姫様の救出と同時に、ラッキー・・・
シャノンは、落下の衝撃とそれに付随する死に対し、瞳を閉じて待っていた。
しかし、シャノンが地面に叩きつけられることはなかった―――――
少しの間、シャノンは気絶していたようだ。やはり、本能は死を恐れていたらしい。
何が起こったのか、まったく理解できないまま、シャノンは閉じていた瞳をあけてみた。
すると、
「大丈夫か?」
若い男の声が聞こえてきた。
どうやら、シャノンは彼に落下しているところを助けられたようだ。
「……あ、あれ?」
何かがおかしい。『落下しているところを助けられた』頭の中でこれを字にしてみると、おかしなところはないように思うが、実際の経験を伴うと明らかにおかしい。
なぜなら、それは……空を飛べでもしないと不可能なのだから。
シャノンは恐る恐る、首を少し捻り、下を見てみた。
景色が滑るように流れ、落下の直前よりも明らかに高度が上がっていた。体に当たる風も心地良いほどに。
「う、嘘……私、飛んでるの?」
そんな動揺した言葉に彼は答える。
「実際に飛んでるのは、お前じゃなくて、俺だけどな」
男は、シャノンを属に言う『お姫様抱っこ』で抱えていたが、少し位置が悪かったのか調整した。
その際に、シャノンは見てしまった。
彼の背中に金色の翼がはためいていることに……
「あなた、その翼は……」
「あまり気にしないでくれ、魔法だと思ってもらえればいい」
魔法で『金色の翼を生やす』などというものは、いうまでもなく存在しないはず。そもそも、『翼を生やす』という魔法にシャノンは出会ったことがない。これほどの大きさの翼を維持するのに、どれだけの魔力が必要なのだろうか。
シャノンは想像するだけで気が遠くなった。
この金色の翼への興味は尽きないが、それよりもシャノンには、彼に伝えなければならないことがあった。
「えぇと、その……助けていただき、ありがとうございまひゅ!」
あまり人と会話をしてこなかった弊害が、シャノンの言葉を少し可愛らしくしてしまった。
シャノンは、そんな自分への自己嫌悪に苛まれていたが、それでも、男にはなんとか伝わったらしい。
「俺が助けたくて助けたんだ。礼を言われるようなことじゃない」
まったく嫌味を感じさせない、彼の態度にシャノンは好感を抱いた。
「あの…お名前を伺っても?」
次はなんとか、普通に話すことに成功したようだ。
「カインだ。カイン=アーハイト」
そう、シャノンの命を救ったのはカインだった。
「なぜ、私を?」
「ギルドの要請は受けたが、落ちていくお前を見かけたのは偶然だった」
カインはギルドを後にし、すぐにギエナ山の中腹に向かうところだった。
急ぐため、城門を超えたときのように、高跳びをしつつ行こうとしたところで、イクスに声をかけられた。
(おい、カイン。この距離をそんなんで移動してたら、随分と時間がかかっちまうぞ? 飛んで行け)
(……あ、あぁ……そうだな。飛んでいったほうが速いよな……)
なんとも微妙な返事だが、カインが乗り気でないことには理由がある。
それはカインらしくはないが、人としては納得できそうな理由だ。
想像してみて欲しい。
人がこの晴れ渡った青空を、金色の翼で飛んでいく光景。
見方を変えれば、格好良いかもしれない。しかし、そういう問題ではない。
目立ちすぎる。
あまりにも目立つ。しかも、金色なだけあって、陽の光を反射して、激しく煌めくのだ。
これはいくらカインといえど、多少は気にしてしまう。
そんな曖昧な返答をしたカインに、イクスは呆れていた。
(まさか、目立ちたくないとか、考えてるんじゃないだろうな? もう考える必要ないと思うぞ。お前は生きてるだけで目立つんだ。そんなことを考えるだけ無駄だ)
(そうだな。まったくだ。今更……だ。今までも散々、立ち寄った村や町で目立ってきたんだからな…………他のやり方はなかったんだろうか?)
