ヴォルカノフにて
「見えてきた。あれが機械都市ヴォルカノフだよ」
夜道を長いこと駆け抜けた馬車は、翌日の昼頃、ようやくヴォルカノフが見えるところまでやってきた。
「おぉ、なんか市壁に穴がたくさんあいてるけど、あれ何?」
シャノンの言うとおり、ヴォルカノフを覆う堅牢そうな市壁には多数の穴が開いている。まだ距離が開いているにも関わらず、目視で確認できるということは結構な大きさだ。
「あれはね、大型の大砲を使うための穴なんだよ。魔物がこの都市に近寄ってきたときは、あそこの穴から大砲が火を噴くってワケ」
自国のことを自慢できるのが嬉しいのだろう。レイラは自信たっぷりにヴォルカノフの説明を続ける。
「中に入ったら、もっと凄いよ。他国じゃな見られない物ばかりだと思う。あぁ~でも、初めての人には少しキツイかな」
「キツイって、何がだ?」
「まぁ~入ってみれば分かるから。それまで楽しみは取っておこうよ」
キツイなどという表現をされて楽しみも何もあったものではないが、中の様子にはカインも興味があった。
馬車がヴォルカノフの付近までやってきたが、簡単に入ることはできなそうだった。
というのは、市壁の中に入る道には大きな馬車の列があったのだ。
それらには鉄や銅などの金属や鎧などの製品が載せられており、様々な国からの輸入物資のようだった。
これらの物資の搬入確認のために、おそらく列ができているのだろう。
「これはまた随分な長蛇の列だな」
この列を見るに、ヴォルカノフの盛況さが窺える。
「街から出るのは大したことないけど、中に入るのは苦労するんだよね。ヴォルカノフに輸入される金属の量によって、鎧や剣なんかの値段が決まったりするから適当なことはできないんだってさ」
剣や鎧を作るのには原価があり、その国で販売される適正な価格がある。そこに密輸のような形で金属が流入すれば、製品の値崩れが起きるのは言うまでもない。
「仕方ないですね。しばらく待ちましょう」
アイラも退屈そうではあったが、この行列を見てはやりようがないと思ったようだ。
それからしばらくして、やっとカインたちが乗る馬車が市壁の入り口にたどり着いた。
「馬車の中身を検めさせてもらっていいだろうか?」
馬車の近くにやってきた衛兵が、御者に検閲の確認をとる。
「えぇ、構いません。といっても、もうあまり入ってない酒樽に少しの食料しかありませんがね」
衛兵が後馬車の後ろに回り、荷物を一つ一つ確認していく。
「問題ない。入ってくれ」
「お仕事お疲れ様です」
御者は忙しそうな衛兵に労いの言葉を掛け、馬車をヴォルカノフの中に進めていく。
大きな市壁の向こう側へと入っていくと、そこは別世界のようだった。
まずは建物が異質だ。ほとんどが鍛造や鋳造を行っているためか、その排気のために大きな煙突が設けられている。
さらに、火薬を使ったときのような独特の酸味のある臭いが鼻をつく。
「これは、結構鼻にくるね……」
シャノンはこの街に漂う独特の臭いが堪えているようで、鼻を摘んで臭いを遮断しようと藻掻いていた。
「やっぱりキツイ? 私は生まれも育ちもここだから、なんてことないんだけどね。カインは大丈夫なの?」
「ん? あぁ、別にこれくらいは大丈夫だ」
多数の魔物を千切っては投げてきたカインからすれば、火薬の臭いなどたいしたことはない。
「えぇ~本当ですか。私もこれはキツイですよ」
変な奴でも見るような目でアイラがカインを見ていた。
「そりゃ、森の奥深くで生活するエルフにはキツイだろう。エルフの里ほど空気の澄んだ場所はないだろうしな」
口々にヴォルカノフの感想が語られる中、御者から声が掛かった。
「皆さん、どうやら馬車はここまでのようです」
馬車の外を見やれば、屈強な男達が手押し車などを用いて、ずっしりと重そうな金属を次々に目的地に運搬していくのが目に映る。
大きな都市とはいえ、大通りを馬車を引き連れて歩くことはできないようだ。
「分かった。ここまでご苦労だった」
御者の目の回りにはくまが見てとれ、眠気も一潮だろう。
