休暇
「……うわぁ。これ、私がやったんですよね? 自分の魔力だけで……」
自分で成した現象に驚いているのか、シャノンは信じられないという顔をしていた。
(おい、カイン。こりゃ……)
(あぁ、俺とは比べ物にならない才能だ。魔法を学び始めた当時の俺には、こんな芸当は不可能だった)
魔法を使うことが初めてだ、とシャノンは言っていた。
それも、体内を巡る魔力のイメージすら出来ていない状態だったのだ。
しかし、三人の眼前には完全凍結された樹がある。もう疑いようがない。
シャノンは魔法を扱うことに関して、天賦の才がある。
「……本当に……シャノンは魔法を使ったことがないんですよね?」
初めての魔法がこれほどの威力を発揮したのだ、アイラが驚くのも無理はない。
「はい……そう、なんですけど」
困った様子で、カインに視線を向けるシャノン。
「試験とは言ったが、不合格なんて出すつもりはなかった。シャノンが初めて魔法を使うことは予想できたからだ。しかし、これは予想外だった」
改めて凍結された木を見てみるが、凍結漏れということなどなく、端から端までしっかり凍結されていた。
「合格だ、シャノン。これなら俺たちの旅に同行しても問題ない。というか、お前の活躍に期待すらしている。これからよろしく頼む」
シャノンの人生初の魔法は、見事にカインから合格の一言をいただいた。
やっと、褒められたという実感が湧いてきたのか、シャノンは嬉しそうに笑ったのだった。
シャノンの実力試験が終わり、一同はアルトリエへと戻ってきていた。
未だに興奮が収まらないのか、シャノンはスキップでもしそうなほど浮かれていた。
「これからどうしましょうか? 時間はまだありますし、どこか行きたいですね」
日が少し傾き始めた頃のため、午前中よりは人が減り、シャノンの護衛も苦労しなさそうだ。
「そうは言っても、シャノンが店にでも入ったら大変だぞ」
「たしかに……お店の中はマズイですよね。大騒ぎになりそうです」
アイラはあまり気乗りしない様子。
一応、今後の予定は三人で決めていた。
予定と言っても、明日にはヴォルカノフに旅立つということだけなのだが。
なので、今日は城に泊めてもらうことになっているのだ。
とはいえ、早く城に戻っても退屈なだけなのも否めない。
カインはなんとかシャノンを目立たなくする方法を思案した。しばらくして、自分の城門での出来事を思い出す。
単純な話、シャノンを町の人に認識させなければいいのだ。
「あれでいいか」
と言いながら、裏道にある近くの露店へとカインは向かった。
突然カインが歩き出したので、二人も慌てて後を追った。
そこには、衣類や生活用品などが陳列されていた。その中でも、カインは大きな外套に目をつけた。
しかし、この外套にやたらと既視感を覚えてしまうのはなぜだ、とカインは感じていた。
そして、気づいた。
この裏道は、カインがアルトリエの城門から逃亡したときに通った道であることを。
つまり、カインが脱ぎ捨てた外套が拾われて露店に陳列されているのだ。
(この外套には妙な縁でもあるのか?)
(お前がアランと別れてから購入したものだからな、そこそこ愛用していただろ?)
