出発二日目④
レイラにひたすら謝罪を続け、カインはなんとか許しを得ることができた。
シャノンにもカインの誠意を伝えることができ、あの恐ろしい声は鳴りを潜めた。しかし、アイラだけは別のようで、まだこちらを見てくれない。もう少し様子を見るしかないようだ。
カインはこの雰囲気を変えようと思い、レイラに質問をすることにした。
「なぜ、レイラはあんなところにいたんだ?」
「なんでって、恥ずかしいこと訊かないでよ……水浴びのためしかないじゃない」
やっぱり少し頭が弱い子なのだろうか。この状況で、あのときレイラが何をしていたかを質問するほど、カインは命知らずではない。
「そうじゃない……なんでこの森にいたのかってことだ。レイラくらいの若い女の子が一人で、こんな森の奥深くにいるのはおかしだろう」
やっと理解してくれたようで、両手をポンと打ち付ける仕草をした。
「あぁ~そっちか~、ごめんごめん。あたしはヴォルカノフに行く途中、ここで水浴びをしにきただけだよ」
可愛く『てへっ』なんて仕草を見せたが、カインにはろくに通じなかった。
「レイラもヴォルカノフに行くのね」
「ん? 『も』ってことは、あなたたちも?」
「あぁ、レイラと全く同じだ。俺たちもヴォルカノフに向かう途中にこの湖を見つけて、水浴びをしようということになったんだ」
「なんか、凄い偶然だね」
確かに凄い偶然だ。目的地が一緒である点、水浴びをしようと思った日時、そしてこの大きな湖でレイラとカインがばったり遭遇した点。しかも水浴び中という、なんとも悪いタイミング。
カインの土下座は成さなくてはならない運命だったのか、と思うほどの偶然が重なり続けていた。
「あのさ……目的地が同じってことは、もしかして食べ物とか持ってたりする?」
レイラがおずおずと質問する。
「もちろん持ってるわ。もしかして、分けて欲しいとか?」
レイラは首を激しく縦に振っていた。よほど食糧が欲しいと見える。
シャノンはカインに視線を送り、食糧に余裕があるかを確認したが、カインからは問題ないという視線が送られてきた。
「いいわよ。そうだ! 目的地は同じなのだから、どうせならレイラも一緒に来ない?」
カインとアイラは、シャノンの提案には驚きもしなかった。二人はなんとなくこうなることを予想していた。シャノンの性格は非常に分かりやすい。言い換えれば、単純なのだ。
そのシャノンの提案を受け入れていいのか分からないのか、レイラはカインとアイラに視線を送った。
「別に構わない。俺はレイラから聞きたいこともあるしな」
「私も構いませんよ。私たちのリーダーはシャノンですので」
別に名言していた訳ではないが、カインは自分がリーダーだと思っていた節があり、少し驚いていた。
「えっ……私がリーダーなんですか? てっきりカインだとばかり……」
「カインでは危険です。見境なく女性を襲い続けるかもしれません。ならば、この男の手綱を握ることが出来るあなたこそ相応しいに違いありません」
カインのことを、もはや変態か何かだと思っているようだ。
カインへの怒りはまだ収まってくれないらしい。しかし、あまりに長い気がする。レイラの許しはすでに得て、シャノンも落ち着いている。
ならば、何が原因なのだろうか。カインにはさっぱり分からない。
「俺はシャノンがリーダーで文句ないぞ」
カインからも了承をもらい、シャノンはいつの間にかリーダーになってしまった。
「本当に私でいいんですか?」
二人とも問題ないというように頷いた。
「俺でもシャノンでも大して変わらないだろう」
実際、シャノンもゼランの石を持っているのだから、どちらでもいいのは本当だ。
「では、改めて。レイラ、私たちと一緒に行きませんか?」
「行く!」
腹が減っていたレイラは即答した。
とはいえ、まずは水浴びを済ませなくはならない。シャノンたちも水浴びをしようとしたところで、レイラの銃声がカインのいる方向から鳴り響き、急いでカインの元に駆けつけたそうだ。
そのため、カインと女性陣で再度別れ、水浴びに向かった。レイラも途中でカインが来てしまったため、満足な水浴びが出来なかったと言い、シャノンたちに付いて行った。
(やっと落ち着いて水浴びができるな……)
カインは身に着けていた衣服を脱ぎ、湖へと入る。
それからしばらくして、湖の反対側から三人の声が聞こえてきた。
カインと別れた三人は、十分に距離をとってから水浴びの準備を始めたのだが、二人の視線がシャノンを悩ませていた。
「あの……二人とも胸を凝視するのやめてくれませんか。すごく恥ずかしいんですけど……」
シャノンは騎士服を脱ごうとしているのだが、レイラとアイラの視線が気になって中々脱げずにいた。
