ギルバートからのメール
大きな欠伸をかみ殺しながら朝の廊下をのんびりと歩く。気持ちのいい陽気は眠気を誘い、なかなか布団から出られなかった為わりと危ない時間だ。自身の上司兼世話係であるギルバートが見たなら、もう少しシャキッとしなさいと小言を言われそうだが、先程からすれ違う同僚たちの顔も一様に似たようなものであることだし、多目に見てもらってもいいだろう。それに眠くはあるが挨拶は忘れていないし、かわいい女の子達への礼儀も怠ってはいないのだから。
そんな朝特有のどうでもいいことを考えているうちに自分の席に着いたので、日課であるメールの確認を行った。すると送信者欄の中に先程まで考えていた人物の名前を見つけ、訳もなくギクリとしてしまった。別にやましいことがあるわけではない。断じて。
「その仕事、私も一緒だから宜しくねー」
ギルバートからのメールを開いたところで不意に隣席から声が掛けられた。おいこら勝手に人のメールを覗くんじゃない。ラブレターだったらどうするんだ。いや、そんなことよりも。
「え、ウソ」
「ホント。私は昨日のうちに話聞いてるんだけど、間違いじゃないみたいよ?まあギルバートが間違えるなんてことの方が想像出来ないけど」
「そんなことがあれば空から猫が降ってくるな」
「止めて。ギルバートなら嬉々として降らせかねないわ」
ちょっとしたジョークのつもりだったのに、隣席の彼女、シェリーは嫌そうに自身の両腕を抱えた。うっかり彼女の大嫌いな生き物が空から大量に降ってくる所を想像してしまったのだろう。可愛いのに、猫。ちなみにギルバートは猫を見ると近づいて構い倒さないと気がすまない程度の猫好きだ。
まあ猫の話は今はどうでもいい。ギルバートから届くメールだが、これは仕事の依頼である。ただ内容が普通よりちょっと危なくて、ちょっと相手が凶悪で、ちょっと堂々と言えない手段を強いられることが多分にあるものではあるが。ちなみにオレたちの普段のお仕事は国民生活支援センターというところで、善良な住民の悩みを聞いて、可能な限り解決の手助けをするという至って平和なものだ。間違っても命に危険が及ぶようなものではない。まあどちらの仕事も自分の意思でやっているものであるし、誇りも持っている。それはシェリーもギルバートも、他の数人の仲間たちも同じだと思っている。ただ、オレの場合はちょっとした事情によりこれまで情報の収集、管理等の後方支援が担当であったため、身の危険はほぼ無かった訳だが。
「お前と一緒ってことは、今回はオレ前線ってことだよな」
「あら、ずいぶん嬉しそうね」
「当然!あー、早く昼休憩にならねーかなー」
オレの返答に、シェリーは呆れたような視線を寄越したので、気づかなかったことにした。自ら危険な仕事をやりたがるなんて理解できないと言いたいのだろう。誤解のないように言っておくが、オレはマゾではない。ただ、仲間が危険な目にあっている間、助けに行くこともできずにジリジリと待っているよりは、自らも一緒に戦いたいと思うだけだ。
もうすっかり眠気も覚めた。平和な方の仕事を浮かれ気分で蔑ろにしてギルバートの機嫌を損ねてしまわないように、いつもより二割増し張りきって仕事に取りかかった。