第7節:挑発
「さぁ、始めるか!」
車を降りたトキは、準備運動をするように首と手を回して、楽しげに鳴らした。
口許にはいつも通りに凶悪な笑みが浮かんでおり、これから遊びに出掛けるみたいだ。
あの後、無事に業者から保管庫の画像を外観のサンプルという形で入手したウォッチは、合わせて実際に見に行くという名目で住所も手に入れていた。
「ミコトちゃんは、俺たちがミスったら言った通りに動くんだ。逃げれるだけのカネは準備しておいたからね。逃げた後は宗教関係に保護を受けても良い。自由はなくなるかも知れないが、少なくとも公的に認められれば白金は君に手を出せなくなる」
トキと同じように車を降りたウォッチは、車の天板を掴んで頭を半分車に入れると、ミコトに向かって真剣味を帯びた表情で言う。
ウォッチの言葉に、ミコトは激しく心音が聞こえるくらい緊張している自分を押し隠し、あえて笑みを浮かべてみせた。
強がりだが、こんな時まで能天気なトキに不安を感じている事を知られたら、後からどれだけからかわれるか知れたものじゃない。
「そんな心配をする必要がないように、上手く行く事を願うわ」
「勿論、全力は尽くすさ。なぁトキ」
ウォッチは一つ頷いて軽く笑みを浮かべ。頭を引き抜いた。
車の反対側に立っているトキは、背筋を伸ばすように反り返りながら、逆さまの視線をウォッチに向けた。
「当たり前だろーが。誰が負けるつもりでケンカ売るんだよ」
トキは体を起こすと、舌なめずりをしながら取り出したクスリを首に注入した。
ピー、と音を立てて、トキの時間が充填される。
空になった容器を握り潰したトキに、ミコトは少しだけ車の後部座席の窓を開けた。
「本当に丸腰で行くの?」
ウォッチは爆弾や銃で武装しているが、トキは普段通りだ。
「陽動だけなら、この手足がありゃ十分だよ」
空の容器を受け取りながら問い掛けるミコトに、トキは右の親指で自分の左肩をコンコンと叩いて答えた。
「あんまり使い過ぎるなよ。クスリは貴重だぞ」
「出し惜しみした挙句に死んだら、惜しむ意味がねーだろーが」
「出し惜しみと無駄遣いは違うだろう」
「どんだけ値切れるかはあんた次第だろ、おっさん」
「お前の物言いを聞くと、不思議ととてつもない値段で売りたくなるよ。クソガキめ」
ウォッチは、吐き捨てながらタバコをくわえた。
ニヤニヤと楽しそうに、トキはウォッチに絡み続ける。
「おいおい。その調子で途中でヤニ休憩とか勘弁しろよ?」
「悪くない。楽しいお出掛けだからな」
火をつけたウォッチは、タバコをくわえたまま煙を吐いて、軽い調子で首を傾けた。
「じゃ、行くか」
「おう、しくじんなよ」
「お前もな」
二人は拳を打ち合わせると、それぞれに違う方向に消えていった。
ミコトは見えなくなるまでその姿を目で追い、大きく息を吐き出すと、震える指で用意されていたアイマスクのようなものを付けて耳にイヤホンを嵌めた。
「上手く行きますように……」
二人に聞かれないように先に呟いてから、アイマスクとイヤホンに繋がった小さな装置のスイッチを入れた。
ミコトの残った車があるのは十分に保管庫から離れた有料駐車場で、身に付けた器具は二人の動きを同時に見聞き出来る遠隔カメラだ。
二人の持つカメラは皮膚に貼り付けるタイプのもので、それぞれ胸元に貼られている。
ミコトはなるべく目立たないよう、アイシールドが窓ガラスに貼られた後部座席の足場に蹲り、映し出される二人の動きを見つめた。
※※※
セイルテムがあるという巨大な保管庫は、どうやら系列会社全ての在庫を一括管理しているセンターのようなものらしかった。
『スタートだ』
広大な敷地を囲む高い壁と、その向こうにあるさらに聳え立つセンタービルディングを見上げて、トキはウォッチの合図を待って呟いた。
「制限解除」
トキの声に応えて、彼の手足がキュイィ……と駆動音を立てた。
ハイブリッド車のエンジンに火を入れたような微かな音だ。
その音を聞いたトキは、ぐっと膝をたわめて跳躍した。
常人ではあり得ない高さへと一気にジャンプした彼は、壁の上に着地する。
これが、トキの手足の秘密ーーークスリによって制限された命の48時間を消費して、常人に数倍する擬似的な筋力を得る力だという。
体に負担が掛かり、クスリの薬効を手足が消費する量が跳ね上がるため、そう長時間は継続して使えない、と、ミコトはウォッチに事前に説明されていた。
センタービルを囲む壁の上にトキが着地した途端、凄まじい警報が鳴り響く。
