出発二日目⑥
全員が馬車に集まったところで、たき火をしようということになった。
たき火はの用意にはそんなに時間はかからない。カインが枯れ木を集めてきてから、それらを適当に重ねて魔法で火を付ければ完成だ。
さっそく、みんなでたき火を囲む。シャノンを除いてだが……。
「なぁ、シャノン……そんなに落ち込むなよ。相手はエルフだぞ? 仕方ないじゃないか」
馬車の隅っこにいるいじけたシャノンに声をかけるが、ぼそぼそとした声しか返ってこない。
「どうせ、私なんて運動もろくにできないお姫様ですよ……だいたい、なんで胸なんか揉んでくるのよ、あのド変態エルフは……。絶対に仕返ししてやる……」
あまり刺激しないほうが良さそうな感じだ。
「シャノンも案外、根に持つタイプなんだね……」
「恨んでるとかじゃないんだろうけどな。負けたくないんだろ……あの変態エルフには」
変態エルフは、すました顔で干し肉を食べていた。
「さっきから変態変態って、そんなに私が変態に見えますか?」
「見えるよ」
「見えるな」
声を揃えて、アイラを変態呼ばわりした。
同性の胸を揉む奴が変態でなくてなんだというのだ。
「たしかに、少しやりすぎましたけど……でも、しょうがないですよ! 触りたくなっちゃうんですから!」
徐々にアイラから距離を取る二人。
「さすがにヤバいんじゃないかな、アイラ……」
「それは……さすがに俺も弁護できないぞ」
別に、触りたいと思うのは悪くないとカインは思う。しかし、それを実行するようでは変態としか思えない。
ようは、アイラの自制心がしっかりしていれば、このようなことは起こりようがないのだ。
「私だって変だと思うんですけど……どうにかなりませんか?」
「そんなこと言われても、我慢しろとしか言いようがないんだけど……」
レイラの答えはもっともだ。我慢しろというのが正しい。
「俺もそれくらいしか助言できないな。まずは我慢から始めたらどうだ?」
なぜ、こんなことで話し合っているのかと、この場の誰もが思っていた。
その時――――。
ガタガタガタガタッ!!
カインたちが通った道の方角から、馬車が走る音が響いてくる。それも、かなりの速さだ。
「なにかあったのかな?」
レイラも気になったようで、カインと同じ方向を見ていた。
「俺が見てくる、お前たちはここにいろ。あと、馬車でいじけてるシャノンをなんとかしてくれ……」
「あぁ、うん……頑張ってみるよ」
「私も反省しなくてはなりませんね……」
ここにいる全員が、シャノンをなんとかするほうが重要だと思っているらしい。
カインは二人の返事を聞いて、とりあえず夜空に飛び立った。
空に舞い上がったカインは、なるべく視界に捉えやすいように低空飛行で、音の発生源を探す。
(あっちか……)
(しっかし、この視界の利かない中、これだけの速さで馬車を走らせるなんてな)
(俺の予想だが、何かに追われているはずだ。でなければ、こんな森の中を夜中に走るはずがない)
やがて、音の発生源を捉えた。音は一つではなく複数のようだ。音がいくつも連なって聞こえてくる。
それをカインは追いかけていく。
(あれだな)
カインの前方には、馬に跨った人間が五人ほどいた。その前方には、豪華とまではいかないが、しっかりと装飾が施された馬車が走っている。
(どうやら、後ろにいるのは盗賊で、あの馬車に積まれている食糧か何かを狙っているんだろ)
(また人間かよ)
これだけ深い森だ。盗賊団の一つや二つはあるだろう。
カインは盗賊の進路上に立ちふさがった。
「おい、てめぇ! 邪魔だ! 轢き殺されてぇのか!」
それでも、カインは退く気配もない。
「お前らの好きにしたらどうだ?」
「なら、勝手に死ねよ!!」
盗賊たちの馬がカインへと迫る。
そして、馬と当たりそうになった瞬間、カインは左手を地面に着け、魔法を発動する。
「そう簡単には死なないけどな」
カインの左手を着けた部分の地面が盛り上がり、巨大な土壁が出現した。
「なんなんだよ、これ! 止まれーー! お前ら止まれ!!」
