいる人々はアルテの素性を知らずに、それでも現状の体制に異を唱えるために現状の生活を捨てて来てくれた人物たちだ。
一部新兵の中には成績の関係上このまま軍籍にいても出世が出来ない、それならば新天地で一旗あげないか? と唆された者も居ないとは言えないが、それでも覚悟を持ってここにきている。
「僕の名前はアルテ・ライトディア。その名を語っていないことは、これが証明してくれます」
皇帝の紋章をかたどった首飾り、アルテは高々とそれを掲げ、宝石に触れる。
真っ青だった宝石が赤く変化していく、その変化に気がついて一番反応するのは老兵たちだった。
起立状態で話を聞いていた者たちが一斉に跪き礼の体勢を取る。
若い兵士たちも今起こった現象の意味を説明され、慌ててそれに習う。
反乱軍として死ぬことも考えていた自分たちが、正規の皇帝の血筋を掲げて戦うことになるとは予想もしていなかった老兵の中には涙を流し、嗚咽する者も少なくなかった。
「勇敢なる兵士の皆さん、我らにその経験と、そして将来への力を貸してください」
「ライトディア帝国、バンザーイ!!」「アルテ様バンザーイ!!」
兵士たちに熱狂が広がる。
さらにウォルがアルテの傍らに座ると歓声が大きくなる。
「おおお!! 銀狼様だ!!」「初代様!!」「伝説が目の前に!!」
アルテが話すとき。
敏感に魔力の流れを感じることが出来る人なら気がついたかもしれないが、アルテの話す声には一種の魔力が乗ってしまう。
今回のように人々を熱狂させたり、不思議と人を納得させたり、人々を力づけたり、場合によっては威圧感を感じたり。
それは皇帝としての血筋からもたらされるアルテの能力と言えた。
皇帝の威厳。無意識にアルテはその能力を行使していた。
そのせいで兵士たちは自然とアルテを自分たちの領主であることを受け入れられた。
これは洗脳とは異なり、従いたくないという意思があればそれほど苦労なく跳ねのけることが出来る。
熱狂に包まれたアルテからの挨拶が終わると、歓迎会が行われる。
兵士たちが自分たちの領土でも見たことがないような大量の食材、それにカイラが考案した様々な料理の数々、町からは酒も輸入している。
死の森と言われる場所の奥に、これほど豊かな町が存在していることはにわかには信じられなかったが、席につき、食事を食べて酒を飲めば信じるほかはなかった。
いつしか町の人すべてを巻き込んだお祭りになっていた。
「いたいたカイラ―!」
「うおっアルテ!? だめだろ主役がこんなとこにいちゃ!
あ、そっちの鍋のもういいぞ、あーーーそっちのやつそこにある香草入れてくれ!」
「忙しそうだね……」
「まぁな! でもみんなが喜んでくれて俺は嬉しいぜ!」
「確かに、めちゃくちゃ生き生きしてるね」
「さっきもこんなうまいもん食ったことがないってじー様達が来てさぁ。大貴族のとこで暮らしてる人が喜んでくれたんだぜ!」
「カイラの料理は世界一だからね!」
「ってわけで、どうしたんだアルテ何か用か?」
「いや、とりあえず。コレ」
アルテはグラスをカイラに渡す。中には柑橘系の爽やかな香りのする酒が注がれている。
「カイラと出会って、こんなことになると思わなかったよ。
でも、カイラたちが森へ来てくれたから、こうやって僕は改めて生きていく目標が出来たよ。
ありがとう」
「な、何言ってんだよ! もとはと言えば俺なんてアルテに助けてもらわなければあのまま皆と森で死んでいた。いくら俺が礼を言ってもいいたりねぇ。
俺の力ならなんでも貸すから、アルテも何でも言ってくれ!」
二人はグラスを合わせ、一気に飲み干す。
この時代では珍しいキンキンに冷えた飲み物は二人の喉を気持ちよく潤していく。
「はーーーーー、旨い!! またあとでな、落ち着いたらそっちに顔出すよ!」
「うん、カイラ。あとで!」
アルテは気さくに町人や兵士に声をかけていく。
その気さくな態度に一部の人から異論も出たが、アルテ自身はこの態度を決して変えなかった。
「おおーーー! アルテ様!」
「盛り上がってるねマギウス、何してるの?」