「予想通りだ。さぁ、追いかけっこしようぜ!」
言って、トキは壁の上を駆け始めた。
ミコトの見るカメラの広角に広がった視界に、壁の下に現れた警備員の姿が映る。
同じように警備員の姿を見つけたらしいトキは、再び跳躍した。
今度は、ビルの建物の張り出しに着地し、彼はそのままビル壁を、パルクールと呼ばれる移動技術を駆使して駆け上るように上に上がって行く。
眼下の警備員の指示を受けたのか、トキが登る壁よりも上階の窓から別の警備員たちが顔を覗かせた。
「ハッハァ!」
トキは笑いながら、後ろに倒れ込んでフリーダイビングを敢行する。
落下の途中で雨樋を掴んで凄まじい膂力で捻り折ると、雨樋を壁から引き剥がすように勢いを殺してから手を離し、目の前の階層の窓枠を掴んでぶら下がりながら足で壁を蹴る。
逆立ちするように彼の体が回って、同時にカメラで見ているミコトの視界も回った。
逆さ蹴りで窓ガラスを破壊する音が甲高く響き渡り、トキが建物の中に入る。
彼は一切止まらなかった。
そのまま入り込んだ部屋のドアを突き破ると、さらに廊下を駆け抜けて別の窓へと向かい、今度はドアの鍵を無理やりへし折って窓を開ける。
彼はまた建物の外へ出ると、今度は逆側の壁を登り始めた。
セイルテムが保管されているのは地下だという事は分かっている。
その為、トキは警備員の目を上へ上へと向けるように動いているのだ。
建物の外周を、わざと目立つように移動し続ける彼に翻弄される警備員は、トキを捕まえる事が出来ないまま右往左往していた。
※※※
一方、目立たないように先に建物に忍び込んでいたウォッチは。
トキが動き始めると、彼とは別の意味で忍者のように速やかに目標に向かっていった。
建物の構造図に関しては、直前にマダムから情報を買って頭に叩き込んだらしい。
静かに、密やかに建物の中を駆けるウォッチは、進路上の警備員を確実に始末していった。
進路上にいる警備員の頭をサイレンサーを取り付けた銃で撃ち抜いたかと思えば、別の一人は背後から忍び寄って首をワイヤーで締め上げる。
二方向から同時に警備員が現れて逃げ場のない通路では、そのワイヤーを通路の排気口に引っ掛けて素早く天井に張り付き、警備員同士が近づいた瞬間に、頭上から銃で二連射して始末した。
セイルテムを保管している場所へたどり着いた彼は、電子鍵をハッキングツールらしき装置を使って速やかに解除し、中に入り込む。
トキと同様、止まる事なく進む手際は鮮やかな程で、ウォッチはプラスチック爆弾と可燃剤をセイルテムと英語で書かれた容器に次々と幾つも貼り付けて行った。
やがて作業を終えたウォッチは、帰りは身を隠しもしないまま駆け抜け様にナイフや銃で警備員を始末しつつ、センタービルの外へ飛び出した。
「準備は終わった」
短い合図をトキに対して口にしながら、足を止める事なく駆け抜けるウォッチに対して。
『息が荒いぜ。運動不足じゃねぇか?』
「反則みたいな手足がある曲芸のサルと、一緒にするな」
いつも通りの軽口に、流石にキレのない返事をするウォッチ。
十分に建物から距離を取った彼は、壁にもたれて手にスイッチを握りしめた。
「やるぞ。良いか?」
『俺のポジショニングは完璧だぜ』
「よし」
ウォッチは、トキの返事を受けて爆薬を起動した。
※※※
凄まじい爆発と振動が、ミコトのいる駐車場まで腹の底まで揺るがすように響き渡り、カメラの映像が一瞬ブレた。
かなり離れているにも関わらず、衝撃を感じた事実が、その爆発の凄まじさを物語っている。
トキ側のカメラに映った目を射るような閃光に、ミコトはトキの身を案じた。
「トキ。大丈夫なの……?」
小さくミコトが言葉を口にすると、突き抜けるように明るい返事が戻ってくる。
『最高だ! ドデカい花火が特等席だぜ!? ひゃっほう!』
トキは、どこまでもテンションが高かった。
やっぱり子どもだ、とミコトは思う。
あの日のベッドインにトキを選んだのは間違いだったかも知れない。
トキは、爆風に煽られはしたものの無事なようだ。
そもそも、回復したカメラの映像を見ると、建物の一部は吹き飛んで燃えているが、全体の被害はそうでもない様子だった。
トキは、壁の角に備えられた監視カメラを見上げているようで、手に持ったクスリをチャプチャプと振っていた。
『お望みの品はここだ。捕まえれるなら捕まえてみなァ!』
そう挑発の言葉を残してクスリをポケットに突っ込み、トキも保管庫を後にした。




