2話 自然の驚異
「なんだか今年は寒くなるのが早いな……」
「……ウォフ」
「そうだね、嫌な予感がする。今日からどんどん冬支度をしていこう」
森での二人の生活、順調ではなかったかもしれないが、それでも数年の時の中で二人とも成長をして、安定した食糧確保や定住する場所、衣服の確保などが可能になってきた。
アルテが19歳の秋、夏が過ぎて幾日もたっていないのに震えるような風が森の中を抜けていく。
明らかに例年よりも冷え込みが早く、そして強かった。
二人は急いで冬の準備をする。
何年も集めてきた毛皮などもあるが、より厳しい寒さを想定して衣の確保。
具体的には食糧の確保、薪などの燃料の確保、飲料水の確保などの食の確保。
何年も集めてきた毛皮などもあるが、より厳しい寒さを想定して衣の確保。
住居の補強や生活に必要な材料の確保、住の確保だ。
今現在アルテとウォルが済むのは木々の間に蔦上の植物と動物の皮などで組んだテントのような住居だが、これを板張りにして内側に動物の皮を敷き詰め、天井も木製のしっかりした物へと変えていく。
うまく傾斜をつけて雪などの対応を考えているが、木々を切るのにも大変な労力がいる。
動物の骨や牙、爪を利用したのこぎりもどきによって削り出していくので、板を一枚作るのにも膨大な時間がかかる。石材で作った斧を鉈として利用したり、とにかく森で手に入る物で何とかしていくしかない。それでも長い時間をかけてようやく家が形になってきている。
「いざとなれば、奥の部分が寒さから守ってくれる」
家の内部には地下に潜る洞窟がつながっている。
元々洞窟があった部分に家づくりを計画した。
冬場は温かく夏場は涼しい、家の内部の温度もある程度調整してくれる。
大雨の時などは水が流れ込んで大変だったりもしたが、今ではしっかりと水止めを作ってそういう事故も起こらないようになっている。
この家が使い物になるころから、二人の生活はどんどん改善していったのは懐かしい思い出になっている。
アルテは川まで降りて魚の確保だ。仕掛けておいた罠を確かめていくと結構な量の魚を手に入れることが出来た。日持ちがするように燻製にするためにその場で内臓を取り出して開いていく、川の水がこの時期にしてはとても冷たいこともアルテを不安にさせる。
開いた魚と川の水を出来る限り汲んで家まで運ぶ。
家のある場所から森を降りてきたので、帰りは登りになる。
水場から近いほうが生活は楽なのだが、鉄砲水や、野生の危険な動物との遭遇の確率が増える。
それに魔物に出会ってしまうリスクが高くなるために二人は住居を水場と離れた場所にしている。
銀狼であるウォルが生活しているエリアには魔物は基本的に近づいてこない、野生の動物も同じだ。
それは安全の確保にはこれ以上ないセキュリティになるが、食事の確保にはやや不利だ。
それでも木々になる実や食べられる食物、キノコなど森にはたくさんの恵みがあふれている。
さらに狩りに出れば多くの食用可能な動物も住んでいる。
死の森と呼ばれていた森も、今のアルテにとっては恵みの森だった。
それでも、厳しい自然の牙がアルテとウォルを襲いだしたのは、それからしばらくしたころだった。
「雪……? こんな時期に?」
朝、床で目を覚ますと異常な冷え込みだった。外に出ると白い物がちらついている。
そして、この雪は止むことなく延々と降り続くことになる。
3日もすると森の中だというのに一面が雪景色と化してしまい、家から出ることも出来なくなっていた。
「ウォルは楽しそうに遊んでるけど……これ、いつまで続くんだ……? いくら準備したって言ってもこれが冬中続くとまずいぞ……」
雪がもこもこと盛り上がってその先からウォルがひょこっと顔を出してくる。
その姿は大変にほほえましかったが、現実問題としての雪の害は今始まったばかりだった。
水の確保は火を起こして雪から得られるのは助かったが、薪の消費が早く、しかも周囲の木々はすっかり湿ってしまい薪としては使いづらく、窯の周りに立てかけて必死に次の薪を確保するような日々が続いていく。
また、風が強く地吹雪のような天気の日の少なくなかった。
事前に準備をしっかり行っていたことに加えて、家全体が雪で覆われて逆に保温性が高まっていた。
いつ崩れるかもしれない恐怖もあったが、しっかりとした丁寧な建築によって家は二人を守ってくれていた。
ウォルも遊んでばかりではなく、時々山の恵みや獲物を捕らえてきたのにはアルテも驚くしかなかった。しかし、森の生き物たちもこの厳しい冬のせいでガリガリに痩せていたり過酷な現状になっていることがうかがえた。
「ウォルも悪いけど食事は最大限に切り詰めるからな……」
「くぅ~ん……」
ウォル自身も一生懸命食べられるものを探しに出るが、しばらくすると何も得られない日が続き、体力温存のために家でおとなしくしている日が増えていった。
家の中で二人くっついて少しでも暖を取って薪も温存していく。
日々減っていく食糧にだんだん焦りが見え始める……
「このままじゃ、まずいんだけど……それでも外には出られない……」
外は猛吹雪、木々の間を斬れるような冷たい風がびゅうびゅうと吹き続けている。
その嵐は止むことなく少しづつ二人を追い込んでいた。
洞窟部分に生活拠点を移動した二人は今日も毛皮を巻き付けて息をひそめていた。
外寄りは遥かにましではあっても激しい風は家の隙間から流れ込み凍えるような寒さになってしまっている。ウォルの体から発せられる体温を毛皮で逃がさないように、二人はぴたりと体を寄せ合い耐える日々を余儀なくされている。
食事も数匹の燻製魚と野菜、薪もそれらを調理して終わる程度しかない。
限界だった。
アルテも気が付いていた。たくましいウォルの体は痩せ細り、その体温もはじめのころの心地よい温かさではなくなり低下していることを……
「ウォル……。今日は……少しちゃんと食べよう……」
アルテは重い体を引きずるように食事の準備をする。
いつもなら燻製魚一匹をかじりながら5日ほど持たせて味のない果実をかじって耐えていたが、今日は残っている食材をすべて使う。
全てをスープにしてたっぷりと二人の皿に取り分ける。
このスープであと3日は越せるだろうが、それで、おしまいだ。
「ウォル、今日これをしっかり食べて、明日、川へ行こう」
「……ウォフ」
「そうだ、それしかない。罠に溜まっているだろう魚を回収してくるしかない。
俺一人では絶対に無理だし、ウォルにはあの罠から魚を取ってこれない。
二人で、二人の力を合わせて取りに行こう!」
「ウォン!」
食べていいのか躊躇していたウォルもアルテの覚悟を知って、ガツガツと勢いよく食事をとる。
数か月ぶりの満腹感と充足感に満たされた二人は、ぐっすりと眠った。
久しぶりに満足した食事をとったウォルの体は温かく、二人はくっついて深く深く眠りにつくことが出来た。