シャノンの姉
シャノンの様子がおかしいと思いつつも、食堂の前にたどり着いた。
食堂の入口の左右に控えていたメイド二名が、扉に手をかけ開く。
そこには、信じられないほど長いテーブル、毛足の長い赤い絨毯、天井に吊るされた豪華なシャンデリアさえあった。
もうカインは驚かない。彼はこの家の次女と結ばれようというのだから。
「さぁ、こちらです」
シャノンが、長いテーブルの奥へと案内してくれる。
カインは、奥に見えていた人物たちが遠くて誰なのか良くわからなかったが、奥に進むことでようやく分かる。
テーブルの最奥、入った扉の真正面に腰掛けているのがシャノンの父だ。
シャノンの父から見て右の席に女性がいる。
(あの女性は……誰だ?)
シャノンに似ているが、シャノンに似ていない。
顔は、シャノンの姉というだけあり、目鼻立ちがスッキリとしていてとても美しい。
髪はシャノンと同じく金髪だが、後ろで一本に束ねてポニーテールにしている。
身長は、座っているため分かりにくいが、シャノンより少し高いくらいだろうか。
では、どこが似ていないのか、と言うと……
胸だ。
姉妹でここまで差が出ていいのか、とカインが思うほどの断崖絶壁
カインがシャノンに言った『シャノンの姉か、きっと素晴らしい体なのだろうな』というのは、単にシャノンの気を引こうとした悪ふざけだったが、まったく期待していなかったかというと嘘になる。
(ん? あれが姫様の姉か?)
石は例によって、服の胸ポケットに入れてきたため、イクスが話しかけてきた。
(そうだと思うが……)
(随分と……その……あれだな。悲しいことになってるな……)
(あぁ。あれで姉妹だと名乗るのはキツイだろう……特に、他国へとシャノンを連れた会合は生きた心地がしないだろうな)
特盛と断崖絶壁
男に限らず、女が見ても不憫なほどだ。
そこで、シャノンが気落ちしていた理由に思い当たる。
(あのシャノンの気落ちした様子はただ事じゃなかった。まさかこれが理由で、姉妹が不仲なんてことはないだろうな……)
(そんな馬鹿なことがあるかよ。仮にも一国の姫様たちだぜ。そんな胸のことくらいでよ~)
(だといいがな……)
ようやく声が届く距離にまで近づいてきた。
「お父様、エスト姉さま、お待たせしてすいません」
「いや、いいんだ。朝食も今運ばれてきたところさ。カインも席に着きなさい。」
カインが王に呼ばれたときに、姉のエストと目が合った。
「父様、こちらの方がシャノンを救ったという?」
「あぁ、そうだ。シャノンの命を救ってくれた方だ。お前も挨拶しなさい」
「はい、父様」
エストは立ち上がり、カインの正面に立った。
「初めまして、エスト=アルトリエです。この度は、妹のシャノンを助けて下さり、誠にありがとうございます」
「いや、礼を言われるようなことじゃない。俺もシャノンと出会うことが出来て良かった」
丁寧な挨拶と優しそうな笑みをカインへと向けるエスト。
これにはカインも悪い印象など抱くはずもない。
「シャノンも、礼は言ったのかしら?」
「は、はい、姉さま!」
なぜかやたらと緊張した面持ちで返事をするシャノン。
(なんだ? やたらと硬いな……)
(姉妹っていう反応じゃねぇぞ)
イクスもカインと同じような反応だった。
いくつかの疑問は残るが、とりあえず、食事の席に着くことにした。
シャノンは王から見て左側の席、カインはその左の席に座った。
「では、食事にしようか。今日はカインも朝食を共にするだろうから、とっておきを用意させてもらった。例の物を頼む」
近くにいるメイドに王が言いつけ、それからしばらく、甘く芳醇な香りがしてきた。
メイドが持ってきたのは、金色の壺のような容器だった。
それを一人一人のグラスに注いでいく。このグラスは細かい不死鳥の細工が施されていた。
「まぁ、お父様。これはカデンツァのジュースですね。良く手に入りましたね」
「カデンツァだと……」
それはカインも聞き覚えがあった。いや、ゼニスという世界にいる人間で知らない者はいないだろう。
カデンツァは遥か北で栽培される最高級の果実だ。
それは氷に閉ざされるほどの寒冷地帯でのみ育ち、その栽培を手掛ける者は少ない。ゆえに、最高級であり、入手困難とされていた。
「父様もやりますね。客人へのお礼とはいえ、カデンツァとは。 いくらしたんです?」
「うむ、カデンツァを10個ほどだ。だから……ざっとアルトリエ金貨500枚ほどか」
カインは気が遠くなった。
(果実に金貨500枚……皇族は違うな……)
(お前なんて、銅貨が5枚しかなかったもんな)
本当にその通りだ。とんだ玉の輿になりそうだ。
(いや、シャノンの家族の世話になるつもりはない。シャノンと俺の食い扶持は、自分で稼ぐ。主にクエストでな)
(へぇ、やる気あるんだな。てか、いつの間に姫様をお前が養うことになったんだ?)
そういえば、イクスには言っていないことに気付く。
あのときは寝間着だったしな、と思い、改めてイクスに伝える。
(俺、シャノンと婚約することになった)
……
……
(……ん? おかしいな、婚約と聞こえちまった。コンニャクの間違いだろ?)
(いや、婚約で正解だ。竜は耳も良くないといけないな)
……
……
(マジかよ……)
歴戦の竜が『マジかよ』とは、少し笑えてしまうが、
(マジだ)
特に笑いもせず、カインは即答した。
(じゃぁ、旅はどうするんだよ? 世界の平和はどうした?)
(旅は続けるが、シャノンをどうしようか迷っている)
(迷う? 何にだ……?)
(シャノンは、ゼランの契約者らしい)
……
……
(もう驚かねぇ……受け入れてやろうじゃねぇか)
強くなったイクスである。
(だが、まだ覚醒していない。その間に俺は一つのクエストを受けてこようと思う。なんでも、ダルキアンというSランクの魔物の討伐のようだ)
(なるほど、それも姫様……シャノンでいいか、カインの嫁だしな。シャノンのためか?)
(その通りだ)
(愛してるねぇ)
(ゾッコンというやつだ)
そんな会話をしつつ、食事を進め、カデンツァのジュースを味わう。
「これは美味いな」
「お父様、カインも気に入ったそうです」
「おお、そうかそうか。まだあるから、たくさん飲むといい」
「すまないな、さすがにカデンツァを味わう機会などなかったのでな」
メイドがカインにカデンツァを注ぐ。
シャノンも注いでもらおうとしたのか、残りを飲み干そうとグラスを傾けたときだった。
「そういえば、シャノンよ。いつからカインを呼び捨てにしているんだ? 昨日は『カイン様』だったじゃないか」
シャノンは吹き出した。赤いカデンツァのジュースが垂れていく。
「ご、ごほっ、ごほっ……いきなりですね。お父様……」
シャノンの深い胸の谷間に赤い滴が流れていく。
カインは、そんな光景から目が離せなかった。それが……まずかったらしい。
「ふむふむ、そういうことか……」
王が納得したような顔でこっそり頷いていた。
「シャノン様、失礼します」
控えていたメイドがシャノンの胸を拭いていく。
(うっ……プルプルと揺れて)
そんなこんなで、やがて、食事を終えた。
「もう……いつまで見てるんですか?」
立ち上がったシャノンに小声で注意され、カインは少し情けなく感じた。
(カインも男だしな……)
竜には同情される始末である。