「いえいえ、あなた方の旅の無事をお祈りしていますよ」
簡単に別れの挨拶を交わし、カインたちは馬車を降りた。
そして、馬車は皆を降ろした後に反転し、来た道を引き返し始めたのだった。
「それで、この後はどうするの?」
ヴォルカノフの街道を歩きながら、シャノンが問いかける。
「とりあえず、宿だな。寝床を確保しないと身動きがとれない」
それに、今晩はゆっくり体を休めなければ、いつ体を壊すかわからない。女性陣には十分な休養が必要だろう。
「宿なら私が探してあげるよ!」
「どこかいい宿でもあるのか?」
「うん。割りと――というか、ヴォルカノフじゃ知らない人はいないくらい」
知らない人がいない、というのは良い意味だろうか。少しだけ不安を感じないでもない。
「レイラが言うならそこでいいんじゃないかしら。お金は父様から貰って来ているから問題ないわ」
話を聞くと、シャノンが城を出るときに王から金一封とは名ばかりの、金貨の詰め合わせを貰ったらしい。
「やはり親だな。娘のためなら金に糸目はつけないようだ……」
「ですね……」
金貨の詰まった袋をアイラとともに呆然と眺めていた。
「さすがお姫様だね……。よし、それじゃ行くよ~」
カインたちは宿を求め、勝手知ったる街をずんずんと進んでいくレイラの後を追った。
街の通りを少し進むと、通りに面したところに立派な洋館が見えてきた。
「レイラ、あの建物は何なんだ?」
カインは洋館を指差し、レイラに尋ねる。
「ふっふ~ん。なんと……あれが今晩の皆さんの宿である『油亭』でございます!」
じゃじゃ~ん、という効果音が流れてきそうな手振りで紹介された。
「『油亭』? なんで油なの? こんなに綺麗なお屋敷なのに」
まったくその通りで、少しばかり年季が入ってはいるが特に汚れなんかは見当たらない。
「いや、さすがにこの建物が油で汚れてるってことはないよ……。この『油』は機械に使う潤滑油からとったらしいよ。皆さんの旅が円滑にいきますようにっていう意味があるみたい。マニアックすぎてちょっと引くけどね……」
名前はともかく、これだけ立派な建物なら言うことは何もない。
カインたちは早速レイラの案内で『油亭』の中に入った。
「へぇ~、中も外と同様に立派ですね」
宿の中は十分な広さがあり、テーブルや椅子などが並べられていた。夜になれば、仕事を終えた男たちが酒を酌み交わして盛り上がるのだろう。
綺麗な調度品を眺めながら奥に向かうと、カウンターにいる恰幅の良い女性に声を掛けられた。
「おや、レイラじゃないかい。しばらく見ないと思ったら、どこで何してたんだい?」
話しかけられたレイラは、少しばかり答えにくそうにしていた。
「えぇ~と……別に大したことじゃないよ? ただ忙しくてここに来られなかっただけだよ」
そんなはっきりしない答えを聞いた女性は、ニヤリとした笑み浮かべレイラを見つめる。
「ははぁ~ん。また、勝手に外に出たんだね? あんまり家族に心配かけるんじゃないよ」
「……は、はい」
どうやら、今回は家族に内緒の旅だったようだ。しかも、『また』とくれば何度か繰り返しているのだろう。
レイラとの会話に一段落ついたようで、女性はカインたちに目を向けた。
「それで、後ろのお客さんたちは? レイラの連れなんだろう?」
「あ、そうそう。宿を探してるって言うから、ここを紹介したんだよ」
「何日滞在するか分からないが、よろしく頼む」
カインがカウンターに歩み寄り、女性と握手を交わす。
「あいよ。あたしはここの店主のダリアだ、よろしく。早速だけど、部屋はどうするんだい? 三部屋にしとこうか?」
後ろの二人にも目を向けて、ダリアが無難な提案をした。
「あぁ、それで――」
カインが『問題ない』と続けようとしたところに、横やりが入った。とびっきりの横やりが。
「二部屋で!!」
カインはシャノンに思い切りド突かれ、横に追いやられてしまった。
「大変だね」
「大変ですね」
アイラとレイラはその様子を見て、カインの今後を心配するのだった。