応接室にて
午前の仕事は、特に大きなトラブルもなく終了した。事件といえば、二日前に捜索願いが出されていたおばあちゃんが無事保護されたくらいだ。どうやら隣町の友人のところで『おとまりじょしかい』なるものを行っていたらしいが、家族への報告をすっかり忘れていたらしい。平和で何よりだ。
「それで?シェリーが一緒って聞いたんだけど」
使用中の札をした応接室でコーヒーを飲みながら、オレはギルバートに訊ねた。小さい頃からオレのことをよく知っているギルバートは、たったこれだけの言葉てオレの言いたいことを大体理解したらしい。なんて便利。
「ええ。お察しの通り、今回の貴方の役割はいつもと少々違います。情報はシェリーが担当しますので、貴方はノエルという方と一緒に潜入捜査の方をお願いします。」
「何でまた急に」
「人手不足ですね」
告げられた内容は大変あっさりとしたものであったが、オレにとっては少々違和感があった。まず、オレがこの仕事を始めて三年、これまでそんなことは一度だって無かったし、メンバーが減ったという話も聞いていない。それにいつもこの手の仕事を担当している内の一人であるジョージが、ここ最近はフリーであるとつい先程聞いたばかりだ。それともう一つ。
「兄さんたちは?」
「ちゃんと許可を頂きましたよ」
そう、オレが今まで現場へ行く許可が下りなかったのは、偏に超がつくほどのブラコンで無駄に権力のある兄が二人もいるせいだった。兄たちのことは嫌いではないが、行く先々で弟自慢をするのは切実に止めてほしい。あと成人過ぎた男の写真を財布に入れてるとかいろいろ誤解されそうだからやめた方がいいと思う。いや、弟の写真だとしても無いわ。そんな兄たちが許可を出したということは。
「ついに弟離れの時が……!」
「あ、いえ、それはないです」
オレの感動は一瞬で打ち砕かれた。優秀な上司の言うことに間違いはないため、ここで妙な期待を持ってはいけない。
兄たちのブラコンは既に諦めがついているので、気にせず先に説明をしてもらうことにした。彼らについての議論は時間と精神力の無駄だ。
「まず今回の仕事内容ですが、武器の密輸の摘発です。対象はワールドという十年前から急成長した企業。情報提供はワールド社員から。貴方たちには取引の証拠と武器の保管場所、関係者の特定を行ってもらいます」
「社員から?その情報は確かなのか?」
武器の密輸、という穏やかではない内容に、大企業の名前。この手の話は慎重にいかなければ大惨事になる可能性がある。
「おそらく、としかまだ言えない状態ですね。本当は裏がとれてから動くべきなのですが……その情報によると次の取引が行われるのがどうやら三日後で、十年前にも同様の取引があったらしいとのことだったので、情報を元に十年前のことを探ってみたのですが、それらしき痕跡は残っているものの決定的な証拠までは無く、当時は噂にすらならなかったとのことで……もし今回の取引が行われるとして、知っていたのになにもできなかった、では面白くないでしょう?」
ギルバートは、あまりこういうことはしないほうがいいのですが、と付け加えた。なるほど。よくないというのもわかるが、オレも強行には大いに賛成だ。こういう時に上司がギルバートで良かったと思う。彼ほどの判断力があればもしもの事はないとは思うが、僅かでも不確定要素が残っている以上、万が一がないとは限らないのだ。頭が固いあの人や、保身ばかり考えているかの人だったらあっさりと諦めていたことだろう。
「さて、少々危険な仕事になりますが、引き受けてくださいますか?」
言葉こそ疑問形ではあるが、あれは断るはずがないと確信している顔だ。全く、とんだ茶番だが、とりあえず乗ってやるか。こういうのは気分が大事なのだ。
「イエス、サー」
敬礼までつけて思いつく一番の返事をしたはずなのに、ギルバートには微妙な顔でため息をつかれ、不安です、と言われた。解せぬ。