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神竜の契約者  作者: Mint
第三章
36/41

視線

 カイン達はそのまま馬車の近くで一夜を明かし、翌朝に旅立った。


 その日は日差しが暖かく馬車の進みも順調だ。徐々に木々の間隔が広がっていくのを感じる。この深い森を抜けるのはもう少しかもしれない。


 一方、道程が順調なこととは裏腹に、馬車に乗った四人は特にやることがないため、雑談に興じていた。



「こんなに大勢で旅をしてたら楽しいよね」


 同じ馬車に乗ったレイラが、感慨深そうに口にした。


「そうだな。確かに一人旅は少しばかり寂しいかもしれないな」


 カインは自分が一人旅をしていたときのことを思い出す。それほど長い旅ではなかったが、アランと別れるのは親元を離れる感覚に似ていて、なんとも言えない寂寥を感じたものだ。


「だよね。それにお姫様の彼女持ちになっちゃったカインは、もう一人旅なんかできそうもないよね?」


 レイラの言葉はカインに対してのものだったが、視線は隣に座るシャノンへと向けられ、ちょっとした悪意を感じざるを得ない。


 こんな些細な戯言だが、カインの隣に腰掛けるシャノンには効果覿面で顔を赤く染め俯いていた。


「できないな。それは断言しよう」

「お熱いことで~~」


 冷やかし混じりのレイラの発言だが、カインには通用するはずもない。しかし、この話題を続ければ、カインが大丈夫であってもシャノンが茹で上がってしまうことは自明なので、話題をすり替えることにした。


「そんなことより、昨日は聞きそびれたが、レイラはここで何をしていたんだ?」

「ん~、大したことじゃないよ。ここらへんに魔物がいないか見に来ただけ」

「徒歩でですか? ヴォルカノフからは結構な距離ですけど……」


 レイラの答えに疑問を抱いたのか、アイラが問いかける。


「うん……ちょっと遠くに行きたくて」


 要領を得ない答えだが、レイラが嘘を吐いているようには見えなかった。

 