(ないな。そもそもオレたち二人の旅で、それほどの知恵を必要としていないのもある。単に応用が利かないだけかもしれないがな。)
この一人と一頭は、少し考えた末に物事が複雑になりそうだと感じた場合、とりあえずやってみるという選択を採ることが多かった。
それでいいのかと思ってはいたが、カインもイクスもお互いの抑止力として機能しなかった。
(俺たちは考え足らずなところがあるからな。近いうちに、頭脳担当でも仲間に入れたほうが良さそうだ。仮に、賢くなくても、俺たちを引き留めてくれるだけで随分と行動が変わりそうだ)
(そうだな。さて、長くなったな。翼の準備をしろ)
(あぁ)
カインはイクスの魔力を使い、イクスの翼を顕現させていく。イクスの翼そのものでは、カインにとって大きすぎるため、少し魔力を調整していく。背中に光りが集まりだし、徐々に翼の形を成していく。
(思えば、久しぶりだな。お前の翼を使うのは。)
(単にお前が、ここぞというときにしか使わなかっただけだろう……用途としては、腐るほどあったというのに)
そんな短い心の会話をしているいるうちに、イクスの翼はカインの背中に顕現した。
眩いばかりの金色を周囲にまき散らし、陽の光を浴びて輝く。
カインは完成した翼を何度かバサバサと動かし、問題がないことを確認する。
(大丈夫そうだな。さて、行くか。姫様を助けに―――――――)
そして、カインは大空へと舞い上がった。
凄まじい速度でギエナ山へと向かう。
速度を上げれば、それに比例して風圧が増す。これに対し、カインは魔力障壁を展開することで防いでいた。つまり、翼と障壁の維持、二つの魔法を同時に発動しているのと同じだった。
ギルドで連絡を貰ってから冒険者たちが移動したとしても、おそらくギエナ山に到着するのは事後だろう。馬を飛ばしても、一時間ほどの位置にギエナ山はある。
一方、カインはというと……
(あれか?)
5分と経たずに、目的の馬車を捉えた。
(大群というだけあって凄い数だな)
イクスも珍しそうにワイバーンの大群を見ていた。
カインはすぐにワイバーンを蹴散らそうと、左手に魔力を溜めた。
しかし、その途中、馬車を巻き込む可能性に気付く。
(これは、さすがにまずいな)
などと葛藤していたとき、一頭のワイバーンが、姫様が乗る馬車の横っ腹に突撃した。
その一撃が致命打となったようで、馬車の側面部と車輪が破損してしまった。
(カイン、まずいぞ!)
(分かってる!)
すぐに駆けつけようとしたが、馬車から人が崖側へ放り出されたのを目にした。
(くそっ!)
カインはその人を追うように、急降下した。
だが、少しばかり届きそうにない距離だった。これ以上の速さを出せば、障壁が壊れ、風圧がカインの体をバラバラにするだろう。
(自分に魔法をかけるな! 相手にかけるんだ!)
イクスからの助言で、とっさにカインは落下していく人に対し、平らな障壁をその人の体の下に貼り付けた。
障壁で落下を受け止めれば、普通に落下したのと変わらなくなってしまう。そのため、障壁をその人の体に触れるように展開した。
これで風の抵抗が大きくなり、落下の速さが落ちるとカインは考えた。
(どうだ!)
その人の体は、カインから見て少し浮き上がってきた。急いで、膝の裏と胴に手を添え抱えた。
(あぁ……なんとかなった。イクスお手柄だ)
(オレが頭脳担当でもいいかもしれねぇな)
(まぁ、それでも構わんさ。ところで、夢中で気付かなかったが、この豪華なドレスを見るに、この人は姫様なんじゃないか?)
どう見ても、姫にしか見えないのだが……。
ところが、カインはおそらく姫だと思われる人物に対し、とんだ無礼をはたらいていた。
(ん? 柔らかい感触が……)
助ける際に、胴に手を添えたのは問題なかったが、少し上すぎたらしく。
カインの右手は、豊満な胸を鷲掴みにしていた。
年はカインより少し若いだろうか。綺麗な金髪のストレート、引き締まったウェスト、あまり女に興味のないカインでも目が吸い寄せられてしまう。そして、何より……この胸である。
この年で、このサイズは中々いないだろう。
カインがそんな不埒なことを考えていると、彼女は目を覚ました。
もう少しでいいからこのままでいたかった……、とカインは名残おしそうに右手の位置を下げるのだった――――――――