ダルキアン討伐戦
体に重く纏わりつくような魔力をカインは感じていた。
(おい、これは……)
(あぁ、今まで戦った魔物の中で分かりやすく最強だろうな)
カインは修行や旅の過程において、あらゆる魔物との戦闘を経験してきたが、これほどの魔力を感じたことはなかった。
アイラも感じたようで、自分の体を抱きしめるように小さくなっていた。
「おい、大丈夫か?」
落下していた時よりも、さらに顔色が悪いように見える。
「だ、大丈夫ですよ。私だって魔法を使うんですから、これくらいの魔力はどうってことないです……はぁ、はぁ」
明らかにアイラは無理をしている。
あまり長い間、ここにいるのはマズそうだ。
城の広大な広間を足早に進んでいくと、魔力が膨らんでいくのをカインは感じた。
やがて、声が聞こえてくる。
「あなた方が、城の障壁を突破したんですか? 人間とエルフとは、随分と珍妙な組み合わせですね」
カインは声が聞こえてくる方向に目を向ける。
すると――――――――
カインの懐に、すでに入り込んでいた。
「ぐはっ」
視認することもできずに、カインは広間の壁に叩きつけられる。
どうやら、カインは蹴り飛ばされたようだ。
「えっ……」
アイラは何が起きているのかを把握するだけで精一杯のようだ。
「人間のほうが強いという報告でしたが、大したことありませんね。正直、私は人間なんかよりもエルフのほうに興味があるんですよね~」
そう言うと、魔物はアイラに歩み寄っていく。
その魔物を一言で表すならば、黒だ。
翼をもち、体格は人と同程度だろうか。
だが、どれも黒い。
「エルフなんて中々目にする機会もないもので……いやぁ~綺麗ですね。ついつい見惚れてしまいますよ~」
近づいてくる魔物からなんとか距離を取るために、アイラは震えながらも後ろに下がっていく。
「そんなに怖がらなくてもいいじゃないですか~。別に痛いことなんてしませんよ? ちょっと体を触らせてもらうだけです」
アイラは後ろに下がり続けたが……もう行き止まりだった。
「い、いや……近寄らないで下さい!!」
風魔法をめちゃくちゃに放つ。しかし、この魔物には通用しない。
数発が魔物を捉えようとしたが、まるで姿を消すかのように躱していく。
「そんな状態で魔法なんか撃っても当たるはずがないでしょう? のんびりしててもあれですし、エルフの体を味わうことにしましょうかね」
魔物の手がアイラへと伸びていく――――だが、
「お前の相手は俺だろう? ダルキアン。
カインがダルキアンと呼んだ魔物を、剣で弾き飛ばした。
「いやぁ~危ないですね。それより、あなた無事だったんですね。えぇ、そうです。私がこの城の主であり、この領地を治めるダルキアンです」
「速さが普通の魔物と段違いだな。とはいえ、俺は化物みたいらしいからな、そう簡単にはくたばらないようだ」
アイラに目線を送りながら答えた。
だが、アイラは震えて足が動かないようで、カインは魔法でアイラを安全なところまで運んだ。
「そこでじっとしていろ。すぐに終わらせる」
カインは剣を両手に構え、イクスに声をかける。
(イクス同化するぞ)
(まぁ、しゃ~ねぇか。あれは強すぎだしな)
カインとイクスの意識が徐々に混ざり合っていく。
それは魔力すら融合させる。
イクスの金色の魔力。
カインの紅蓮の魔力。
やがて、同化が完了する。
カインの体から業炎とも呼べる凄まじい炎が吹き出し、瞳は金色へと色を変えた。
「へぇ~、あなたがただの人間じゃないことは分かっていましたが、体の中で何を飼っているんですか?」
「別に大したもんじゃない。それより、自分の心配でもしたらどうだ? ダルキアン」
「大した自信で――――――」
ダルキアンが言葉を終えるより早く、カインは動き出した。
その速さはダルキアンにも勝るとも劣らないものだった。
両手に握った剣をダルキアンに振り下ろすが、剣で防がれてしまう。
「お前も俺と同じか? その剣はガーゴイルの親玉が持ってた物に似ているな」
「おや、よく覚えてますね。そうです、あれは私が生成した剣です。ですが、あれと同じだと思わないで下さいよ?」
カインの攻撃を防いだダルキアンはカインを弾き飛ばし、右手に持った剣を振りかぶり……降ろした。
それは周囲を黒く塗りつぶすほどの魔力の塊だった。魔力砲とでも言えば分かりやすいかもしれない。
カインは避けようとしたが、魔力砲の進路上にはアイラがいた……。
(やってやろうじゃねぇか。なぁ、カイン!!)
