ワールド
「相変わらずレオンは料理が上手ですね。ではいただきます」
ギルバートに料理を褒められて、レオンは得意気だ。おい、ずいぶん態度が違うじゃねーか。
「早速ですが仕事の話をさせてもらっても宜しいですか? レオンはもう食事は済んでいますね。申し訳ないですが席を外してもらっても?」
「待って待って! こいつっていっつもギルが話してるやつだろ! んで今回のノエルちゃんのパートナーなんだろ! こんなやつがノエルちゃんを守れるとは思えない!」
何て言われよう! オレ可哀想!
「レオン、その言い方は感心しませんね。目上の人に対する態度ではありませんよ。こいつは止めなさい」
すぐにギルバートが険しい顔でレオンを嗜めてくれたが、あれ? 注意するのそれだけ? 他にも気にならない? 内容とか結構なこと言われてるんだけど?
少し不満そうではあったが、レオンはぐっと黙り混み、オレに向かってエドワードさん、と言った。素直ではあるんだろうなとは思う。可愛いなんて思ってやらないからな。相変わらずノエルはレオンにメロメロだが。
「はい、良くできました。心配しなくてもエドワードは貴方が思うよりもずっと優秀ですよ。それに、ノエルだって守られるだけの方ではないことは、貴方が誰よりもよく知っていると思っていましたが、どうですか?」
突然の褒め言葉に、オレはなんだかそわそわしてしまった。ギルバートに褒められるなんて、それこそオレがレオンくらいの時以来じゃないだろうか。めったにないギルバートからの賛辞に、これはさすがにレオンも納得してくれただろうと彼の方を見ると、未だに不満そうな顔でこちらを向いたまま爆弾を投下してくれた。
「でも、ジョージより危ない顔してた」
その一言でさっきまでオレの味方をしてくれていたギルバートが、その笑顔に冷気を纏わせてオレを無言で見つめてきた。ジョージという名前だけで察したらしい。一体何をしてるんですか? 何もしてません! 瞳で会話。以心伝心。
「……はぁ。レオン、確かにこれはジョージと似ているところがあるかもしれませんが、似て非なるものです。それにヘタレですから。安心してください」
「なんだ、ヘタレか」
「ヘタレじゃないから!!」
ギルバートの説明に安心したらしいレオンは、ノエルに頑張ってねと声をかけてキッチンを後にした。泣いてもいいかな?
「あなた方にはエリートと平社員としてそれぞれ潜入していただきます」
「格差半端ないな」
「ノエルがエリートで、エドワードが平社員でお願いします」
「そうなった経緯を詳しく」
「いちいち口を挟まない! 質問は後で受け付けます!」
「はい、すみません」
一つ咳払いをした後、再びギルバートが話始めた。
「今回のチームは潜入要員としてあなたたち二人、情報要員としてシェリー、統括が私です。先に説明した通り情報に不確定要素があるため、情報をリークしてくださった方にはノエルのみこちらから派遣すると伝えてあります。エドワードはノエルと無関係という体で潜入し、件の社員も含め探ってください。名前はエミリーです。顔はこちらの写真を。取引の首謀者は社長であるフレッド氏で、人事のルーク氏他数名が関与していると思われますが、わかっているのはこの二名のみとのことです。こちらの方の調査はノエルがお願いします。現物の保管場所は隙を見て調査願います。まあ十年前のものが残っているかはわかりませんが、過去の取引についても何かしら手掛かりが残ってないか探ってみてください。内容については以上です。何か質問はありますか?」
なるほど。内容は把握した。が。
「振り分けの経緯を詳しく」
「適材適所です。以上」
「見も蓋もない!」
冷たい! と思ったが、よく考えたらいつものギルバートだった。
「会社についてと調査対象の人物について、もう少し詳しく知りたい」
「会社についてですが、まず一般的に知られていることとしては国内国外問わず手広く物流を扱っている会社で、十年前から急成長し、今や業界随一の大企業となっている、といったところですかね。これにシェリーからの追加情報を加えると、十年前からの急成長は例の取引の恩恵を受けている可能性が濃厚、社内環境としては取引先を優先するあまり残業、休日出勤、シフト変更は当たり前、社員間の待遇格差が酷く、ブラック企業に片足を突っ込んでいる状態、とのことです」
「クリーンな大企業が聞いて呆れるな」
「九割方真っ黒じゃねーか」
なんだか裏切られた気分だ。いや、そんなにワールドという会社を知ってる訳じゃないけど。
「次にターゲットについてですが、社長のフレッド氏は非常に慎重で神経質な性格みたいですね。また、取引先にはへりくだって接しているようですが、下の者に対しては尊大な態度で自分の駒としか思っていないようです」
「うわ」
「最低だな」
「人事のルーク氏は大変頭が切れる人物で、なぜこんな会社で人事なんてやっているのか不思議なくらいですね。性格も穏和で、大変情に厚いようです」
「え? 関係者なんだよな?」
ここまでいかにもと言った感じの情報ばかりだったため、どこか違和感を覚えた。
「ええ、間違いないそうです。情報が確かであれば、ですが。もちろん十年前にも在籍していました」
「んー、裏があるのかな?」
「そこまではわかりませんね。最後に今回の情報源であるエミリーですが、彼女は去年ワールドに入社した新入社員です」
「は?新入社員?」
予想外だった。写真を見て若いとは思ったが。
「ええ、この時点で本来なら切って捨てる情報なんですが、会社の内情から十年前の事件の内容まで、とても悪戯とは思えないものだったので。シェリーに調査してもらい、恐らく正しい情報だろうと判断しました」
「シェリーが言うなら大丈夫だろ」
「私もそう思います。エミリーはワールドに入る前はワールド近くの居酒屋で働いていたそうです。性格は噂好きで明るい、普通の女の子といった感じですね」
『適材適所』でしょう? といい笑顔でギルバートが宣ってきた。ノエルもなるほど、と納得している。やはりギルバートとは早めに話し合う必要がありそうだ。
「ということで、明日からよろしくお願いしますね。朝は八時出社でお願いします。場所はわかりますね? いつも通り仕事中は偽名でお願いします。エドワードはエリオット、ノエルはノーラ、シェリーはシャロン、私はギデオン、他者の名前は出さないように。報告は毎日終業後ここで。他何かあれば随時。ですが基本は自己判断で。では検討を祈ります」
話を終えたギルバートが一つ手を叩いて、打ち合わせは終了した。ノエルがリビングにレオンを呼びに行き、戻ってきた彼に少し身構えたが、どうやら彼の中での警戒対象からは外してもらえたらしい。少々見下されている感があるが気のせいだと思うことにした。さん付けから呼び捨てに変わっているが気にしてなんかいない。レオンを交えてお茶を飲みながら今度こそ親睦を深めた後、明日に備えて早めに解散した。