「だって、シャノンは私と、そんなに年は変わらないよね?」
「うん。私は18歳」
「あたしは16歳だけど、神様……差別しすぎじゃないかな。どうしたら、こんなに差が出るの? やっぱり、お姫さまだから食べる物が違うのかな」
レイラは自分の胸と比較して、シャノンの胸が羨ましいようだ。
「二歳も私のほうが上じゃない。食べ物はたしかに違うかもしれないけど、レイラもまだ成長期なんだから、まだ大きくなる余地はあると思うよ?」
「いやぁ~、さすがにこのサイズにはならないと思うよ」
シャノンとしては、胸が大きくて得をしたことなどない。強いて言うならば、カインを骨抜きにできることが最大のメリットだと感じていた。
「胸が大きくても良いことなんてないわよ? 体は常に重くて動きにくいし、それに男性からの視線が気になってしょうがないもの」
「そんなものかな~」
「そんなものよ。ほら、早く脱いで湖に入ろう?」
レイラの興味が退いていくのを確認したシャノンは、騎士服を脱ぎ始めた。上着を脱ぎ、その次にブラを外したところで、背後から影が迫ってきた。
「隙あり……」
その声が聞こえた頃にはもう手遅れだった。
「えっ……」
驚いたシャノンの背後にいたのは、シャノンの両胸を揉みしだくアイラだった。
「服の上からでも十分だったんですが、直接だと柔らかさが段違いですね」
「アイラさん……やめっ……や……め……」
シャノンが喘ぐ中、アイラは気にせずにむにゅむにゅと胸を揉む。
「ちょ、ちょっとアイラ! 何してるのよ!」
「何って、胸を揉んでますが?」
アイラはキリッとした表情で、動揺を隠せないレイラの質問に堂々と答えた。
「なんで揉んでるのよ……」
アイラの様子を見ると、質問する自分が馬鹿らしく思えてくる。
「別にやましいことをしている訳じゃありません。なにしろ、女性同士ですから」
「女性同士なら、なお……んっ……怪しいわよ!」
シャノンはなんとかアイラの魔の手から逃れることに成功した。
「あら、シャノンが私に敬語を使わないなんて珍しいですね?」
「勝手に人の胸を揉む人に、敬語なんて必要ないわよ!」
アイラから自分の胸を腕で隠したのだが、アイラには逆効果だった。
「シャノン……それだとアイラに逆効果だと思うよ?」
変態の様子を窺うと、なんだか勝手に恍惚な表情を浮かべていた。
「シャノンの寄せられた胸もいですね~」
その発言を聞いたシャノンは、アイラを敵と認識した。
「この変態エルフ! 馬車の中では、私たちが悪かったと思って我慢したけど、今回は許さないわよ!」
レイラですらアイラには若干引いていたが、なんとか場を治めようと仲介に入ることにした。
「ねぇアイラ、そろそろ謝ったら?」
レイラの予想とは裏腹に、アイラは素直に応じた。
「レイラの言う通りですね。少し調子に乗りすぎました。すいません、シャノン……。ですが、私は
あなたと、より仲良くなりたかったのです。カインと比べたら、まだ壁があるように感じていたので……」
アイラの言葉は本心なのか、シャノンに確かめる方法はなかったが、しかし心当たりはあった。どこかアイラにはよそよそしかったかもしれない。
「アイラがそんな風に思っていたなんて知らなかったわ……。私の方こそ、ごめんなさい。そんなつもりはなかったの……許してくれる?」
「もちろんですよ。これで私たちは親友ですね」
そして、アイラはシャノンにゆっくりと歩み寄り抱きしめた。シャノンも抵抗はせずに素直に受け入れた。
それは『親友の証』――――のはずだった。
むにゅ。
「やっぱり、何度でも揉みたくなりますね。とても気持ちがいいです」
アイラの抱きしめた右手は、シャノンの背中からゆっくりと離れ、胸を鷲掴みにしていた。
「こ、この……ド変態エルフがーーー!!」
シャノンの叫びは、カインのほうまで聞こえてきた。そして、それを聞いたカインの反応は、
(シャノンがアイラのことをあんな風に呼ぶとは……かなり仲が良くなったんだな)
という的外れなものだったが、アイラの方便が現実となったのだった。
それからもシャノンの叫びは何度も聞こえ、仲の良さをカインに伝えた。
「シャノン、そんなに走ると胸が大変なことになりますよ?」
「うるさい! あんたなんか氷漬けにしてやるわ!」
逃げるアイラを、シャノンが殺意を抱いて追いかけていた。
それからしばらく続いたが、この追いかけっこは、レイラが服を脱いで水浴びを終えた頃、ようやく終結したようだ。
結果は予想通り、変態の勝利に終わった。
姫とエルフでは運動量が段違いなので、シャノンに勝機など微塵もないのは当たり前だった。
「いつか……いつかきっと……変態に復讐を……」
今回の出来事が、シャノンにどのような影響を与えることになるのか、知る者は誰もいない。