目前に迫ったヴォルカノフ
カインが何者かの視線を感じている中、馬車は森を抜け、辺り一面を見渡せる草原に出た。
この近辺はヴォルカノフの直轄領ではないが、製品の輸送や実験などで広大な土地が必要となることがあるようで、このように森を切り開いているらしい。
「ここからはヴォルカノフまで一直線です。もしお急ぎでしたら、ここから一晩走り続ければヴォルカノフに着きますが、どうしますか?」
御者が馬車に乗っている皆を見回しながら聞いてきた。
まったく背後から声が聞こえてこないことを不思議に思ったのだろう。
そして、この提案は御者の配慮でもあった。
今回は五日に及ぶ長旅だ。旅に慣れていないシャノンは疲労が蓄積していることもあり得る。
アイラもあまりエルフの里から出ることはないだろうから、シャノンと似たようなものだ。
なるべく急いでヴォルカノフに向かったほうがいいだろう。
「皆疲れているかもしれない。もし可能であれば頼む」
いくら御者とはいえ、一晩中手綱を握るのはしんどいかもしれない。
「いえいえ、私はそれが仕事ですので問題ありませんよ。そうですね~、おそらく明日の昼くらいには着くと思います」
「ありがとう。良い御者に巡り合った」
カインの感謝の言葉に御者は一礼して前に向き直った。
それから、馬車は草原をひた走る。
カインを除く皆はまだ眠りこけているからいいのだが、カイン自信は退屈だった。
周囲を見回すものの、辺り一面に背の低い草が生えているだけで見応えも何もない。
無論、女連中にいたずらなどするはずもない。後で男一人の晒し首が待ち受けているだけだ。
では、皆と同じように寝るのかと言うと、そういうわけにもいかない。
辺りは草原で遮蔽物などないが、いつ何があるか分からない。カインだけでも起きている必要がある。
それに、視線のこともあるのだ。おちおち寝てなどいられない。
(暇だ。相手をしろイクス)
ならば、話し相手をつくる他ない。
(あぁ? 俺も眠いんだが……)
(後で寝ろ。俺は寝られないんだ。何か話のタネはないのか?)
(横暴なご主人様だねぇ~)
などと言いつつ、しっかり受け答えをしてくれるイクスは良い奴であるが、カインを主だと思ったことなどないだろうに。
(ん~。じゃ、あの銃について話してみるか。なんだかんだ気になってるだろ?)
イクスの言葉に、カインの視線はレイラの腰に納められた銃に向けられる。
(まぁ、気にはなるが……何を話すんだ?)
(何って……お前の意見だよ。銃がまだ輸出されてない現状から、お前はどうするつもりなんだよ)
カインはしばし考え込んだ。
(そうだな。まず、俺が懸念しているのは銃の人間対する危険性だ。レイラとも話したが、もし銃が大国に渡り戦争に使われた場合、死傷者の増加は目に見えている。敗走兵などいようものなら、逃げていくやつらは背後から撃たれて即死だ)
(つまり、カインとしては輸出には反対ってことか?)
(ひとまずな。俺としては、街を魔物から守るものとして銃の機構を利用した物が望ましい)
何もかもを満たし、人間が安全に身を守れる物などそうそうない。しかし、世の中に出てきた物は生まれるべくして生まれた物なのかもしれない。
(まぁ、人間を守る武器が人間を殺してちゃ世話ねぇ)
レイラの父親がどういう意図で銃を開発したのかは分からないが、レイラ曰く、カインと同じことを考えているあたり、利益を最優先にしたものではないことは明白だ。
(ヴォルカノフに着いたら、レイラの父親と話すことが第一の目的だな)
(そうだな。人間の今後を左右してしまうほどの問題だろうしな)
あまり深刻な話をするつもりはなかったのだが、思いの外話題の選択がしっかりし過ぎていたようだ。
(それで、他の話題はないのか。 真面目すぎて疲れる話題はやめてくれよ?)
