出発一日目②
三人は村長が亡くなっていることを聞き、停泊の許可を誰から貰えばいいかを男性に尋ねたが、「勝手にするといい」と素っ気なく返されてしまった。
確かに村長がいないのであれば、許可を出せる村人などいないだろう。
結局、夜が明けるまではこの村に滞在することになった。しかし、村の中は危険かもしれないというカインの意見により、馬車の中で眠ることにした。
危険というのは村の食料難が理由だ。馬車を村の中に入れようものならば、村人が勝手に覗きこむ可能性もある。今積んでいるのは、干し肉、エール一樽、果物だ。村人からすれば、喉から手が出るほどに欲しいだろう。
「こんな近くに、食べ物に困っている村があったなんて……知りませんでした」
まだシャノンは、村長が死んだということを引きずっているようだ。
「それは仕方のない事だろう? あの荒れ様を見る限り、魔物に襲われたのだろう。しかし、村人がいるということは上手く退けることができたようだ」
「このような村は少なくはないのでしょうね。私達エルフの里では見られない光景でした……」
エルフは、個人個人が魔物との戦闘に対して心得がある。魔物たちもそんな里をわざわざ襲うことはしないのだ。
「明日にはここを出る。そんなに気に病んでも俺たちにできることはない。俺が馬車の見張りをする。二人は早く寝たほうがいい」
カインは、こんな村など腐るほど見てきた。トルン村もそうだ。助けられるなら助けたい。だが、食料の問題は簡単に解決することはできない。
二人も慣れない経験をして疲れたようで、後はカインに任せ、早々に横になった。
しばらくして、二人が寝付いたのを確認したカインは、馬車の外に出て周囲を警戒しつつ、イクスに話しかけた。
(なぁ、イクス)
(なんだ?)
(どうしたら、安全に暮らせる国が作れるんだろうな)
(なんだよ突然……。そんなもん俺が知っているはずがないだろう? それは、人間のお前が見つけなければ意味が無い)
イクスの正論に返す言葉もない。しかし、これは何度もカインを苛む問題だった。
魔物を殺し尽くすことは正しいのか? 魔物を殺すと、他の魔物が怒り、仇討ちに来るだけなのではないか? では、倒さずに放置するのか? そうすると食料はどうなるだろうか?
ゼニスという世界には問題が山積みだ。
必ずしも、敵を打ち倒すことが正解ではないのだと、カインは最近になって感じるようになってきていた。それは、シャノンの父を見たからかもしれない。あれだけの大国を一人で守っていくというのは並大抵の人間では不可能だ。
そして、カインはふと思い出す。
それは、ギルドで男に声をかけられた時の一言だ。
『あんたが王なら……この国を、民を、全て救ってくれるのかなってな……』
カインはとても出来そうにないと感じていた。自分がやるくらいなら、他人の死で悲しむことのできるシャノンこそ相応しいと思うほどに。
どうしても正解を導きたくてしょうがなかった。自分の持つ力の正しい使い方を知りたくて。しかし、まだそれは見つけられそうにない。
そんなことを考えながら、カインは何気なく村に目を向けたが、そこで意外な光景を目にした。
(ん? 村人が森に入っていくな……)
(狩りの仕掛けでも用意しに行くんじゃねぇのか?)
(こんな真夜中にか?)
村人の行動に不信感を抱いたカインは、見つからないように村へと入り、村人の様子を確認した。
(矢、松明、槍?)
(やっぱり狩りの関係じゃないか?)
村人たちは主に狩りで使われそうな物を用意して、真夜中の森へと入っていく。村人たちが向かうのは森の奥深くではなく、森に入って少し進んだところにある街道の付近だった。
(そういうことか……)
カインは悲しげな表情で、村人たちの行動を見守る。手に持った武器の槍や矢以外にも、複雑な仕掛けが木の枝などに取り付けられていく。
(どういうことだよ?)