(愛用……というほどでもないが、まぁ、いいか)
カインは外套を露店の店主から購入したが、金貨を渡された店主は驚いていた。
金貨は村人に渡してしまったので、店主に渡した金貨は国王より渡されたものだ。なんでも、感謝の気持ちだとかで……。
最初は金貨が500枚ほど渡されそうになったが、さすがにカインは遠慮してしまった。
そのため、明日にでも旅立つかもしれないことを告げ、金貨を数枚だけ頂いたのだ。
カインは店主に釣りは要らないと告げて、シャノンに外套を羽織らせた。
「これは?」
いきなり外套を着させられたシャノンは不思議そうに尋ねていた。
「これなら店の中に入れるだろう? ただ……不審者と思われるかもしれないが……」
その外套にはフードも付いており、シャノンの目立つ金髪を覆い隠すには十分なサイズだった。
「外套で姿を隠すんですね。……あの、なんでもっと早く気づかなかったんですか?」
アイラは自分のことを棚に上げて、カインに詰問した。
「そこまで差し迫ってもいなかったからな。それに、シャノンが町を散策したいと言ったから思いついたんだ」
シャノンの要望には可能な限り応えていく、というスタンスをカインはとっていた。
「ありがとうございます、カイン」
眩しい笑顔を向けられ、カインはそれだけで満足だった。
そんな二人だけの空気に浸っていると、アイラは面白くなさそうで、
「あの~私もいるんですけど~」
ジト目を二人に向けていた。
「安心しろ、忘れてなどいない」
「本当ですか? なんか完全に置き去りにされていた気もしますが」
「そんなことないですよ? ところで、この外套の匂いがどことなくカインの匂いに似てるんですが……私の勘違いですよね。ごめんなさい、気持ち悪いこと言って……」
アイラを適当にあしらったシャノンが、恐ろしいことを口にしていた。
(匂いだと!?)
シャノンの嗅覚に驚きを隠せないカイン。
そこそこ長く使っていたこともあり、匂いはついているかもしれないが、それがカインの匂いと酷似していることまで分かるものだろうか。
別に隠すことでもないので、とりあえずシャノンに自分が使っていた外套が露店に出品されていたことを伝えることにした。
「それは俺がアルトリエに来るときに着ていた物だ」
「えっ、当たり? この匂いってカインの匂いなんですか!」
食い気味にカインに質問する。
「た、多分な。長く使っていたから臭いかもしれないんだが……嫌なら、新しいのを――――」
「臭いなんてとんでもないです! これで十分です!」
(むしろ、これが良いわ……はぁ~カインの匂いに包まれてる~)
やはり、シャノンが何度も嗅いでいるから変な臭いでもするのだろうか、などという余計な心配をカインはしていた。
「シャノン、無理はしないほうがいいですよ? 念のため、私にも嗅がせて下さい」
アイラはシャノンが羽織っている外套に顔を近づけようとしたが、シャノンはそれをひらりと躱す。
「アイラさんも興味がおありで?」
「な、ないですよ。ただ、シャノンを心配しただけです」
アイラがどう思っていたのか定かではないが、多少の興味はあるように感じた。
「なぁ、人が着ていた服の匂いの話はもういいだろう? 店に行くなら早くしたほうがいいぞ。もう少ししたら日が暮れてしまう」
「ですね! 行きましょう!」
「で、どこに行くんですか?」
アイラはシャノンに尋ねた。
「明日から旅に出るんですから、それに合わせた服とかを見たいんです」
装備ではなく服というところがシャノンらしい。
「では、大通りのほうに向かいましょうか。私はアルトリエに来たときに通りかかっただけだったので、一度はよく見てみたかったんです」
シャノンの護衛のために裏道を使っていたため、アイラはこの街のことをほとんど知らないのだ。
「実は俺もだ。ゆっくりしている暇もあまりなかったからな」
「では、私がアルトリエをご案内します。最初は仕立屋から行きましょう」
そうして、三人は大通りにある仕立屋へと向かうことにした。
仕立屋にある品物は、街人が着るような一般的な服からドレスまで多岐にわたった。
シャノンが選んだ店だけのことはあるようだ。
色々な服を珍しそうに見るカインとアイラだが、一方のシャノンは真剣に服を吟味していた。
やはり女の子。服選びには命を賭けている様子。
それから数十分後……
シャノンは色々見ていたが、結局、何も買わなかった。
カインとアイラが買わなくていいのかと問うと、
「いいんですよ。私がこの店を訪れたのは服を買うためじゃありませんから」
そう言って、近くの屋台で売っている肉の串焼きにシャノンは惹かれていった。
それから、いくつかの店を回ってアルトリエを満喫した三人は、日が暮れる前に城へと戻った。
城に戻ったシャノンはなぜかとても忙しそうに、メイドたちに指示をしていたのだった……