先頭を走る盗賊が、後続に停止するように大声を上げるが、当然、馬は急には止まれない。
次から次に馬が土壁に激突していく。
(一人一人、馬から叩き落としてやってもいいんだが、こっちのほうが楽だな。一回の魔法で済む)
(最近は疲れもあるだろうしな、魔力は節約していくほうが体には良い)
カインは最初から、盗賊たちを殺すつもりはない。足止めさえできればそれでいいのだ。全ての盗賊が激突したことを音で確認し、魔法を解いた。
これで終わりかと思ったが、盗賊たちは見た目通りにタフらしく、すぐに立ち上がってきた。
「てめぇ、よくもやってくれたな……。もしかして、ホーエンハイムの用心棒かなんかか?」
「ホーエンハイム? いや、知らないな」
なんとなくどこかの貴族っぽい名前だが、カインは聞いたことがなかった。
「まぁ、知ってても答えてくれるわけねぇか。お前ら、こいつ殺していいぞ」
おそらく盗賊のリーダーと思われる男が、手下に指示を出し、カインを取り囲む。
(おいおい、囲まれちまったぞ、カイン)
(だな、どうしようか)
盗賊を無力化するとなると、どうにか気絶させるのが最適だ。しかし、こうも囲まれてしまうと少しやりにくい。
もしやるなら魔法の多用による力技になってしまうため、効率が良くない。
カインが少し考えに耽っていると、背後からシミタ―を手にした一人が斬りかかる。
当然、カインは背後の動く気配に気づいていたが、避ける必要もなかった。
男のシミタ―を握る手は、なぜか凍っていたのだ。
「なんだよ……これ!! 痛ぇ! 肌が焼けてるみてぇだ!!」
急に凍結されたためだろう。盗賊の手首から上が凍っており、シミタ―を振り下ろせずにいた。
(これは……)
カインはどこからの魔法か確認するため、周囲に人影がないかを確認するが、何も見当たらない。
「おい、あれじゃねえか?」
盗賊の一人が空を指差している。カインもその方向に目を向けた。
そこには、月の光に照らされた大きな銀色の翼を羽ばたかせている人間がいた。
(あれは……シャノン……だよな?)
(そうだと思うが、なんかおかしくないか?)
銀色の翼と言えばシャノンしかいない。だが、容姿がどうもおかしいことに気付いた。
髪の色が銀色だったり、シャノンの背後でゆらゆらと揺れている物があったりと、謎が多い。
すると、シャノンらしき人間がカインのそばに降り立った。
「大丈夫ですか、カイン!」
カインの名前を呼ぶということはシャノンに間違いないようだ。
「お前、シャノンだよな?」
改めてカインは確認を取る。
「えぇ、そうですけど?」
カインはシャノンの容姿に度肝を抜かれていた。盗賊たちも同じように唖然としている。
それもそのはずだ。なにしろ、尻尾とか角とかが生えているのだから。
「こ、こいつは……化け物だーーー!!」
カインを取り囲んでいた盗賊たちは、シャノンの姿を化け物と認識し、脱兎のごとく逃げ出した。
「あっ! コラーーー!! 誰が化け物よーーー!!」
シャノンが盗賊たちを追いかけようとしたので、カインは腕を掴んで止めた。
「離してくださいよ! 今の私はイライラしてるんです!」
「そうカッカするなよ。相手が逃げてくれたのにわざわざ追うこともない。ところで、何でシャノンがここにいるんだ? 馬車にいたんじゃないのか?」
あれは結構凹んでいるようにカインには見えた。
「そうなんですけど、カインがどこかに行くのが馬車から見えたので、追いかけてきました」
「見えてたのか、しかし……その格好……凄いな」
カインはシャノンの格好に驚きを隠せない。
「私だって恥ずかしいですよ……。さっきだって、化け物とか言われてしまいましたし……」
どうやら少しばかり傷ついたようだ。
「化け物になんて見えないけどな、俺からしたら、すごく似合ってるように見える」
銀髪に銀色の立派な翼。夜に飛んでいれば、妖精か何かと間違えてしまうかもしれない。
それくらい、カインからすれば綺麗で美しく見えた。