決意
「カイン様、謁見の準備が整いましたので、陛下の下にご案内します」
三人で会話に花を咲かせていた頃、ガロンがカインを呼びに来た。
「分かった」
「あ、私も参ります」
シャノンも自分の口から旅のことに関して国王と話したいのだろう。
「そうだな。シャノンも一緒でいいか?」
「……あ、はい! もちろんですとも」
ガロンからすると、談話室での会話を聞いていないため、シャノンが国王の下に行く理由が思い当たらないのだろう。
そして、カインのダルキアンの件での謁見に、シャノンが同席しなければならない理由も気になるはずだ。
「私はここで待っていますので、終わりましたら声をかけて下さい」
アイラは留守番ということになった。
「悪いな、そう時間もかからないと思う」
カインはアイラにそう告げ、ガロンの後に続いた。
「陛下、カイン様をお連れしました。……そして、姫様も御用があるとのことでお連れしました」
国王は、やたらと背もたれの長い椅子に腰掛けていた。以下にも国王が座りそうな椅子である。
「うむ、分かった。ガロン、あとは下がって良いぞ」
ガロンは国王の命に従い謁見の間を後にし、カインとシャノンは国王と向き合った。
「カインよ、此度の活躍見事であった。そなたがギルドを訪れてからというもの、冒険者たちが大騒ぎだそうだ。良くぞ、ダルキアンを討伐してきてくれた。礼を言わせてくれ」
カインはギルドで換金するために一度アルトリエを訪れていたが、すぐにトルン村に戻ってしまったため、ギルドの賑わいなど知らなかった。
受付嬢のエレンは驚愕している様子だったが……
「俺もあんなに強い魔物との戦闘は初だったが、とても良い経験になった」
「そうかそうか、よりお前が強くなったのならば、なによりだ。ついで……というわけではないが、これほどの功績だ。何か望みはあるか? あぁ、わざわざ望まなくても、シャノンならカインにくれてやるぞ?」
「お、お父様!」
シャノンはカインとの仲を伝えていないにも関わらず、国王が知っていたことに恥ずかしくなった。
「ん? なんだ、他の男が良いのか?」
国王も意地が悪い。
「ふざけないで下さい! カイン以外の男性に興味なんかありません!」
カインもそう言われて満更でもない……というか内心喜んでいたが、国王の前のためにあからさまな表情を浮かべることは避けた。
「なら、よかろう。して、カインの望みは何かあるか?」
カインは村人の受け入れを願うことに決めていた。
国王が村人を受け入れないことなどあるはずがないが、万が一ということもある。
礼儀正しく、確かな意思を国王にぶつけるべく、カインは跪いた。
「国王よ、俺の願いはただ一つ。魔物に襲撃された村人たちをアルトリエに受け入れてもらえないだろうか」
「よいぞ」
カインは聞き間違えたのかと顔を上げる。
顔を上げただけで分かるはずもないので、隣にいるシャノンに問いかけた。
「国王は何と言ったんだ?」
「『よいぞ』ですって」
シャノンもあっけらかんと答えた。
どうやら、カインの心配は杞憂に終わったようだ。
「村人はまだ村にいるのか? であれば、早く迎えに行かねばならんな。食料もほとんどないであろうし」
「い、いや、もう村人はアルトリエの城門の前に連れてきた。しかし……本当にいいのか? あまりに突然だろう?」
「それがどうした? 突然だろうとなんだろうとお前の頼みだ。それも、自分の利益ではなく、人のための願いとあれば断るはずもなかろう。カインよ、立派であるぞ。それでこそ私の愛しい娘に相応しい」
無理難題を頼んだはずだったが、カインは大層褒められてしまった。
しかし、国王の懐の大きさというか、器の大きさにはカインも驚かされた。
「では、すまないが村人たちをよろしく頼む。今が一番辛いはずだ、どうか支えてやってほしい」
カインは国王に頭を下げて頼み込んだ。
「うむ、任されよう。……では、次にシャノンだな。何か用があるのだろう?」
国王はカインからシャノンに視線を移し、発言を促した。
