4.左右両用型人類無計画
シェンティアちゃんは思った。思ったのだ。
はさみに右利きも左利きもいらないのではないかと。
「だってそうじゃない? 私左利き用なんて使ったことないよ」
「だからなんなの」
いつにもましてくだらない提案に、心底呆れる。
「いやいや、私左利きなの。でもね、はさみは右で使うべきだと思う」
「シェンティアが左ではさみ使ってたの見たことある気がするんだけど」
「そんなことは…………いやまぁその」
「ええ……」
自分のことは棚に上げての提案だったようだ。
「いやでも、右で使うべきだと思う」
「じゃあ鉛筆も右で使えば?」
「鉛筆は左右両用じゃん。右利き用と左利き用が分かれるのがおかしいって言ってんの」
「おかしくはないでしょ」
「おかしいもん!」
涙目になりながら、机をバンバン叩いて主張する。理論もなにもあったもんじゃない。いくらシェンティアがアホだからといっても、これはひどすぎる。
「どうしたの? なんかあったの?」
「お母さんに左利き用のはさみ買ってもらえなかった」
どうやら、親にはさみを買ってもらえなくてすねていたらしい。
「はさみ壊れたからお母さんに買ってって言ったの」
「うん」
「でも、うちにある予備使えばいいでしょって言われた」
「うん……」
「とりあえず自分のお小遣いで買ったけど、理解されてなかったのが悔しい」
「う、うん……」
「だから左利きは全員同じ悲しみを味わえばいい」
もはや暴君である。
「ギターやベースとかのレフティもなくなればいい」
「あれはあれでかっこいいじゃん」
「ゲームで利き腕選択できる奴も全部なくなればいい」
「せっかくのクリエイターさんの気遣いなのに」
「外車も全部なくなればいい」
「いや、あれは別に左利き用じゃないから」
「なんで左利きって生まれるんだろ」
自分を否定し始めている。信じられなくなってきてしまったのだろうか。
「左利きもメリットあるでしょ」
「ないよ」
「ほら、野球とか、サウスポーの選手いるじゃん。強い人多いし」
「私野球しないし」
「なんとなくかっこいいって思ってもらえるかもよ」
「かっこいいって思われてたらハブられないよ」
ネガティブモード一直線である。しかし、確かに冷静に考えて左利きのメリットはあまりないように見える。
「あれ? でも右利きでも大差ないんじゃない」
「生活しやすいでしょ」
「それは世の中に右利きが多いからそうなってるだけで、どちらが優れているとかじゃないと思う」
「それは分かってる。優れてなくてもいいから、理解されてないのがやだ」
「あんた普段は自分が特別、みたいな感じで話してるじゃない」
「うーん」
納得がいっていないようだったが、授業の時間が来たので、一旦この話は置いておくことにした。
直後の授業中、シェンティアは、不器用に右手でシャープペンシルを使っていた。途中で板書が追いつかなくなったのか、左に持ち直していたが。
その次の授業では普通に左で書いていた。昼休みには一緒に弁当を食べたが、左で箸を操って食べていた。
その後、左利きについての話は出てこなかった。もしかしなくても、ちょっとショックだったからツェツィに聞いて欲しかっただけで、実際聞かせたらすっきりして満足してしまったのではないだろうか。
珍しく凹んでいたからと心配していたツェツィは、やはりこの女は同情を寄せるに値しない人物だと思った。
同時に、同じく左利きである自分が、しばらくこの話を気にしていたのが馬鹿馬鹿しくなった。人騒がせな友人である。