皆が眠る中、一人起きているのも中々に退屈が過ぎるのか、カインは考えることが億劫になっていた。
(またかよ……はぁ……ん~……おっ、一つ訊いてみたいことがあったんだが、いいか?)
(内容によるが、言ってみろ)
とりあえず、カインは聞いてから判断することにした。
(シャノンと婚約したのはいいが、いつ結婚するつもりだ?)
(…………)
カインは思った。イクスは間違いなく自分たち二人の関係を面白がっているのだと。
その証拠に、イクスの目が馬鹿にしたような細い目になっている。
(分からん)
(そんなんでいいのかよ? 人生の節目だぞ)
(竜のお前に『人生』について語られたくないな)
(別にいいだろ、俺はお前が小さいときから一緒にいるんだぜ?)
それは事実だが、親のように振る舞われるのは納得がいかない。
(一緒にいただけだろう。そうだな、飯でも作ってくれたのなら話は別だったな)
(飯って……そりゃ無理だろ……)
イクスが飯を作る光景。それは非常に――。
(面白いな)
(…………)
イクスは馬鹿な会話に疲れたのか、カインの意識からすぅっと消えていった。
(おい、勝手にいなくなるなよ。ここからがいいところだろ?)
カインの声は虚しくもイクスには届かず、寂しくも草原ばかりの風景を眺めるしかないのだった。
カインが長いこと草原を見つめたり、考え事をしていると日が傾いてきた。
すると、眠っていた――いや、眠らされていたレイラが目を覚ました。
まだボケているのか目が虚ろだ。何度か手の甲で目擦り、目の焦点を合わせようとしているようだ。
それを見ていると、猫が毛づくろいをしているように見える。
レイラの歳は16だ。年齢的には決して少女とは言えないかもしれないが、身長が如何せん低い。それが歳を若く見せていた。
しばらくそうしていたレイラだが、やっとカインの顔に焦点が合ったようだ。
「……あれ? いつの間に寝て……ん? お尻が柔らかい」
カインと視線を合わせたが、体に違和感を感じている様子。
そして、レイラは背後を振り返る。
「は? 何でシャノンに抱えられて……」
どうやら記憶が混濁しているようだ。だが、目を閉じてしばし考え、やがてレイラの目がカッと見開かれる。
「そうだ! シャノンに抱きしめられて、胸で圧殺されるところだったんだ……よね?」
ようやく疑問が晴れたのか、カインに正解を確認する。
「思い出したか。これで記憶がないとか言われたら、こっちはどうしたらいいか頭を抱えるところだったぞ」
今回の事だけ忘れているのなら構わないが、レイラにとって何か重要なことを忘れていたら手の施しようがなかった。
「……凶悪過ぎじゃない、この胸」
そう言いながら、シャノンの胸に片手を伸ばし数回揉むレイラ。
「うわぁ~手が沈む……こりゃエルフも変態に成り果てるね。納得だよ」
「何が納得だよ」
カインが少し咎めるると、レイラはあっさりと手を引いた。
「いや、正体の確認をしようかと」
「正体?」
なんのことかさっぱりだが、レイラは続けた。
「ボールでも入っているのでは……的な?」
「で、結果は?」
アホの会話だった。
「マジもんでした」
「そうかい……」
なぜか自分を気絶させた物の正体を掴み(予期せぬダブルミーニング)キリッとした表情のレイラだった。
「あらら、いつの間にか日が落ちそうになってるよ。もうそろそろ野営だね」
レイラはシャノンの膝の上からヒョイと飛び降り、日が落ちかけている草原に顔を向ける。
「いや、このまま夜道を走って、明日にはヴォルカノフに入るつもりだ」
「何か急ぐ理由でもあるの?」
「皆が疲弊してるのを感じてな、御者が提案してくれたんだ」
「あ~、皆まだ寝てるもんね。そのほうがいいかも」
特に反対されることもなく、レイラはあっさりと賛成した。
そして、馬車は夜道を駆けることとなったのだった――。