幽霊っていると思う?(州と一夜の短篇14回)
寒は人並外れて暑がりだった。年柄年中暑い暑いと手で仰ぐ。夏に生まれたせいだ。そう、幼なじみの帷子は寒がって震えながら、1年のほとんどを半袖で過ごす寒を信じられないものを見る目で見ながら、なんとも言えない顔をする。帷子は逆に寒がりで、襟巻きとニット帽を手放せない。懐炉は貼るタイプと持つタイプの二刀流で、如月の生まれだった。葉月に生まれた寒はよく、「寒がりのクセに、きさらぎってカッケーよな」と不可解な自論を唱え、帷子はまた「何を言ってるんだ」と言わんばかりに口の端を片側だけ上げるのだった。
「夏に生まれたのに、寒いだなんて名前はヤだなあ。ダッセー……」
「付けてくれた両親に失礼だよ、カン」
「カタだってよく……帷子なんて名前だからこんなに寒いんだ……って、言ってるじゃん」
「……今のそれは私の真似か?」
よく二人してはこうやって下らない些細なことを共有して過ごしていた。二人はまだ学舎に通い、同じ制服を着て、同じ箱にいた。特に未来に希望はなく、かといって悲観するほど現在に失望していない。
冬の肝試し。退屈凌ぎに言い出したのは寒だった。放課後、授業が終わりさて今日はどこでどうやって遊ぼうか考えながら鞄から襟巻きを取り出す帷子に寒が駆け寄ってくる。さながら飼い犬だと思う学友もいたが、口にはしなかった。からかいたい気持も無論、少なくない。だが最近少し忙しくしていた寒が放課後に相方を誘うのは久し振りだったのだ。
「肝試し?」
「そっ。あのトンネル、出るんだって」
「寒い」
「カタはそればっかだな。行こーぜ、レッツゴー冬の幽霊探し」
「……」
「エンジョイ!」
帷子は僅かに瞬き三回分の時間だけ迷った。結果、いつものようにこくりと頷く。寒もいつものように満足げに笑った。寒の笑顔を眺めながら、帷子は暑苦しい男に戻ったなと改めて思った。
「何、カタ……見惚れてんの?」
「暑苦しい男だ、カンは」
「隠さなくてもわかってるよ……照れちゃって!」
行くなら早く行こうと帷子がニット帽を被って出口へ向かう。寒はちょっ、待てよっ、と似てない上に昔いた芸人の物真似をしながらついていく。
件のトンネルは既に使われていない。新道が出来て金網で塞がれているのだが、有名な心霊スポットだ。トンネルの中で雨が降っていただの、手を繋いでたら全員両手を繋いでただの、まことしやかに噂されている。冷たい空気を裂いて学校から自転車で30分じゃれながら漕ぎ、近くのダムにある駐車場に自転車を置く。山道に入るので、後は徒歩だがまた30分も歩けば「関係者以外立ち入り禁止」と黄色で描かれた看板と金網が樹木と並立している。
冷気の中で半袖の肩へ止まった小さな羽虫を払い、寒は雰囲気あるなーと呑気に上着を腰に巻く。半袖の前腕二頭筋を懐炉を揉んで指先を暖める帷子は、小さく悲鳴を上げる。
「さむ……」
「俺、あちーよ。カタも、もっと身体動かしたら、暑くなるんじゃね?」
「ならない……そもそも今、私は結構なカロリーを消費して動いた」
「カタのそのホッカイロを揉む手つき、エロい」
「カンはこの間、ペットボトルから飲む口元もエロいって言ってたよね」
「言ってません、そんなこと言ってません!」
「何でもエロいんだよね、カンはね」
「言ってません、オレは言ってません!!」
よじよじと制服が汚れるのも構わずに二人は金網を乗り越えると、落書きだらけのトンネルを目指した。何故、落書きだらけだと行ったことがないのに知っているかと言うと、別に二人が実はそのトンネルで死んでいて死んだ日を繰り返しているとか、夢に出てきて助けてと誰かが叫んでいたわけではない。動画サイトだ。心霊スポットに行って実況する動画を見たのだ。
幽霊っているのかな。
ぽつん、と呟く寒に帷子は何も言えなかった。帷子は寒の横顔を一瞥して、自身の爪先と目を合わせた。
いると答えてもいないと答えても、違う気がした。
帷子はその時は黙って、凍てつく空気を肺に満たす。ちらちら、ちら。寒のボサボサして適当にワックスとスプレーで整えた茶髪を盗み見ながら、自分の黒髪を後ろへ撫でつけて言葉を探した。大人になったら何て答えれば正解か、わかるのだろうか。
帷子の辞書にはなかった。
帷子は知っている。
寒には、会えなくて、幽霊がいるなら会いたい人がいる。お婆ちゃんっこだった寒は帷子と、よく家よりも祖母の家に行った。父母に言えない話も祖母には出来た。
会いたいのかな。
(会えないと思うよ)
会えるといいね。
(会えないと思うよ)
ギュッと心臓をゴム手袋で突っ込まれた気持ちがした。黙りこくって旧道のトンネルまで辿り着く。
入口で寒と帷子は立ち止まる。二人して横に仁王立ちして、進まずにいた。動画通りに落書きが残り、難しい漢字が自己主張をまだ手を振っている。奥は暗く、日が傾く時間。どこか遠くでチャイムが鳴っている。木々が風に揺れ、何も言わずに忍び込んだ二人を見ている。
「婆ちゃんが見てたら何ていうかな」
何しようとねと怒るだろうな。帷子は3回瞬きをして、息を吸った。もう怒られないよの言葉は飲み込んだ。
「目には見えないけど」
「うん?」
「空気があるだろう、カン。目には見えないけど、すごく近くにある。私たちはそれを吸って生きてて、別のものを出す。見えないけど、私たちはそれがないと生きていけない」
「……うん」
「見えないけど、それは確かにあるって信じて、証明されてる。頭の良い人たちがあるって言って、世界中でそれは常識で、ないわけがない。でも、私たちには、それは見えない」
「うん」
「不思議だけどある……幽霊もそんな感じで存在してる。だから……だからさ、婆ちゃんが見てても恥ずかしくないように生きる。んで、いけないことしてても、私たちが死んでから、婆ちゃんに叱ってもらおう」
「今のこととか……?」
「そう、今のこととか」
寒は脱いで腰にまいた上着を結び直す。結び目をぽんと叩くと、帷子へ眩しそうに笑う。
暑がりの君と寒がりの私が友達してるくらいだから、わりかし世界は何でもアリだ。