3.スマートフォンには気を付けて
シェンティアちゃんは思った。思ったのだ。
なぜスマートフォンにボタンがついていないのかと。
「ほら、ツェツィ、見て」
「なあに?」
授業の間の休み時間、こっそりとスマートフォンをいじっていたシェンティアは、突然その画面を指して見せびらかしてきた。
そもそも本当は、校舎内で携帯電話を使うこと自体禁じられているが、見つからないように遊んでいる生徒はいる。他の生徒も、それを見て見ぬふりをするのが当たり前となっている。
「ゲームしてんの。ほら、パズルアンドワイバーンってやつ」
「数年前に流行ってたやつじゃん。昔やってたなぁ」
「私の中では今流行ってるの!」
別にいいでしょ!とぷりぷり怒り出した。まぁ、はまっているものを過去の産物扱いするのは空気が読めていないかもしれない。とツェツィは自省した。
「で、パズバンがどうしたの」
「見てほしい。私の操作を、見てほしい」
「なぜ五七五」
シェンティアは、難易度の低いダンジョンを選ぶと、パズルのピースを動かし始めた。
パズルアンドワイバーンは、縦に長い画面いっぱいにピースが並んでおり、三つ以上同じ色のピースが隣り合うと消える。ピースの一番上には、このゲームの主人公キャラとその仲間たちを乗せたゴンドラのようなものが乗っており、画面上の縦列で偏った場所のピースばかり消すと転覆して主人公たちが死ぬ。左右バランスよくピースを消していき、制限時間内に一番下まで到着したらクリアーである。
一時期は流行っていたが、微妙に回りくどい設定などが邪魔をして伸び悩み、今はもはやスマホゲームでも四十番手ぐらいである。
シェンティアは必死にパズルを動かしている。それは実に下手くそである。そもそも指の動きにピースがついていけていないので、予期せぬ動きをしている。
「シェンティアのスマホ壊れてない?」
「そう、そこなのよ、そこ!」
シェンティアが机をバン!とたたく。思ったより痛かったようで、ぷるぷると震えながら痛みに耐えているが、ツェツィはそんなことより、ゲームの途中なのに大丈夫なのかと心配していた。画面を見ると、一時停止していた。無駄に抜け目がない。
「これ、スマホ壊れてるように見えるでしょ、違うんだよね。試しにツェツィやってみなよ」
「うん」
シェンティアからスマートフォンを受けとり、操作してみる。くるくるとピースが回り、消えていく。簡単なステージだったので、すぐにクリアしてしまった。
「なんか普通に使えたけど」
ツェツィがスマートフォンを返しながら言うと、シェンティアは悔しそうにつぶやいた。
「スマホが悪いんじゃなくて、私の指が悪いらしいんだよね。反応しにくい指ってのがあるらしくて」
「ああ、おばあちゃんとか、指が乾燥しやすくて操作しづらいって聞いたことある」
「いやいや誰がおばあちゃんやねーん!」
反応しづらいボケが来たときは反応しないのが一番だ。ツェツィは冷たい目でシェンティアを見つめた。
「だから、反応しにくい人のためにも、タッチパネルだけじゃなくてボタンをつけといてほしいんだよね」
「ガラケーに戻せば?」
「それじゃパズバンできないじゃん!」
そもそもボタン操作でパズバンするつもりなのか。
「ほんと気が回らないよね。こちとらおかげでゲームクリアできませんよまったく」
「あ、そうだ、手袋モード試してみたら?」
「手袋モード?」
「手袋をつけてても反応するぐらい感度が良くなるモード。そのスマホについてたらの話だけど」
「おお、なるほど」
しばらく設定をいじっていたようだが、見つからないようだ。イライラしてきて面倒くさいシェンティアモードになられても困る。
「わかんないならさ、ネットで調べたらいいじゃん。ほら」
「なーるほど」
ナイスアイディア!と、ウザい笑顔でサムズアップされる。そして、ウェブブラウザをポンと立ち上げると、画面いっぱいに画像が表示された。全裸の黒人男性と白人女性が絡み合っている画像だった。
「え……なに……?」
「あっ、ち、ちが、ちがう、違うから! これは違うから!」
シェンティアは急いでタブを閉じるが、今度は無修正の男性器の画像がでかでかと表示された。
「違う! 違うの! 違うの!」
もはや何が違うのかわからないが、顔を真っ赤にしながらあたふたとタブを消していくシェンティア。
最近のウェブブラウザは、前回開いていたページを開きなおしてくれる機能がついているが、それがあだとなったのだ。ツェツィは、友人の趣味を見なかったことに決め込むとともに、自分も恥ずかしいページを開いたままにしないよう注意することに決めた。
シェンティアは顔を耳まで赤くしながら、俯いてしまった。
直後にチャイムがなり、教師が教室に入ってくる。休憩時間のちょっとした事件であった。