「遠くに?」

「そう、遠くに」

「何か理由でもあるのか?」


 ただ遠くに行きたいならば、ヴォルカノフで馬でも調達するなりの準備をしてから行けばいい。しかし、レイラは馬も連れていなかった。


「なんていうのかな……ずっと同じところにいるとウズウズしてくるっていうか、自分探しの旅……みたいな」


 自信がなさそうにレイラは語った。


「自分探しの旅か……で、何か見つかったのか?」


 16の若い娘が自分探しとは中々面白いが、食料難に陥るほどだ。旅慣れてはいないだろう。そんな慣れない旅で得たものがあるならば是非聞いてみたかった。


「な~にも、強いて言うならカイン達に会えたかな」


 そんなレイラの言葉を聞き、レイラを除く三人は顔を合わせ、それから笑い合う。


「な、なに……急にみんなで笑い出して……」


 三人の反応に戸惑いを隠せないレイラ。


「ふふっ、可愛いな~と思ってね」


 シャノンは対面に座るレイラのほうに移動し、ぎゅっと抱きついた。


「ちょっと、やめてよシャノン、く……苦しいって……ば」


 レイラはシャノンよりも身長が低い。よって、シャノンに抱きしめられれば、レイラの顔は自然とシャノンの胸に圧迫される。


 しかし、レイラの可愛さのあまりに抱きついたシャノンはそれに気付かない。


 やがて、ジタバタと暴れるレイラの勢いが徐々に衰え、間もなく消沈した。


「…………」

「あれ、レイラ?」


 消沈した後にシャノンはレイラの異変に気づくが……遅かった。


「レイラなら、お前の胸に押しつぶされて窒息したぞ?」

「えぇ、ジタバタと藻掻いた後に消沈しました」


 顔に冷や汗を浮かべるシャノンに対し、二人は冷静に事態を説明する。


「えぇ!? なんで教えてくれなかったんですか!」


 なぜか驚きこちらを責めるシャノンに、カインは正直に理由を述べることにした。


「仲が良いなと思ってな」

「はい?」


 まさか本当に胸で相手を窒息死させることができるとは、カインは思っていない。少しすれば、レイラも目覚めるだろう。ただ、意識を失うほどだったのは予想外だったが……。


「俺とはあんな風に接するとことはないし、アイラに至っては例外だろう。だから、やっぱり新鮮に見えた」


 カインの言葉がシャノンには意外だった。もしかして、自分にもこんなふうに屈託なく接して欲しいと思ってるのかと考えてしまった。


「そう……かもしれませんね。アイラは例外ですが。ところで、その言い方だともっと砕けて接して欲しいってことですか?」


「あの、人を例外例外って何なんですか?」


 アイラの抗議は虚しくも二人には全く届かない。


「まぁ……俺とだけそんなに丁寧な会話をされても、少し対応に困る。できればそうして欲しい」


 婚約だ何だとシャノンとは色々あるが、カインへの対応は凄く丁寧であまり親しさを感じられるものではなかった。これからもそれが続くとなれば、息が詰まるとは言いすぎだが、堅苦しくなってしまうのは避けられないだろう。


「いいでしょ――じゃなくて、分かったわ。カインが望むのなら私は構わないもの。それで……あの、レイラは大丈夫かしら? 自分でやったこととはいえ、かなり心配なのだけど……」


 この瞬間は二人にとって大きな転機なのかもしれないが、グッタリとくたばっているレイラが心配のようだ。


「心配するな、そのうち目が覚めるだろう」


「そう、良かったわ!」


 カインの返答に嬉しそうな表情を浮かべたシャノンは、ぐったりとしているレイラを自分の膝の上に置き、背後から優しく抱きしめていた。


 それを見ていると気分も穏やかになる……はずがない。なにしろ、抱きしめているのは気絶中の人間だ。


 本当なら、レイラをそっとしておくように言い含めるところだろう。しかし、レイラを抱きしめて幸せそうにしているシャノンを見れば、レイラを犠牲にするのもワケない。


 ということで、二人をそっとしておくことを決めたカインだった。





 それから、馬車は何事もなく順調に進んでいた。


 シャノンは気絶中のレイラを抱きしめながら、安らかな寝息を立てながら眠っている。そして、珍しくアイラも同様に眠っていた。


 それは馬車の中でもっとも元気だったレイラが気絶したことが大きな要因となったのだろう。実際、レイラが健在であったなら、馬車の中で会話が途絶えることはなかったに違いない。


 そして、カインは一人になり、腕を組みながら考えていた。


(やはり、俺の気の所為ではないな。どこからかは分からないが誰かに見られている)

(オレも感じるな。それも敵意じゃない。オレたちの様子をじっと観察しているだけだ。だが――)


 イクスの言わんとしていることはカインも理解している。


 漏れ出ているのだ。

 何というのが正しいのかは分からないが、圧力とでも言えばいいだろうか。


 カインの体に重くのしかかるようにそれが負荷をかけてくる。


 敵意がないことは分かっている。しかし、相手の無意識に放たれている『圧力』は本物だ。


(どうする? こっちから出向くか?)


 イクスも我慢しかねるといった風だ。しかし、カインは首を縦には振らなかった。


(いや、そういう類のものじゃないんだろう。俺たちが近づけば相手もすぐに離れていく気がしてならない。それなら、相手が俺たちに近寄るのを待ち、詳しく問いただすべきだろう)


 もちろん、それには危険が付き纏うことになるかもしれないが、相手が自分たちを襲うことはないと思っていた。


 なぜなら、『初日から』相手はずっとこちらを見ているのだから。チャンスなどいくらでもあったはずだ。


 もう間違いないだろう。


 初日に感じたあの感覚。それは今感じている圧力とよく似ている。


 だが、その正体を明らかにするのは今ではない。相手の動きを待ち、こちらは冷静に対処しなくてはならないのだ。少しでも相手の力量を知らなけば、カインと言えどダルキアンのときのようになりかねない。


 ならば、待つ。


 カインにできることはただそれだけだった――。

 



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