(あの道を見ろ。あれは俺たちの進行方向だ)
(ん? あぁ、そうだな……まさか!)
(おそらく、そういうことだ。狩りは狩りでも、動物じゃない。人間の俺たちを狩ろうとしているんだ)
おそらく、馬車の中身が気になったのだろう。ここからどこかの国に立ち寄るには距離がある。容易に食料の用意があることが理解できてしまうだろう。
(魔物に襲われて食料がなくなれば、次は人間を襲うのか……)
魔物だけが敵なわけではない。人間もまた敵なのだ。
(どうする、カイン?)
(二人にこんな光景を見せたくない。俺がやろう)
カインは村人たちの前に姿を現した。
「お前たち、こんなところで何をしている」
村人たちは驚いたという表情だった。それもそうだ、これから襲おうという獲物がここにいるのだから。
「いえいえ、何でもありませんよ。ただの狩りの準備です」
ボロボロの服を纏った女性が答える。
「そんなので誤魔化せると思うのか? お前たちの仕掛けはあの道を狙ったものだ。あんなところを動物が通るはずないだろう」
村人たちの目の色が変わったのをカインは感じた。
「そうですね、分かりますよね。じゃぁ……ここで死んでくださいよ!」
カインの後方から矢が飛んで来る。しかし、カインがなんの用意もなく姿を現すはずもなく、
キンッ! という高い音を響かせて、放たれた矢は地面に落ちた。
「なんで当たらないのよ! さっさと死になさいよ!」
周囲の村人もカインに向けて矢を放ってきたが、そのどれもカインには届かない。
「人間は浅ましいな。何か困れば、他人から奪えばいいと考えてしまうんだから」
カインの周りには障壁が展開され、村人の攻撃は無力化されていた。その状態のまま、カインは生成した剣で次々に仕掛けを叩き斬っていく。
「なんなのよ、こいつ……化物じゃない!」
「化物ねぇ~、別にお前らに何と言われても構わないぞ」
地上の仕掛けを全て壊し終えたカインは、翼を生成して空中に舞い上がり、木の高いところにある仕掛けも叩き斬る。
「ほ、本当に……化け物だ……。 やれ! 槍でも弓でもなんでもいい! 殺せーー!!」
カインは再び地上に降り、剣を一振りした。その一撃は周囲の木を全て切り落とした。
「いいか、よく聞け。俺がその気になれば、この木のように一瞬でお前らの首を切り飛ばせる。それでも、俺とやるか?」
「くっ……だが、どうせ俺たちを殺すんだろう?」
村人たちの顔が恐怖に染まり、自分たちの最最期を覚悟していた。
「お前たちが俺たちに危害を加えないならば、俺はお前たちを見逃してやろう。だが、明日になって俺の仲間の乗る馬車を襲おうものなら……皆殺しにしてやる」
これはカインの脅しだ。しかし、明確な殺意を込めたカインの視線は、村人を震え上がらせた。
「わ、分かった……何もしない。だから、命だけはどうか!」
村人の一人が頭を下げ、それから連なるように周囲の村人がカインに頭を下げた。
(カインさんはお優しいですね~。オレなら間違いなく皆殺しだ)
(俺はお前とは違うからな。それに、人なんか……斬りたくもない)
(オレはお前のそういうところが好きだぞ?)
(あぁ、そうかよ)
竜に好かれても嬉しくない。カインは村人を見回し言った。
「食料に困っているなら、アルトリエを目指せ。カイン=アーハイトに言われてここに来た、とでも言えば国王が取り計らってくれるかもしれない」
「国王? あなたは……いったい」
そして、カインは馬車へと戻っていった。
馬車に戻ったカインは、シャノンのあどけない表情を見ながら頬をつついて遊んでいた。
「……ん、……すぅ……すぅ」
(何やってんだよ?)
(いや……誰もが幸せに暮らせる国があったら、そこでシャノンとゆっくり暮らしたいと思ってな……)
(そうか……)
それきり、イクスは何も言わなくなった。