プロローグ
星々が美しく見える遥か上空で、金と銀の二頭の竜による、激闘が繰り広げられていた。
互いに放つ魔力を利用したブレスの衝突、高速接近による格闘戦。まさに激闘。しかし、ブレスは相殺され、尾や翼までも利用した格闘戦も互角だった。
この戦闘の様を見る限り、両者の力は拮抗しており、この戦闘の終わりが全く見えない。 それでも、彼らは争うことをやめない。いや、もうやめられないだけなのかもしれない。
今まで、戦闘は数えることも馬鹿らしいほど行われてきた。
理由は単純だった。
最強を決める、ただそれだけだった。
二頭の竜による、今回の戦闘も終盤に差し掛かった。己の持つ最大の魔力をブレスに注ぎこみ、放つ。
相殺されることなど互いに理解していた。
そして、ブレスが衝突すると思われたその瞬間、ブレスの衝突地点にぼんやりとした光の塊が現れた。
「そろそろ、飽きてもいいころじゃと思うんじゃが……」
そんな間の抜けた声と共に、ブレスは消失した。相殺されたのではなく、消失したのだ。衝突の音も熱風もなく、何事も無かったかのように。
徐々に光は弱まり、一人の老人が姿を現した。
老人は二頭の竜と比べあまりに小さく、本当にこの老人があのような芸当を成したのだろうか。右手には一本の杖を携えていた。年季を感じさせるが、どこか神々しさを感じる杖である。
「お前は一体何者だ?」
老人が二頭の竜を見据え、やれやれといった風に首を振る。
「人に名を尋ねる前に、自分から名乗るのが礼儀だと思うんじゃが……どうじゃ?」
老人からの指摘に対し、勝手に戦闘に介入したのはどうなんだと思わなくもなかったが、二頭の竜は名乗ることにし、金の竜がまず名乗り始めた。
「俺の名はイクス」
次に。銀の竜が名乗る。
「私はゼランと申します」
二頭の竜の名を聞いた老人は満足したようで、名乗り始めた。
「儂の名はゼウス、全能の神ゼウスだ。地上と天界の橋渡しをしている者だ」
「ゼウスだと? それほどの神が、なぜ我々の邪魔をする?」
天界において、ゼウスの正確な位は分からないが、かなりの権力を有しているはずである。その神がわざわざ地上に出向き、戦いに介入してくるなど考えられない。
何かあると思わずにはいられなかった。
「しばらく、お前さんたちの戦闘を見とったが、いつまでもケリがつかんから、手を出してしまったわい。こんな戦いを続けても、決着なんぞつくわけがないことくらい理解しとるじゃろう?」
竜たちは答えに窮した。自分が最強であると信じ、今まで戦いに臨んできた。しかし、何度も戦ってきたからこそ、互いの力量に差がないことを知ってしまった。あらためてゼウスから伝えられたことで、客観的にもそう捉えられてしまうほどだと気付かされた。
「たとえ、決着が着かなくともお前には関係ないだろう。何が目的だ?」
「この介入の仕方には少し無理があったかのう……。こちらとしても本題に入らせてもらえるとありがたい。特に深い理由などないんじゃよ。ただ……ちょうどいいと思っただけじゃよ。」
竜たちにとっては、まったく要領を得ないよく分からない答えだった。
「ちょうどいいとはどういう意味ですか?」
「今、この地上がどういった状態にあるか知っておるか?」
突然の関係ない質問に対し、竜たちは自分たちとの関連について考えた。しかし、関連性は特に思い当たらなかった。とりあえず、答えることに決めた。
「いや、まったく興味がない。そもそも、我々は全力を出して戦うことが全てだ。それ以外に興味などない」
ゼランもイクスの答えに異論はなかった。
「その答えを聞いて安心したわい」
安心したとは口で言っておきながら、安堵というよりは喜びの色のほうが強い表情だった。まるで、重要な仕事が片付いたかのようだ。もしかしたら、本当にそうなのかもしれない。
「これから、お主らにとって重要な話をする。心して聽くがよい」
「重大な話? この地上の状態と関連があるのか?」
「もちろんだ。儂が地上を訪れた理由はそれだ」
ゼウスは、地上に起きている問題を解決するために地上を訪れ、偶然に竜たちの戦いを目にしたようだ。
「地上では、人間と魔物が長きに渡り争い続けている。しかし、魔物のほうが圧倒的な力を有しているのは言うまでもない。このままでは、近いうちに人という種は滅びてしまうだろう。しかし、儂は神としてこの状況を……」
竜たちは気づいた。気づいてしまった。ゼウスの先の話などどうでもよくなるほどの事実に。
『まさか……』
互いに憎き存在であるはずだが、このときばかりは気が合ったようだ。
そして、ゼウスは告げた。
「お前たちに地上の平定を頼みたい」
沈黙が場を支配する。なんともいえない雰囲気だった。
いち早く立ち直ったのはゼランだった。
「……言いたいことはなんとなく分かったのですが、なぜ、私達がそのようなことをしなければならないのですか? 本来、それはあなた方がやるべきことでしょう」
「ふむ、当然の疑問じゃな。お主たちの力はもちろんじゃが、何より……暇そうな強い竜が二頭もいたことじゃ。今のままでは、何も得ることのない無意味な戦いに身を投じるだけじゃろう」
それは竜たちも薄々感じていた。自分たちの果てのない戦い。いつ終わるとも知れない戦い。何度も戦ってきたが、本当に最強だけを求めていたのだろうか。戦い始めたときは最強を求めていた。どちらが強いのかを知りたかった。
ただ、本当はそれだけではなかった。戦う楽しさを感じていた。それでは……今はどうだろう? ただ戦うだけ、楽しさなど感じられない。同じ相手との戦闘ばかりでは飽きて当然であり、最強の座がちっぽけなものに思えてきてならない。
では、今の自分たちに必要なものは何だというのか……。
そして、思う。
違う相手さえいれば、戦いの楽しさをもう一度味わうことができるのではないか、味わったことのない楽しさを知ることができるのではないかと。
結局、竜たちにとっては戦うことが全てであり、それ以外のことに興味などなかった。
現状を変えてみたいと思ったのは、イクスかゼランの片方の竜だったのか、また、二頭の竜だったのかは分からない。
気づけばイクスは口にしていた。
「具体的に我々に何をさせようというのだ?」
ゼウスは見事に竜たちの戦いの根源を見極め、竜たちの気を引くことに成功した。
「まず、お主たちには神竜となってもらう」
「神竜……とは何ですか?」
「そのままじゃよ。言葉通り、神の竜じゃ。今回に限っては儂に仕える竜といった意味が多分に含まれとるがな」
「我はお前に仕えるつもりなどない。ただ、この戦いを終わらせることで何か変わるのかもしれん。その点だけは期待している。」
「別に構わんよ。誠心誠意仕えろと言っているわけではないわい。形式上はそうだというだけじゃ」
「では、実際に神竜となり、何ができるのですか?」
「……特にないが……あぁ、そうじゃ! 忘れとった」
「忘れるようなことなのか?」
早くもこの老人を信用できなくなりそうである。
「石になれるぞ」
『……は?』
やはり、この老人を信用することなど竜たちにできるはずもなかった――――――