「踊るあらいぐま」
僕が路地を曲がるとそこには一匹のあらいぐまがいた。
そいつは二本脚で立ち上がっていて、
その高さはだいたい僕の膝のところくらいまでだった。
あらいぐまは綺麗な毛並みをしていて、
とても野生動物のようには思えなかった。
だが、あらいぐまはペットとして飼うには適した動物じゃないから、
そいつが飼いあらいぐまである可能性はまずない。
というかあらいぐまを飼うなんて話は聞いたこともない。
とにかく美しいあらいぐまが僕の目の前に立っていた。
僕は直感した。このあらいぐまは雄だと。僕にはあらいぐまの雌雄を判別する
能力や知識はないけども、僕はふとそう思った。
そしてまた同時に僕らはおんなじであるとも思った。
どこがどうともいえないが、とにかくおんなじだった。
僕は彼に対して、特殊な親近感を抱いていた。
なぜ僕がそんなふうに思ったのかというと
それはあらいぐまが踊っていたからだった。
彼は踊っていた。陽気にステップを刻んで、
二本の足を使ってくるくると回っている。どこか悲しげなダンスだった。
そしてさらに、彼は涙を流していた。
あらいぐまの二つの瞳からは途切れることなく雫が生まれ続けていた。
彼はその涙のために踊っているのだと、僕は思った。
いつまでたっても、踊りは終わらなかった。
彼は軽快なリズムで、悲しいダンスを踊り続けていた。
僕の方を見ることもなく、踊る。きっと彼は世界の終りの時まで、
踊っているのだろう。
僕は彼の踊りの邪魔にならないくらいの、それでいてなるべく彼に
近いところに腰かけて、咳払いもせずに掠れた声で歌い始めた。
メロディーは彼の踊りが教えてくれた。
僕はハミングで彼と一緒に歌った。
気付けば、僕の眼からも涙が溢れだしていた。
誰も見ていないし、聞いていないダンスと歌だったけど、
僕たちは悲しみを間違いなく分かち合っていた。