イクスの戦闘
カインは胸騒ぎを覚えながら、急ぎトルン村へと向かっていた。
トルン村があるであろう方向に目を向けると、遠くで煙が立ち上っていることにカインは気づく。
(予想通りか……)
カインはこの村に来る前に数体のガーゴイルを見かけては、金色の大弓で打ち抜いていた。つまり、よりダルキアンの領地に近いトルンの村では、ガーゴイルの襲撃を受けている可能性が高いのだ。
(見えてきたぞ、あれがトルンか?)
木造の家が煙を上げて燃えている。それも一軒や二軒ではない。
カインは自分の過去を見ているようで、とても苦い表情をしていた。
(村人の姿が見えないな、どこにいるんだ……)
まさか、村人全員が殺されてガーゴイルの餌食になったのか、とカインは考えてしまった。
(おい、あれを見ろ!)
カインは首を振って考えていることをやめ、イクスが指し示す方向に目を向ける。
そこには、怯える村人たちを背に、魔法で戦っている女性エルフの姿があった。
(あの特徴的な長い耳と緑色の髪は……エルフ族だよな?)
(間違いない。しかし、なぜこんなところにいるんだ? 普段は森の奥深くにいるはずだが……)
エルフ族は他種族との関係を持たないのが基本だ。彼らは森の神に守られて生き、神への感謝をすることで生活を維持していくのだ。
他の種族と関わらない理由として、『関わる必要がない』というのが一番の理由だ。
わざわざ他種族と関わり、諍いなど起こしては馬鹿らしくてしょうがないのだろう。
そう、エルフは人間など助けない。だが、カインは目の前のことを受け入れなければならない。
(あのエルフが戦っている相手……ただのガーゴイルじゃねぇぞ)
エルフと相対しているのは、ガーゴイルより一回り大きい個体だった。
翼は他のガーゴイル同様に生えている。
そして、一番の特徴は腕が6本あることだ。その腕の一本一本には大きな剣が握られており、エルフを襲っていた。
エルフは風魔法で攻撃を弾いているが、魔法の詠唱が敵の攻撃に間に合わず、どうしても回避に専念することになってしまう。
(避けるだけで精一杯のようだな)
カインはそのガーゴイルに狙いを定め、紅蓮の大矢を放った。
そのガーゴイルは驚いたことに、矢の接近に気づき矢を掴んでしまう。
エルフはどこからか飛んできた矢に驚いたようで、ガーゴイルから身を引いてくれていた。
それが、カインには好都合だった。
(あの矢を掴んだか。だが……)
カインにより生成された大矢は、掴んだだけではどうにもならない。
ガーゴイルが掴んでいるその矢は爆発した。
(ダメそうだな……)
(あぁ)
そいつは無事だった。体にも傷一つ付いていない。
(直接殺るか)
そう言いながら、カインはその戦闘が行われている場所に降り立った。
「このオレに矢を放ったのは、お前か?」
そのガーゴイルは怒り心頭という様子だが、
「そうだ、と言ったらどうする?」
カインは挑発めいた発言をする。
「そうだな~。 このエルフの姉ちゃんはそろそろダメそうだしな。代わりに、お前に相手をしてもらおうか」
「そうか、問題ない。さっさと始めよう」
カインは両手に金色の剣を生成し、準備を整える。
カインの後ろでは、エルフが満身創痍といったところで、今にも倒れてしまいそうだ。
(なぁ、カイン)
(なんだ、今は忙しい。話なら後で聞く)
(そうじゃなくてよ……オレにやらせてくれねぇか?)
イクスが興奮したように尋ねる。
(やりたいのか?)
(長い間、お前の修行に付き合うだけで、まともに戦ってねぇんだよ。頼む!)
