うららかな青の下で
雲ひとつ無いうららかな青の下で、気付けば僕は自転車を漕いでいました。
別に、誰かに褒めて貰おうとか、誰かの為だとか、そういった心算は全くありません。
ずっと前に買って貰った自転車は既に錆付き、ペダルを強く踏むとまるで急かすなと催促するかのように悲鳴を上げます。
「お前は、なんで急いでいるんだ?」
その答えは、恐らく僕自身幾ら自問を繰り返したとしても決して出る筈のない答えなのでしょう。
それでも僕は息が切れようとも、足が痺れても、決してペダルを漕ぐ足を休める心算はありませんでした。
それは、誰かの為では決してありません。言うならば僕の自己満足の世界であり、今日これからのスケジュールを僕の都合だけで蹴っ飛ばしてまでも、僕は自転車を漕いでいるのです。
思えば、随分と長く遠回りをして来ました。始めは手を伸ばせば届く程に簡単に思えた物事も、時が経ち多くの思い出が風化してしまった今ではそれは数え切れない程の距離となって、また、貴女の背中はもう何処にも見当たらなかったのです。僕が踏み止どまっていた間にも、貴女は貴女自身の道を進み、素晴らしい日々を送っているのかもしれません。
しかし、それでも僕は貴女に会わなければならない。一途にそう判断してしまったのです。それが例え、貴女の素晴らしき日々を壊す事になろうとも、例え貴女が僕ではない他の誰かを愛していたとしても。
僕は自らが、まるで囚われのお姫様を助けだす勇者に例える心算は一切ないのです。ただ僕の心の中は、貴女に会いたい。本当に、それだけだったのです。
僕は既に限界を迎えた足に鞭を打ち、自転車のペダルをさらに強く漕ぎます。
「お前は、なんで急いでいるんだ?」
僕がペダルを踏む度に、自転車は少しずつ前に進んでゆきます。
錆付いたチェーンが軋む音。隣を駆け抜けてゆく車の音。鳥の鳴き声。町のざわめき。今の僕にはまるでそれらが僕を応援、また罵倒する声に聞こえてなりませんでした。
「此処で血を吐きながらペダルを踏むか、否か。お前の価値はそこで決まると思うね。私個人の意見だが」
そう言った烏はしばらく僕の真上を気楽に旋回し、急に風がぴゅうと吹いたかと思えば、烏は既に遠くの空へと去った後でした。
ようやく僕が貴女の前に現れた時。貴女はどんな顔を僕に見せてくれるのでしょうか。
僕はしばらく息を整えた後、昔と変わらない不器用な笑顔を作って、貴女に伝えます。
「こんにちわ」
うららかな青の下で、僕は誰かの為に生きる事を誓うのです。