夕立ちと雷雲
夏・祭り企画
突然だが、私は女お笑い芸人である。但し売れてはいない。……いや、少しだけ売れ始めて来たか? お昼の番組の5分程度のコーナーに、やっと出られる様になったところだ。
相方は二歳上の実の姉である。これがびっくりするくらい似ていない。姉は高身長でスレンダーで顔が小さく、キリッとした眉に大きな瞳、鼻筋がしゅっとして小鼻は小さく、唇は薄くとも色気がある。……まあ、美人だ。女から見ても、実の妹から見ても、美人だ。
私の方はと言うと、……アレだ。両親の顔立ちから良いところだけを姉が引き継ぎ、その取り零したところだけが私に受け継がれたという、残念遺伝子品評会の塊だ。……ま、多くは語るまい。勝手に姉の容姿の逆バージョンを思い浮かべて頂こう。
子供の頃は姉に対してコンプレックスがあった。が、自慢に思う気持ちがそれを上回っていたので、特に揉めたことも無い。容姿以外はそんな普通の二人姉妹だ。
そのときの私は前日からのロケの帰り道だった。何故『私は』なのかと言うと、姉にはその美貌の為にドラマの仕事のオファーがあったからだ。本人は悩んで断ろうとしていたが、「ねーちゃん、うちらが売れるチャンスだよ!」と説得した。キリリとした見た目の印象とは真逆に、素直で単純な姉は「分かった、広報活動として頑張って来る!」と言って出かけて行った。
そんな理由で姉とは別行動になったのだった。……姉がいなくて良かった。なぜなら今回のロケは、夏の恐怖特番の仕事だったからだ。
……美しい姉にはやらせられん。姉は大層な怖がりで、ちょっとしたことでも顔を歪めて叫びまくる。その表情をしたときだけ、ひどく私に似ているらしい。親がそう言う。……失礼な親だ。(姉妹二人だけでいるときは似てると思わないけど、親子四人でいると似ている、と親戚が言う。……失礼な親戚だ)
ところで、私はこの世ならざる物を信じている。こちらが勝手に騒ぐから相手を怒らすのだろう、と思っている。相手が生きている人間と仮定して考えてみれば、いきなりドアを蹴破り、土足で押しかけ、ぎゃあぎゃあ大騒ぎをし、ゴミを撒き散らかし、……。そりゃあ怒って何かしらのやり返しをするのは当然の権利であろう、と思っているのだ。
こんなスタンスなので、ロケ中にスタッフさん達に何度も「もっと怖がって下さい」と言われてしまったが、どーしようもない。私の怖がるシーンを撮りたかったらしい。すまんね、怖がらなくて。
共演者の若い可愛らしい女の子は霊感があるとかで、頭痛を訴え大泣きしていた。思わず変顔で慰めたら彼女は大爆笑した。「カット!」、「今のシーンもう1回!!」と、ロケを長引かせてしまった。……この仕事は、もう二度と呼ばれまい。
だが、彼女からは連絡先の交換を求められた。爆笑で霊障が吹っ飛んだらしい。まあ、人助けになったのなら良しとしよう。
帰りにロケバスでロケ地の最寄り駅へ送って頂く間に、軽く一眠りしようと思っていたが、彼女に完全になつかれてしまっていた。若いお洒落な子のガールズトークはまるで異文化交流の様で、このときになって、ここに姉がいてくれたら彼女と話が合っただろうな、と思った。
私はそのあと帰るだけだったが、彼女は同局での他の仕事があるらしく、そのままロケバスに乗って行った。窓から顔を出して、「絶対連絡しますから~っ」と叫びながら。
その声に、午前10時過ぎの日差しが燦々と降り注ぐ駅前で、寝不足でヨレヨレでボケッと立っている私に、街の人達の視線が集まった。私は逃げる様に券売機に向かった。いくらお笑い芸人の端くれで、腹の底から売れることを切望していても、悪目立ちすることへの羞恥心くらいは持っている。
プラットホームに着くと丁度来た電車に飛び乗った。やれやれ、やっと肩の荷が下りた。時間帯が時間帯の為そこそこ空いていて、冷房も程よく効いていた。『ああ、長い夜だった。やっと家へ帰れる』そう安堵はしたものの、この駅から自宅迄は三度乗り換えをしなくてはならない。必死に睡魔との攻防戦を繰り広げていたが、気づけば陥落させられていた。
普通に考えたら二時間弱で自宅に帰れる筈だった。が、結局自宅の近くの最寄り駅に着いたのは夕方だった。プラットホームから見渡すと、やけに周りが暗かった。遠くの空で、黒い入道雲が急激に大きくなっていく……。女学生達が脇を「あれ、ヤバくない?」、「傘持ってないよー」等と言いながら軽やかに通り過ぎて行った。
私は半端に寝て更にだるくなった体を引きずり、気持ちだけは急いで家路を辿った。と、ぼたんっと雨粒が鼻先を掠めた。この雨粒のサイズ、間違いなく夕立ちだ。黒雲は低い位置で空を埋め尽くし、辺りは更に暗くなっていく。夕立ち、それとはセットでやって来る物がある……。
駅から家までは公園を回り込まねばならないが、少しでも早く帰りたかったので突っ切ることにした。これがいけなかった。
公園に入った途端、黒雲が眩く光り雷鳴が轟いた。ヤバいヤバいヤバいっ、お化けのがまだマシだ。私にはそうなんだ。雨もどんどん酷くなる。
取り合えず公園内で、一番大きな樹の下で雨宿りをしようと駆け込んだ。こんなに大きな雨粒では、雨宿りしたところで濡れそぼるのは確実だ。けれど、どうせ帰ったら直ぐシャワーだ。それより歩いている最中に雷が落ちて来る方が困る。
そんなことを考えていると、またもや空に光が走った。光ってから雷鳴が響くまでの時間が短いと雷が近い、と聞いたことがある。心で秒を数える。……多分秒速になっていないだろうけど。幾らも数えない内に、激しい音と地響きが伝わってくる。
「ひっ!」
と間髪を入れず、また空が光った。
そしてその直後、雷が私の側の樹を襲った。
「もし、もし、……」
体をユサユサと揺さぶられる。
「すまなんだなあ、起きてくんねぇか? もし」
何だ……? このしゃべり方?