「いや、以前からの兵士と新たに来た兵士たちで力比べが始まりましてね」
「あれ、ファーン?」
「あ、あいつ! ずりーぞ次は俺な!」
「おお、ファーン様とマギウス様の一戦だぞ! さぁ賭けた賭けた!!」
どうやら賭け事も始まっている。
流石にこの二人だとマギウスが圧倒的支持を受けていた。
「ボクも賭けるよ」
「おお、賭けた賭けたって、アルテ様!? へっへっへすいませーん……」
「いやいや、いいよいいよ、僕は引き分けで」
「へ?」
「さ、始まるみたいだよ!」
会場はヒートアップしている。マギウスの丸太のような腕とファーンの鍛えられているが、やはりマギウスと比べると見劣りしてしまう。
「簡単には負けませんよ……」
「フフフ、この間の模擬戦のお返しはさせてもらう」
がっちりと腕を取り合う。
「レディーーーーーーーーーーーーーーーゴーー!!」
開始の合図と同時にファーンはグイっと手首を丸め込む、一気に押し切ろうとしたマギウスの力がいなされてしまう。それでも力では圧倒的にマギウスが上、少しづつファーンの甲がテーブルへ近づいていく。ファーンの腕がクイっと角度を変えると、なんと少しづつマギウスが押し返されていく……
「往生際が! 悪いな! ファーン!!」
「諦めなければ……! 活路が……!」
バキーーン!!
すさまじい音ともに、台にしていた机が裂けてしまった。二人はしっかりと立ったまま止まっている。
「ひ、引き分け! 引き分けです! アルテ様の一人勝ち!」
「ははは、二人とも凄いね! 僕もやろうかな!」
別の机が置かれるとアルテがその台につく。
場はどうするかざわついてしまうが、一人の老人……といってもその体躯はマギウスに匹敵しそうなほど筋骨隆々としている。
「それでは、アルテ殿にお相手願おうか」
「よろしくお願いします。お名前をお聞きしても?」
「元ドラグガフト家騎士団長、と言っても最近の若い者には通じないほど過去の人間じゃがな。
パーゼル・マインクライン」
「……まさか、鉄壁のバーゼル!?」
「ほう、獅子王マギウス殿に名を知ってもらえているとは光栄じゃな」
「しっているのマギウス?」
「ああ、その槍捌きは神速、しかし、何よりも巨大な盾で一人で万の軍勢を足止めしてドラグガフト候を救ったこともあると聞いている……」
「ファッファッファ、万は無理じゃよ、精々8000と言ったところかのぉ……」
机に置かれた腕は、とても老体の物とは思えない、究極までに苛め抜いた力の塊を彷彿とさせる。
アルテがその手を握ると分厚く、幾万もの鍛錬を繰り返し戦い抜いた戦士の手とはこういうものかと感心するしかない。
「アルテ殿、貴方様はどのような国をお創りになられる」
「……正直、まだ実感は湧きません……それでも、皆が幸せになれる国に僕は生きたいと思っています」
「力なき理想は、幻想と変わりません。貴方様の覚悟を見せていただきます」
周囲の物からすると、アルテの手を握るバーゼルの体が一回り大きくなったように錯覚する。
その強烈な覇気で周囲から歓声さえ消えて、生唾を飲み込む音が聞こえる。
「レディーーーーーゴーーー!」
審判の開始の合図が起きても、静寂は変わらない。
先ほどよりも分厚いテーブルがギシギシと悲鳴を上げている。
「……これは、驚いた……」
バーゼルの顔はとても手を抜いている顔つきではない、本気の力をアルテが受けている。
「……力ない王になるつもりはない……僕は……人々の前に立って、皆で国を、自分たちの居場所を守る力が、欲しいんだ!」
バキバキバキと激しい音とともに、分厚いテーブルは見事に割れ、手で握られた木材は見事に指の痕をつけてへし折れてしまった。
「……アルテ様、万歳!!」
バーゼルは満足した顔でアルテの腕を掲げ、その勝負の勝利者を讃えた。
同時に会場に今日一番の熱狂が踊り狂うのであった。
古参の人々は知っていたが、新参の者たちはアルテの力をまざまざと脳裏に刻み込むのであった。
「やべーな、あのじー様俺より強いのか……」
マギウスが小さくつぶやいた声は、熱狂でかき消されていくのたっだ。