「はい。私はカインを愛しています。ですが、カインは一所に留まるような人ではありません。人々を救うために再び旅に出るというのです。ですから、私は――――」
「はぁーーーー」
なんとも大きなため息だった。それも、シャノンの話が終わる前にだ。
「最後まで言わんでも良い。どうせ、付いて行くのだろう?」
「えっ!? あの……はい」
「私が何を言っても聞かないのは分かっとるよ。カイン、我儘な娘だがよろしく頼む。私は、娘に良き友人ができないことを嘆いてもいたが、一段とばしに夫を連れてくるとは露ほども思わなかった」
国王からすれば、これほどシャノンと深く結ばれた人間を見るのは初めてだった。
いつもガロンとばかり遊んでいた娘を見て、不憫に思わずにはいられなかったのだろう。
そんな娘がこの人に付いて行くと聞かないのだ。
親としては娘がいなくなり寂しい限りだが、娘の成長を喜ばずにどうしろというのか。
「お父様……よいのですか?」
「カインが付いているのだろう? なら、心配いらんよ。下手をすれば、この城にいるよりも安全かもしれんぞ?」
国王はよほどカインの腕を信じているようで、まったく心配をしていないようだ。
「それもそうですね」
シャノンも納得してしまった。
「旅を続けると言っていたが、次はどこへ向かうのだ?」
カインは考えていたことを国王に告げる。
「今のところ、機械都市ヴォルカノフに向かう予定だ」
「ほう、それはまた変わったところに行くんだのう。目的はなんだ?」
「魔物がヴォルカノフを襲う可能性があると俺は考えている。それを阻止することが最大の目的だ」
『機械都市ヴォルカノフ』は他国に機械製品を輸出し、生計を立てている大きな都市だ。ヴォルカノフならではの特殊な技術と職人は、他国とは比較にならないほど優れているという。
カインがヴォルカノフを訪れる理由は二つある。
一つは単純な好奇心。優れた製品も多いが、珍妙な製品も少なくないらしく、最初の目的地には良いだろうという考えだった。
二つ目は魔物だ。近年のヴォルカノフの発展は急激なものとされており、近々大規模な対魔兵器が開発されそうだという噂も広まっている。
それが理由で、近隣の強大な魔物たちがヴォルカノフを襲う可能性があるとカインは考えていた。
「またもや危険に飛び込むのだな?」
「仕方ない、それが俺の生き方だ」
カインには、人と魔物の戦争を終わらせるという使命がある。
それを終わらせるまでは、カインに本当の安寧は訪れないだろう。
カインの決意を間近で聞いたシャノンは、自分も生半可な覚悟ではならないと、改めて覚悟した。
「お父様、私はカインほどの志はありませんが……それでも、この人のそばで常に支え続けていきたいという覚悟はあります。どうか、アルトリエを離れる愚かな娘をお許し下さい」
シャノンは深く頭を下げ、カインの同行を願った。
「そうか……それほどの覚悟があるならば大丈夫だ。胸を張って旅立つといい。そして、旅から戻ったお前の成長を楽しみにしておる」
国王も自分の娘が旅立つことに関して寂しくないわけがない。
しかし、旅から戻ったときのシャノンの成長は、アルトリエでは成し得ないものとなるに違いないと信じていた。
故に、国王はシャノンを快く送り出すことにしたのだ。
「ありがとう……ございます。お父様もお体にお気をつけ下さい……」
真の箱入り娘であるシャノンが、親元を離れることは寂しいに決まっている。
シャノンは目に大粒の涙を浮かべていた。
「あぁ、お前も元気に戻って来なさい。それだけで私は満足だ」
「はい!」
シャノンの元気な声が、謁見の間に響き渡った。
こうして、国王との謁見は終わり、二人は謁見の間を後にした。
しかし、シャノンはまだ寂しそうだった。
「親元を離れるというのは……こんなにも寂しいんですね。私は一人でも上手くやっていけるでしょうか……」
「お前は一人じゃない、俺もアイラもついてる。心配なんかしなくていい」
そう言って、カインはシャノンの手を優しく包み込んだ。