「オラ親方に怒られちまうだよ。見習い期間がやーっと終わったってのに、また見習いに戻っちまうさぁ」
あん? 見習いって、怒られるって、4月に入社した新人さんってことか。……と考えている内に頭が冴えて来る。……あれ? 私どうしたんだっけ? さっき雷鳴ってたんだよな?
そこまで考えて、ガバッと起き上がる。と、何かに酷く頭を打ち付ける。っつ〰〰〰!
ふと見ると、日焼けした上半身は裸で、虎柄の袴を履いたあんちゃんが頭を押さえて蹲っていた。私が頭突きを食らわしたのだ、ということに気づくのにそんなに時間はかからなかった。
ってか、ヤンキー? ガテン系新入社員? 向こうが何か謝っていたみたいだが、やばくね、この状況。あ、振り返ったら結構イケメンだ。
「お前さ、頭ごっつ固ぇんだなぁ?」
「ああぁっ、すみませんっ。」
「んだば、こっぢがわりぃかんよぉ? きにすんなぁ」
「はぁ……?」
「俺ぁ、雲の上で雷落とす練習さ、しとったんよぉ。まさか、こん樹の下に人間さ、いると思わんよねぇ~」
何か、いろんな方言や訛りといった物が混じってる話し方だ。言いたいことは分かるけど……。って今、雷って言った?
「雷落として申し訳無かったよぉ~。んだがら、何かお詫びに願い事叶えてやっけん。何でも言うと良いさぁ~」
「ふぇっ!?」
これは泉に斧を落としたとか、古いランプを擦ったとか、ああいう棚ボタ的なヤツか。……嘘くせぇ。何か、担がれてる?
私は周りをキョロキョロと見回した。
「モニタ〇ングですか?」
「何だそりゃ?」
色黒虎柄袴男もキョロキョロする。
その頭上に角二本見ーっけ! ……って、うえええぇ!! マジで雷様の見習いかいっ!?
「なぁんでも、言うこと叶えるさぁ、例えば鼻を高くするとか、目を大きくするとか、小顔にするとか、ウェスト細くするとか、……」
……失礼なヤツだな。
「そしたらぁ、売れっ子芸人になるよぉ?」
「なっ、何でそれをっ!」
色黒とらっ、ああ面倒だ。虎男でいいか。虎男は八重歯を見せながら、けらけらと笑った。
「ぜぇ~んぶ、見とったよぉ? おねぇさんと美人姉妹漫才のが、お客さん喜ぶさぁ? あの可愛い女の子みたいにしてあげるよぉ? なぁ、どお? いい考えじゃなぃぃ?」
……売れっ子になれるのは正直言って嬉しい。が、そんな問題じゃ無いだろう。私は目の前の人外の存在に、沸々と怒りが沸いて来た。
「なぁなぁ、どう?」
「神様だか、雷様だか知んないけどさ。随分失礼なヤツよね、アンタ」
腹の底から低い声を出し、思いきり睨み付ける。
「見てた、見てたって、上っ面しか見てないじゃん。ねーちゃんはね、小学生の頃から何度も痴漢に合って、さんざん嫌な思いをしてきたの。その度にあたしが相手をぶっ飛ばしたり、ねーちゃんを慰めたりしてきたの。普通に生活してても同性から『男に媚びてる』なんて嫌みを言われたりして、対人恐怖症になっちゃってたんだから。お笑いを始めたのはリハビリなの! やっと、元気になって来たんだからね。それに、それに、こんなわたしにだって少しは指名客が付いて来たんだからね! バカにしないでよっ!!」
耳元で思いっきり怒鳴ってやった。
「ひょわぁぁあ、そら、すまんかったなぁあ」
「そうよ! あんたあたしのことも、ねーちゃんのことも、ファンのこともバカにしたんだよ? 自分の言動の意味をちゃんと考えなさい」
「……かぁっこ良いなあ、オラ惚れちまうべぇ」
「はっ? な、何言ってるの?」
何なんだろう、この虎男は。かっこ良いって、私は今、汗と雨と泥まみれだぞ?
「分かっただよぉ。オラがファンになるさぁ。安心してなぁ」
そう言って虎男は私の手を引っ張って立ち上がらせた。
「取り合えず、今日はこれで勘弁してさぁ」
虎男が何か手で印を作ると、一瞬で私の服から泥が消えてシワ無く乾いた。
「また、会いに来るよぉ。待っててなぁあ」
そして虎男の体の周りにもくもくと黒雲が表れ、その雲が消えると虎男も消えていた。
「何だったんだ、一体……」
それからというもの、私がロケに行くとどんなに晴れていても、空の片隅に黒い入道雲がある様になった。無茶振りで有名なディレクターがいるロケでも、必ず上手くいった。
だんだんとテレビ出演も多くなりファンも増え、姉に俳優の彼氏が出来た。
……これは、めでたしめでたしなのだろうか……?
このお話は、ユーザーによる企画の『夏・祭り企画』参加作品です。
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