カインの思い
カインは翌朝に目を覚まし、村長の家を出た。
外に出るとすでにアイラが準備を終えてカインを待っているようだった。
「随分と早いな。体は大丈夫か?」
「エルフはいつも早起きなもので、習慣になっているんですよ。体も特に問題ありません」
朝の日差しを浴びて輝く髪はとても美しく、カインは少しばかり見惚れてしまった。
それがイクスにバレたようで、
(もう浮気か? 女に目覚めてから見境ないな)
(美しいものには目を向けるべきだろう。これは決して言い訳じゃないぞ?)
イクスは何も言わずに引っ込んでしまった。
言い訳とかなんとか言っている時点で、カインの話は十分に言い訳だ。
無言でいなくなったイクスをカインが気にしていると、アイラが声をかけてきた。
「ところで聞いていなかったんですが、あの山はどうやって超えるんですか? まさか飛んでいくのですか?」
アイラは、カインが空中から巨大なガーゴイルを狙い撃ちしたところを見ていたため、カインが空を飛べることは理解していた。
だが、自分はどうなるのかを聞いていなかったのだ。
「あぁ、その通りだ。あの険しい山を徒歩で行くわけにはいかない」
「では、私はどうすれば?」
カインは堂々と答えた。
「俺が運ぶしかないだろう。お前がダルキアンの領地に到着するのを待っていては、時間がいくらあっても足りない」
そう言うとカインは早速、アイラを抱えた。
『お姫様抱っこ』で。
「あ、あ、あの……これはちょっと……いや、かなり恥ずかしいんですが……」
アイラはこういう経験があまりないのか、とても動揺している様子だった。
「大した時間じゃない、我慢しろ。それに見た目では俺と同い年くらいだが、こういう経験はないのか? あぁ……でも、エルフは長寿だと聞いたことがあるな。お前もその類か?」
要するに、若い姿してババァなんじゃないか? と聞いたのだ。
カインはとんでもないことを尋ねていた。
「し、失礼ですね!! 私はまだ20歳ですよ!」
アイラは激昂していた。
見た目も年も大人なのだが、どうも子供っぽい印象をカインは覚えた。
「悪い悪い。それじゃ行くか、しっかり掴まってろよ?」
アイラはカインのどこに手を回せばいいのかを考えたが、自分の体勢から考えて首以外にないことに気づく。
渋々といった風に、カインの首に両手で抱きついた。
「落ちたら洒落になりませんから、仕方なくですよ?」
「俺が掴まれと言ったんだ。お前がわざわざ弁解しなくていいだろう」
アイラは墓穴を掘ってしまったようで、少しだけ顔が赤くなった。
そんなアイラを見て、少しおかしく感じたカインだった。
会話が一段落した後に、カインの背に翼が生成され、金色の翼を羽ばたかせる。
下に見えていたトルン村は、すぐに見えなくなってしまうのだった。
先ほども述べたが、トルン村からダルキアンの直轄領の間には、険しい山脈が続いている。
馬で登ることも不可能ではないが、かなりの危険が付きまとうことになるだろう。
トルン村の人々もこの山脈に用事があることは非常に希らしく、滅多に入山しないと言う。
しかし、危険なのは道だけではない。
「ん? また来たか」
カインは時々現れる通常のガーゴイルを剣の投擲で仕留めていた。
この山脈は、ダルキアンの命令でガーゴイルに偵察されているのだ。そのため、村人たちが近づくことを恐れている。
カインには恐れるに足らない事実だが……
「本当にカインが化物のように思えてきましたよ……どこにこれだけ多くのガーゴイルを仕留める冒険者がいるでしょうか……」
アイラは頭痛でも感じている時のように頭を抑えようとしたが、自分の両手がカインの首に巻き付いていることを思い出し、諦めた。
一方のカインは、ガーゴイルの接近を感じる度に剣を生成し、投擲していた。
「化物とは失礼だな。お前の安全のためでもあるんだぞ?」
「わ、分かってはいますが、それにしても一方的だなと思いまして……」
アイラから見れば、いきなり空中に金色の剣が現れては、飛来してくるガーゴイル目がけて飛んでいくという異様な光景だ。
アイラが驚くのも無理はない。
「それにしても……数が多いな」
もうかれこれ20分ほど飛んでいるが、百匹は仕留めただろうか。
「おそらくですが、ダルキアンが偵察のガーゴイルを増やしているのでしょう。あなたが倒したのはガーゴイルの親玉のようでしたし、そんな奴が近くにいるのかを知りたいのだと思います」
「だとしたら、ダルキアンの読みは正しいな。まさに、そいつが自分のところに来ようとしているんだからな」
またもや近づいてきたガーゴイルに剣を投げつつ、カインはダルキアンという魔物について考えていた。
特に必要性を感じなかったので予備知識がゼロだが、かなり人間らしい思考を持っているようだ。
単純に言うと、そこらの魔物よりもかなり思慮深いやつだと思われる。
カインはイクスに自分の考えを伝えることにした。
(もしダルキアンが小手先に頼った戦闘をするようであれば、俺は付き合いたくないから瞬殺するが、いいな?)