同化したためか、イクスの声がいつもよりはっきりと聞こえる。
「やる気だなイクス、いいだろう」
カインは自分の周囲に漂う業火を、盾のように自分の前方に展開する。
通常のカインが生成した盾では間に合わなかっただろうが、今のカインなら間に合う。
この魔力運用の速さはイクスとの同化があってこそ実現する。
やがて、ダルキアンの魔力砲がカインの盾と衝突し、激しい熱と衝撃を周囲に与える。
カインの盾がどんどん魔力の塊に押されていく。
(あいつ強ぇなー)
(あぁ、だが、負ける訳にはいかない)
イクスの声は平坦のように聞こえるが、内心の興奮を隠しきれていないのが分かる。
カインの生成した盾は、なんとかダルキアンの魔力砲を防ぎきったようだ。
「やりますね~。これは人間と言えども、是非名前を聞きたいですね~」
「魔物に認められるのも癪だが、いいだろう。カイン=アーハイトだ」
カインは堂々とダルキアンに名乗った。
「カイン=アーハイトですか、これからも覚えてられるといいんですが。簡単に死なれてしまうと、私はすぐに忘れてしまうんですよ」
「別に忘れてもらっても構わない。どうせすぐに忘れることになる。ここでお前は俺に倒されるのだから」
カインはダルキアンとの距離を一瞬で詰め、高速の剣舞を見舞う。
しかし、ダルキアンは正確にカインの攻撃を防いでくる。
「さっきよりも速くなってますね~。なら、こっちも速くしなければ」
ダルキアンから溢れる魔力が増大し、カインの攻撃速度を上回る。
「まだ速くなるのか? Sランクの魔物は本当に化物だな。これでも割りと本気に近いんだが……」
途中、カインの攻撃がいなされてしまい、ダルキアンの剣先がカインの首筋に迫る。
(しまっ――――)
とっさに業炎の障壁で防ごうとしたが、ほんの少しばかり間に合わなそうだった。
だが、風魔法がダルキアンの剣先を逸らした。
「何っ?」
ダルキアンは驚愕しているようだったが、カインはこの隙を逃さなかった。
いなされた方の左手の剣を逆手に持ち替え、ダルキアンの背面にズブリと刺し込んだ。
「これで終わりだ、ダルキアン」
カインは刺し込むだけでなく、己の持てる最大の魔力を注ぎこみ、ダルキアンを業炎で焼きつくす。
「はははっ……いやぁ~あんなに怯えていたエルフが……まさかですね。あまり意識していませんでしたよ」
「あぁ、俺もだ。まさか窮地を救われることになるとはな」
アイラの方に目を向けると、まだ震えているのか何とか立っているという状態だった。
だが、やがて、カインを助けることが出来て安心したのか、膝から崩れ落ちてしまった。
「じゃあな、ダルキアン。俺の相棒が楽しかったと言っていたぞ」
「そうですか。では、あなたの相棒の名前も――――――」
ダルキアンの言葉が言い終わる前に、彼は燃え尽きてしまった。
(お前の名前を知りたがっていたようだぞ?)
(魔族と神に仕える竜か……相性は最悪だろうがな)
燃え尽きたダルキアンは灰となり、城の中に吹き込んでくる風によって、遠いどこかへと飛ばされていった。
残ったのは、ダルキアンが身に着けていた黒い指輪のみ。
討伐の証としてカインは黒い指輪を回収することにした。
そして、カインは約束を守ってくれたアイラの元へと歩み寄っていくのだった――。