イクスの本来の目的は『強いやつと戦いたい』という願いを叶えることだ。
それが例え、本来の竜の姿でなく、カインの体であっても戦いたいのだろう。
(……まぁ、いいか。お前が俺の体を使うのは久しぶりだ。この体に、これ以上傷はつけないでくれよ? シャノンが見たら心配する)
(まぁ~たシャノンかよ。分かってるよ)
カインは意識をイクスと入れ替えるため、イクスの意識に己を近づけていく。すると、徐々にイクスの意識に近づき、やがて……イクスと入れ替わった。
「こんなに重くなったのか、カインの奴は成長したな」
イクスは、以前にカインの体を使ったことを思い出し、生暖かい目になる。
(当たり前だ。俺は人間だぞ、成長くらいする)
本来のイクスがいるところにカインがいる。それはまるで、二重人格とも言えてしまいそうだ。
「おら! 来ねぇなら、こっちから行くぞ!」
ガーゴイルは待ちきれなかったのか、巨体とは思えないほどの速さでイクスへと迫る。
(剣が二本でいいのか? 俺が用意しておいてなんだが……)
(構わねぇよ、危険のない戦いなんてつまらねぇからな。まぁ、どうしても無理なら数を増やすさ)
会話をしている最中だが、イクスは迫る6本の剣を高速の剣捌きで見事に防ぎきる。
(やっぱり、お前が魔力を使うと違うな。俺とは段違いの速さだ)
カインはイクスの魔力を使い。あらゆる物を生成し、または操る。一方、イクスが使うのは自分の魔力だ。どちらが魔力を扱うことに慣れているかなんてことは、分かりきっている。
イクスの剣速は魔法によって実現されており、剣速が上がれば無論、剣の威力も上がる。
やがて、イクスの剣速はガーゴイルの剣の威力と同程度まで達した。
「な、なんなんだよ、こいつ……。こっちは6本だぞ!」
相手は、イクスの剣捌きに混乱しているようだ。
それもそのはずだ。
イクスは両手の二本の剣で、迫り来る6本もの剣を防いでいるのだから。
「お前が遅ぇんだよ。おら、もっと速度上げろ。つまんねぇだろうが」
イクスはさらに剣速を上げる。
「ク、クソがぁーーーー!!」
イクスの金色の剣が、残像を残しながら振られていく。
相手も負けじと剣速を上げる…だが。
イクスの剣速に追いつくことは叶わなかった。
ガーゴイルの6本の腕が、イクスの信じられない剣速により切り飛ばされた。
「あ、あぁぁーーーーーー!!」
ガーゴイルは激痛のあまりに悶絶していた。
体も、腕を落とされたことによってバランスを崩し立っていられないのか、ガーゴイルは膝をついてしまう。
「腕を6本切り落とされたくらいでうるせぇなぁー」
いや、腕6本は絶叫ものだと思うのだが……
イクスはガーゴイルの絶叫が耳障りなのか、片手で耳を塞ぎつつ近寄り、ガーゴイルの首を音もなく切り落とした。
ガーゴイルは完全に絶命し、その巨体を大地に横たわらせた。
後ろで怯えていた村人と女性のエルフは、何が起きていたのかをよく理解できずに唖然としている。
「なんだよ。せっかく入れ替わったのによー。これじゃ、遊びにもなんねぇぜ」
あまりに退屈そうだが、久しぶりの戦闘を味わったイクスであった。
(終わったか。では、代わろうイクス)
(はぁ~、もっと戦いたかったんだがな……)
(機会があれば、また今度戦わせてやるさ)
(今度ね~……まぁ、期待してる)
イクスはカインの言うとおり、意識をカインに近づけ、入れ変わった。
「痛っ……」
入れ替わったカインは腕を押さえて、小さく呻いた。
(お前な、傷は付けるなと言ったが、過剰に酷使していいとも言ってないぞ…痛ぇな)
カインは、イクスが剣を高速で振り回した反動を鈍い痛みとして感じていた。
(なんだよ、情けねぇな。今度からしっかり体作りしろよ。最近サボってんだろ?)
(さ、最近は忙しかっただろうが。仕方あるまい……)
(まぁ、そういうことにしておこう。痛みは長引きそうか?)
しっかりカインの心配をするイクスは、まるでカインの兄弟のようだ。。
長く寄り添い合って生きてきたのだから。
(いや、一晩もあれば十分だろう)
これもイクスを心配させないための、カインなりの気遣いなのかもしれない。