入社
翌日朝七時五十五分、オレとノエル、基エリオットとノーラは無事ワールドへ潜入することに成功した。現在は二人揃って応接室で企業理念やら業務内容やらについて説明を受けているところだ。昨日聞いたようなブラックな話は当然一切なく、清廉潔白と言わんばかりのその内容にうんざりしながらも、目の前の人物を不審に思われない程度に観察する。目の前の人物、ルークは昨日の話の通りの人に思えたが、オレは人の裏を見抜くのがあまり得意でないため、その辺りはノエルに任せることに決めた。適材適所。
「概要は以上です。それでは今から事務所の方に挨拶回りに行きますので、ついてきてくださいね」
上辺だけの会社紹介が終わり、オレたちはルークに連れられて挨拶回りに向かった。それにしても広い会社である。今何個目の事務所だよ。絶対迷子になるわ。さすが大企業。
「広いので迷わないように注意してくださいね。私はこの会社が小さな頃から勤めていたので、広くなる度にゆっくり覚えられたのでよかったんですが。もし今一度に覚えろと言われたら無理でしょうねぇ。貴方たちはしばらくは先輩社員と一緒に行動することになると思いますから、彼らについてしっかり覚えてくださいね」
ルークが笑いながらそう言ったので、考えていたことがバレたのかと思ってびっくりした。それが顔に出ていたのだろう、皆さん一度は迷われるんですよ、と今度こそオレの考えを読み取った彼が付け加えた。
「さて、お二人ともお疲れさまです。ここの事務所で最後ですよ。エリオットはここが仕事場になりますのでここだけでも覚えておいてくださいね」
そう言われて頷いたが、当然のように現在地を把握していないオレは、後で誰か親切そうな人に帰り方を教えてもらおう、と既にダメな子認定を受けそうな予定を頭の片隅に立てることになった。ルークよ、そういうことはもう少し早くに教えてくれ。若干テンションが下がりつつも、他の事務所に入るときより少し緊張しながら事務所へと足を踏み入れた。
「エミリーです。わからないことがあったらなんでも聞いてね。っていっても私もまだまだひよっこだから答えられないかもしれないんだけど。とりあえず、これからよろしくね」
そう言いながら笑って差し出された彼女の手を握って、オレも笑顔で答えた。エミリーと接触するのは思った以上に簡単だった。彼女はこの事務所で一番後輩だったため、必然的にオレの教育係に決まったらしい。席も隣同士だ。ノエルと離れて仕事しなければならないのは非常に残念だが、これはこれで楽しいかもしれない。いや、仕事のことは忘れてないですよ? 緊張感もしっかり持ってますとも。
その後はエミリーに日常業務について教えてもらった。新入社員にも容赦ないらしく、延々と続く仕事の説明が全く終わらない。さすが大企業。いや、この場合はブラック企業、が正しいのか。結局お昼になっても説明は終わらなかったため、一度休憩がてら一緒に昼食を食べに行くことになった。
お昼休憩はまともにあるらしいことに安堵しつつ、会社近くのエミリーお勧めの小さなカフェに入った。分かりにくい場所にあるためあまり客はいないが、味とボリュームは抜群だった。エミリーはおしゃべりが大好きで、誰とでもすぐに打ち解けられる性格らしく、お店の情報だけでなく会社の人たちの噂話や近所であった事件などいろいろなことを知っていたが、至って普通の女の子だった。
「そういえば、ノーラさんとは知り合いなの?」
「ノーラさん……は今朝初めて会ったんだ。その時に少し話をした程度だよ」
自然な流れでの質問であったため、うっかり本当のことを言いそうになってしまった。危ない危ない。エミリーはノエルが派遣されてきたことを知っているのだ。少し詰まってしまったが、彼女は特に不審に思わなかったらしい。セーフ。頭の中でギルバートが渋い顔をしている。
「そうなんだ。彼女美人さんだよね! びっくりしちゃった。きっとかっこいい彼氏がいるんだろうなー」
「い、いやいや、いないんじゃないかな? ちょっとしか話してないけど。あの感じはいないと思うな。オレはそう思うな」
「えー? あ、そういうこと。ふーん?」
思わず全力で否定してしまったオレに対して、彼女はニヤニヤと一人納得している。オレと彼女の関係は疑われなかったが、オレの気持ちはしっかりとバレてしまったようだ。
「そっかー、エリオットはああいうのがタイプかー。美人だもんねー。先輩として応援するよー」
「あー、ハハハ……どうも」
エミリーのありがたい申し出にとりあえずお礼を言っておいたが、応援する、がオモチャにする、にしか聞こえないのは何故だろう。
「あー、信用してないでしょ。自分で言うのもあれだけど私結構優秀なキューピッドになれると思うよ? これでも情報通で通ってるし空気を読む事だって得意なんだから!」
「へぇ? じゃあまずは会社に早く慣れるために会社の人たちの事教えてくれないかな? ほら、オレって真面目な男だから」
これはチャンスだと思いおどけたように頼むと、彼女に出来る男アピールしたいだけでしょ? と笑いながらもいろいろと教えてくれた。思った以上に多くの情報が得られたことに驚いたと同時に、本当に彼女が情報提供者なんだなとなんとなく実感した。