騒然とするギルド
早速、カインはアルトリエ皇国の中心に向かった。
ギルドは基本的に町や国の中心にあることが多く、他国から来た冒険者に分かりやすいようになっている。また、商業区画であるメインストリートとも直結しているため、物流の観点からも理に適っていた。
人気のなかった路地を抜けメインストリートに出ると、露店の活気溢れる声が聞こえてきた。
肉や野菜、果物、衣類、生活雑貨などが豊富に取り揃えられており、これほど大きな通りを歩いたことのなかったカインは珍しそうに見ていた。
(すごい人だな。それに、肉の焼ける良い匂いがする)
(食いてぇのか? とはいえなぁ……)
カインは自分の懐事情を思いだし、深いため息を吐いた。
(……早くギルドに行こう。金を貰わないと何もできないしな)
早足で、メインストリートの奥にあるはずのギルドを目指した。
着いた場所は、ここがギルドなのか? と思うような立派な館だった。
人が何人押し寄せても難なく通ることができそうな大きな門。そして、その門番を務める甲冑を身に着けた兵士。
出入りする冒険者たちも屈強そうで、このギルドの規模の大きさに驚かされた。
(こんなところでボーーっとしてると、さっきの城門のときみたいに目をつけられるぞ?)
(……あぁ、そうだな。さっさと中に入ろう)
ギルドの中にはすんなり入ることができた。外套さえ取れば、カインも普通の冒険者と同じようなものらしい。
入ってすぐの正面にはギルドのカウンターがあり、受付嬢がキビキビと業務に励んでいた。どこのカウンターも次から次にやって来る冒険者の対応に追われていた。と思いきや、一番左奥のカウンターが空いていた。そこには、『ルーキー受付』という看板が吊るされていた。
(そうだよな。俺はルーキーだよな。神竜の力を持っていたとしても)
そんなことを思いつつ、そのカウンターへと近づくと、姿勢よく冒険者が来るのを待っていた受付嬢と目が合う。
なかなか綺麗な受付嬢だった。長い髪を一つに束ね、背中に垂らしておりサラサラと流れるようだった。顔立ちもさすがはこれほどのギルドの受付といったところで、目鼻立ちはくっきりとしており、すっきりした印象を与えた。
そんなカインの印象とは裏腹に、彼女からはなぜか生暖かい目を向けられた。
カインは先ほど思ったことを再認識する。
他人から見れば自分はヒヨッ子だということを。
「当ギルドへの加入ですか?」
「あぁ。できれば、今日にでも申請を終えてクエストを受けさせてもらいたいんだが」
「分かりました。では、ここにあなたのお名前、年齢、性別、使用武器、魔術の使用の可否を記入下さい。他に何か伝えたいことがあれば備考欄への記入をお願いします。」
「分かった」
記入用紙を受け取り、近くのソファーへと腰を下ろし、用紙へ記入していく。
【名前】 カイン=アーハイト
【性別】 男
【年齢】 20
【使用武器】 場合による
【魔術使用可否】 可
【備考欄】 できるだけ報酬の多いクエストを頼む
(こんなところか)
特に記入に困ることはなく、さらさらと仕上げた。
先ほどの受付嬢に用紙を提出し、査読してもらった。
カインからすれば、自分の思ったとおりに書いただけだが、これを何人もの新米冒険者を見てきた人物に見せるとどうなるか……
「ぷっ……ぷふ……ふふふ、あははははははっ!」
大爆笑である。
我慢しようとしてくれたらしいが、最後に笑われては、せっかくの我慢も逆効果である。
「何がおかしい?」
カインは自分の記入にミスがあったのかと思ったため、尋ねた。
「いやぁ~笑わせてくれますね。だって、ここのカウンターはご存じでしょう? 『ルーキー受付』と書いてあるじゃないですか~。なのに、使用武器が場合によるとか、報酬の多いクエストとかふざけてるんですか?」
彼女の目が笑っていなかった。さっきはあんなにニコニコしていたにも関わらず。