なんとも物騒なセリフである……。
(今回は久しぶりに一度戦えただけでも良しとするさ。カインの好きにするといい)
イクスからも良い返事が返ってきたので、カインはそれでいくことに決めたようだ。
「アイラはダルキアンの姿を見たことがあるのか?」
「いえ、一度も見たことがありません。ダルキアンが自分の領地から出ることはほとんどないので」
アイラから何か情報を得られればと思ったが、見事に不発だった。しかし、陰気な根暗野郎ということだけは分かったようだ。
「全部手下に任せてるようだな。引きこもりとはいえ一応Sランクの魔物だ。何か特別な力でもあるんだろうな」
魔物のランクは冒険者の討伐難度を示すことが多いが、S以上は特別となっている。
Sランク以上の魔物は、その魔物自身が持つ能力の強さを示す。能力が強ければ、S、SS、SSSというように評価される。
実際に、カインはSランク以上の魔物と戦った経験がないのが実状だ。それ故に倒せるという保証もなければ、死ぬ危険すらある。それでも、村人たちの移住に力を貸そうというカインは、やはりお人好しと言わざるを得なかった。
「あの、一ついいですか?」
「なんだ?」
「どうして村の人達を助けるんですか?」
「村長との会話を聞いていたのか」
「はい……すみません」
目が覚めてすぐに体を起こした訳ではなかったようだ。
「ただの人助けというのもあるが……少し自分と重なる部分があってな」
「重なる部分とは? あぁいえ、話せないなら構いません」
カインは少し考えたが話してもいいように感じた。それは、この優しいエルフだからなのかもしれない。
「俺が小さい頃の話だが、村が魔物の大群に襲われた。魔物共は女子供問わずに皆殺しにしていたから、俺の家族も死んでいるだろう」
「ご家族も……そんな中、どうしてあなた一人が?」
村を一つ潰すほどだ。かなりの大群に違いないとアイラは思っていた。
「俺はその時、薪を集めに村の外に出ていたんだ。だから、魔物が襲われている村に戻ることはできなかった。しかも、村の外にも魔物がいて俺は逃げた。逃げるしかなかった。家族のことを考える余裕もなかったんだ。どうしようも……なかった」
もう克服したと思っていたが、この惨劇の記憶はカインの奥深くに根ざし、一生消えることはないのかもしれない。
「あなたが逃げたことを責める人なんていませんよ。子供に何ができるんですか? きっと、ご両親もあなたが無事でいることに感謝していると思いますよ。何しろ、多くの人を救うために強大な魔物を倒そうというんですから」
昔のことを思い出し少し感傷に浸っていたが、アイラの一言で吹っ切れたようだ。
「そうだな。親父も母さんも喜んでくれる気がする。ただ、危険なことに首を突っ込むなと叱られそうだが……」
「心配要りませんよ。危なくなったら、私が助けて上げますから」
カインより弱いはずのエルフは、なぜか自身満々にそう宣言した。
やがて、ダルキアンの領地に入って見えてきたものがある。
それは空に浮かぶ、禍々しい巨大な城だった――――――――