ゼランの契約者
胸を盛大にもみしだかれたシャノンは、赤らめた顔をそのままに乱れた衣服をようやく正した。
「もう……夢中になりすぎですよ?」
「す、すまない……」
あの胸から手を放すのは、男性であればかなりの苦労を強いられるだろう。
「ですが、それだけ私に夢中なんですね。ところで……途中から気になってたんですが、あの石……光が強くなってませんか?」
言われてから、カインも脇机に置かれた石を見た。強くなる、ということは最初から光っていた石のことを指す。
つまり、ゼランの石だった。
「まさか……!」
これまでに見たことのないほど、ゼランの石は銀色の輝きを放っていた。
ここには、カインとシャノンの二人きりであり、それ以外の人間はいない。
「シャノンが……契約者?」
「え……私ですか!」
そうとしか考えられなかった。
(きっかけはなんだ?)
カインは考えた。
シャノンが部屋に入ってきた時は、何も変化はなかったはすだ。では、それ以降ということになる。
もう考えるまでもなかった……
『シャノンの胸をもみしだいている最中』しかない。
しかし、一つ疑問がある。
なぜ、シャノンを救ったときではなかったのだろうか?
契約者がシャノンであるならば、あのときにカインの胸ポケットに入っていたはずのゼランの石が、今と同じように光っていてもおかしくない。
(まさか、まだ決まっていなかったのか……?)
「シャノン一つ質問がある。お前に兄妹はいるか?」
「急ですね……はい、姉のエストがいますが」
「やはりか……」
カインはイクスから、ゼランについて詳しく聞いたことがあった。
なんでも彼の竜は、『高貴な血』を愛するそうだ。おそらく、この国に来て、アルトリエの血筋に反応したのだろう。
光が強くなったきっかけは、考えたくないが、『シャノンに手を出したカインへの嫉妬』だろう。
(上手くやれそうにないな……)
ゼランがシャノンを契約者として認め覚醒すれば、カインも他人事ではないのだ。
今更、嫌われているとはいえ戦うことはないだろうが、俺への嫌がらせでシャノンにいらんことを吹き込みそうだ。
とはいえ、ゼランの石を放置することはできない。
「仕方ないか……これはシャノンが持っていろ」
ゼランの石をシャノンに手渡す。
「本当に私が?……」
驚きを隠せないようだが、注意しておく必要があった。
「その石はゼランという神竜が宿っている。俺が扱う魔力は、この石に宿るイクスから供給しているが、つまり、シャノンはゼランの魔力を扱えるようになるということだ」
この石がカインの力の源と知って驚くも、それを自分が使うということが信じられなかった。
だが……シャノンは言っていた。
『気になっている』と、シャノンはカインに助けられた光景を忘れられなかった。
金色の翼をはためかせ自分を救ってくれたカインのことを。
その飛んでいる姿を。
飛びたい、と願っていた。
「これを使えば、私もカインのように飛べますか!?」
急に興奮しだしたシャノンをカインは宥めた。
「落ち着け。そう簡単じゃないぞ、俺の体の傷を見ただろう? あれは飛んだときの傷も含まれている。力が使えるようになったからといって、すぐに飛ぼうとすれば上手く魔力が制御できずに落下するぞ?」
「そ……そうですよね。簡単なわけないですよね」
現実を知り、凹んだ様子を見せるシャノン。だが、今はそれよりも大事なことがあった。
「そうです、カイン! お父様にお付き合い、いえ、婚約の報告に行きましょう! 善は急げです!」
「ま、待て、シャノン!」
落ち込んだかと思いきや、すぐに部屋から出て行こうとしたシャノンを引き留める。
「どうしました?」
「お前の父が認めているのは分かるが、男として……何もせずに娘をもらうのは気が引けてならない。そうだな……この国の難事を解決すれば、お前の父だけでなく、民衆も俺のことを認めてくれるだろう」
そんなことを考えるカインを、シャノンは内心笑いながら『変な人』と思っていた。
あえて、危険と苦労をしようと言う。王が認めれば、民も認めるというのに。
それでも、私に相応しいのは自分だ、と民に示したいらしい。
(大手を振って、私のおっぱいを揉むつもりかしら?)
さすがに、カインもそこまでは考えていないが……
そんなことを本気で考えてしまったシャノンは、カインに誠実な目で見つめられ、またもや顔を赤くする。
「いつでも構いませんのに……」
少し小さな声で呟いた。
「何か言ったか?」
「い、いえ! なんでもないです! えぇと、難事でしたよね……そう言えば、ダルキアンの直轄領が拡大してきていて、父が頭を悩ませていました」
「ダルキアン?」
「はい。ここから馬車で一日のところに『トルン』という村があるのですが、そこから険しい山脈を越えると、魔物の中でも幹部クラスと言われるダルキアンの直轄領があります。たしか……ギルドにクエストが張り出されていたはずです。魔物のランクはSだったかと……」
カインはその話を聞き、ギルドに入ってすぐの正面に、赤い大きな張り紙があったことを思い出す。
「そういえば、あった気がするな。そいつを倒して来ればいいのか?」
あっさりとシャノンに提案する。
「え、えぇ、そうですけど……。カインのことですから、心配はしていませんが……この石はどうしましょう? いつか、この子は目覚めるんですよね?」
シャノンはカインの安全より、ゼランのほうが気になるようだ。
(絶対に寝取らせないからな……ゼラン)
などという、カインの嫉妬はどうでもいい。
「それについては、俺が戻ってからでも大丈夫だろう。何か劇的な変化か、きっかけがないと神竜は覚醒しない」
「……そうですか、残念です」
カインが離れるということには気づいているのだろうか。寂しくないのだろうか。
「とりあえず、そういうことだ。今日にでもトルンに向かおうと思うんだが、いいか?」
「はい、カインは飛んでいくんですよね?」
「いや、アルトリエの近隣も良く見てみたい。だから、今回は馬車で行こうと思う」
「分かりました。馬車はこちらで手配しますので」
準備に関しては特に問題なさそうだった。
「なぁ……シャノン」
「なんですか?」
呼びかけられたシャノンは気付いた。
カインの視線の向かう先に……
「ま、またですか?だ……だめですよ。そろそろ朝食の時間ですし、下に行きましょう。お父様と姉さまも来ます」
「頼む……少しだけだ」
「……むぅ」
そこまで言われて断れるシャノンではなかった。
カインは、シャノンが観念したことを確認し、豊満な胸に再び両手を伸ばす。
「……最高の揉み心地だ……シャノン」
胸を両手で鷲掴みにされ、徐々に気持ち良さそうになっていくシャノンを見て、カインはドレスの中に手をのばそうとした。
「そ、そこまでです!」
カインの手からなんとか逃れ、カインから離れる。
「もう朝食はできてるでしょうし、お父様と姉さまも待ってるはずです」
名残惜しそうにしていたカインだが、仕方ないかと気持ちを切り替えた。
「シャノンの姉か、きっと素晴らしい体なのだろうな」
その声にシャノンは気を落とした、ように見えた。
「そ、そうですよ! 姉さまの体は素晴らしいですよ?」
おかしな反応だった。ここはカインを叱るところのはずだ。
姉のエストの体に興味がある、とカインは言ったのだから。
ところが、シャノンはそんな反応はしなかった。
(姉に何かあるのか?)
そんな疑問を抱えながら、落ち込むシャノンを尻目にカインは着替えを終えた。
その後、シャノンに連れられて下の食堂に向かうことにした。