「ふざけてなどいない。使用武器は場合による。そして、報酬の多いクエストを望んでいるのも事実だ。」
「そうですか。別にいいんですが、ギルドに虚偽の申請はしないほうがいいですよ~。後が怖いですからね」
実は、カインの心配をしてくれていたような口ぶりだった。
「それと、カインさんは魔法も扱えるんですね~。……嘘はやめたほうがいいですよ?」
「事実だ。何度も言わせるな。それと俺はお前に名前を教えたが、お前の名前を聞いてないぞ」
「あぁ、すみません。珍しい人が来たもので、つい夢中になってしまいました。私の名前はエレン=コースターと申します。エレンで結構ですので。」
なぜか、すごく話しやすい雰囲気を作りあげられていた。
カインにとってもさっさと本題に入らなければ生活費が大変なことになるので、ありがたかった。
「エレン、さっそくだが、良い依頼はないか? 魔物の討伐から収集品まで何でもやるが」
「そうですね~。何か良い依頼はありましたかね~」
そう言いつつ、カウンターの奥にある羊皮紙をの束を手に取り、パラパラと捲っていく。
「あなたの腕も確認したいので、この『ヘルハウンド5体討伐』なんてどうでしょう? ルーキーにはあまり頼みませんが、あなたの経歴なら余裕かと思います。」
ヘルハウンドとは、SSS~Fまでの魔物ランクの中ではEランクに相当する魔物である。鋭い牙と俊敏な動きが特徴で、頻繁に小さい集落を襲撃する。決して強い魔物ではないが、身近に恐れられている魔物として知られている。
「構わないが報酬はどれくらいだ?」
「えぇと、アルトリエ銀貨1枚ですね」
銀貨1枚はその国の銅貨10枚と等しい。つまり、このクエストを達成すれば、カインの手持ちは銅貨15枚相当になる。
やはり、ルーキーに危険な依頼を任せて野垂れ死にされては、ギルドの体面に関わると考えられているのだろう。じっくりルーキーの実力を見極め、適切な依頼を任せることで、このギルドはここまで成長し信頼を得ているのだ。
カインもこれ以上は望めそうもないと諦めた。
「了解した。では、このクエストを受注させて――――――――――」
「大変だーーーーー!!」
突如、ギルドに大声が響き渡った。
「姫様を乗せた馬車の一行が、ワイバーンの大群に襲われてるってよ!!」
その声を聞いたエレンを含む受付嬢は、大きな羊皮紙に何かを急いで書き込んでいく。そして、書き終えたのか、ギルド中に聞こえるように受付嬢の一人が大声出した。
「皆様がお聞きのとおり、姫様一行がワイバーンの大群による襲撃を受けています! そのため、これより緊急クエストとして、『姫様の救出』を開始いたします! 契約金はいただきません! 報酬はワイバーンの牙と硬貨の交換と致します! 場所は北東に位置するギエナ山の中腹です! 皆様の健闘をお祈り致します!」
その声がやむと、ギルドにいた冒険者たちが一斉に出口に殺到した。
「おい!急げ!」
「邪魔だ!どけ!!」
「報酬はオレのもんだ!!」
などといった、姫様の救出はどうした? と訊きたくなるような有様だった。これでは、姫様の安全よりワイバーンの討伐を優先する者がでそうなほどだ。
(……どうすんだ、カイン?)
さっきまで、無言だったイクスが尋ねる。
(無論だ。俺は人を助ける為にこの力を使いこなしたんだ。ヘルハウンドは後回しだ。それに直々に姫様を救い、より多くの報酬を貰おうという思惑もあったりする。)
(本当は、報酬なんかどうでもいいくせによ。このお人よしが)
そんなイクスの言葉は無視し、今はもう人がいなくなった門にカインも向かう。
すると、後ろからエレンが声をかけてきた。
「あの!、まさか……参加されるんですか?」
カインは振り返って答えた。
「さっき備考欄に書いただろう? できるだけ報酬の多いクエストを頼むと」
カインはそう言うとギルドを後にした。