剣闘大会と謎の来訪者
カインとシャノンが見つけたポスターにはこう書かれていた。
『剣闘大会開催! 我こそはと云う者は剣を手に賞金を勝ち取れ!』
この賞金こそが、二人の目的だった。
「そうか、もうそんな季節なんだね。開催は二日後じゃん」
そのポスターを見たレイラはぼそりと呟いた。
「この大会はヴォルカノフでは有名なのか?」
「結構ね。ヴォルカノフの周りの国や街の冒険者達がこの季節になるとやってくるのさ。中には、まさに歴戦の戦士っていうおじさんもいるし」
「へぇ、強い人がたくさん来るんだ」
シャノンはまるで他人事だ。考えるまでもなく、大会に出るのはカインに決まっているからなのだが。
「この大会は剣闘大会だから、魔法は禁止なんだよ。単純に剣の腕と、腕っ節の強さがものをいうから番狂わせ的なものはあんまりないんだ。だから――」
そう言いながらレイラはカインのほうを見た。
「カインが神竜の力を使わないでどこまで戦えるのか楽しみだな」
「なるほど、そういうことか」
レイラの疑惑の視線を向けられても、カインは動じなかった。
「そういえば私もカインが剣術だけ使ってるところは見たことないかも」
ここにいる全員はシャノンの発言に同意するように首を振っていた。
「まぁ、期待はしないでくれ。皆の言うように、俺は剣だけで戦うことはほとんどない。普段使う剣だってイクスの魔力で生成したものだ。普通の剣を使っているとは言えない」
イクスの魔力で生成された剣は言わば『神剣』と言っていいほどの力を有する。カインが通常の剣を使った場合、いつも通りの戦いはできないと思われても仕方なかった。
「この賞金さえ手に入れれば、今回の問題は解決だ。それなら、俺はできる限りの力を尽くすだけだ」
賞金の額は金貨1000枚だ。優勝すれば、レイラの父に契約金を払っても半分がおつりとして返ってくる。それだけあれば、これからの旅も安泰になる。
「この中だと、この大会に出て優勝できるのはカインだけだもんね。なら、私たちは心を込めて応援するとしようか」
三人はカインの大会での様子を予想しながら、歓談に花を咲かせた。
今後の予定が決まったところで、レイラを除く三人は『油亭』へと引き上げた。無論、レイラは実家へと帰宅した。
一旦部屋へと戻ったカインは、ヴォルカノフを出た近くの森に移動していた。日はもうすでに沈んでおり、近くを照らすのは月の光のみだった。
(俺の剣以外を握ったのは久しぶりなんじゃねぇか?)
(そうだな……師匠の元を離れてからはお前に頼りきりだったからな。たまにはこういうのも悪くない)
カインは手に握った鉄製の剣を上下左右に振るう。
剣闘大会で使用を許されているのは大会側で用意された剣のみだ。そのため、試しにヴォルカノフの武器屋で剣を購入し、ある程度慣れるために素振りをしていた。
(なんだか……軽いな。お前の剣のほうが重いんだが、それはそれでしっくりくる)
(そりゃそうだぜ。お前と俺の魔力を混合して生成してる剣だからな。自然と手に馴染むんだろうぜ)
(なるほど。この鉄製の剣だと、軽すぎて威力に不安が出てくるな)
続けて素振りを行う。次は連続で切りつけたが、カインの違和感は強まった。
(こればかりは仕方ないか……握っていればそのうち慣れるか)
「そんなにちぐはぐな動きで大丈夫かのう?」
そんな声がカインの頭上から響いたが、カインにはそいつの気配を捉えることが出来なかった。
「誰だ?」
カインは声のする方を振り返った。木の上に悠々と腰かけていたのは魔族だ。
頭には角があり、背中には黒い一対の翼があるのが特徴的だった。
「ある程度は気付いてるんじゃろう? お前さんが馬車に乗っていた時から観察していた、と言えば分かりやすいかのう?」
「そうか、あの気配の正体がお前だったのか。それで、俺に何か用か?」
まるで興味なさそうにカインは素振りに戻った。
「なぁに、お主の体に興味があるだけじゃ。だから――ちと、止まっていてくれ」
彼女の妖艶な言葉が静かな森に木霊するすると同時に、カインの動きが止まった。
「大人しく止められてやったぞ。で、何がしたい?」
「強がりな奴じゃのう? お主はもう動けんだろうに」
カインの体はまるで金縛りにあったかのように身動き一つできなくなっていた。それがどういった原理であるのかはまったく掴めなかった。
「それはお前の行動次第だ。やろうと思えばできるかもしれないぞ?」
カインの言葉が本当であるか、彼女には知る余地などない。だから、彼女はカインの言葉を真に受けなかった。
「まぁ、良い。わしはわしのやりたいようにするだけじゃ」
そう言って、彼女はカインの元にやってくると体をすり寄せた。